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彼の印税をみて願ったこと

税理士さんに渡すため、ヨーグルの支払い明細書を整理した。
彼はお金に無頓着な人で、明細書も届けば大きな袋に入れておくだけ。
私はそんな明細書を袋から出し、出版社ごとに分けて日付順に並べ、銀行口座と照らし合わせ、記帳して……それはそれは丁寧な仕事をしている(自画自賛)

さて、明細書片手に電卓をたたいていたら、桁違いに大きな金額が記載されているものを見つけた。
いったい何の印税だろ?と気になって、詳しく読んでみたら、どうやら某国でヨーグルの本が翻訳されたようだ。

小説家というとお金に苦労するイメージがつきまとう方も多いと思う。
実際、食べていくのは大変な仕事だ。何せ書かなければ一円にもならない。
書けたとしても今度は売れなければ、次の仕事につながらない。
基本給が守られ、雇用もある程度約束されている会社員と比較すれば、安定とは程遠い仕事だろう。

でも一つ、これは小説家(というか創作家)の強みだと思うのが、自分の過去の作品が何度もお金に還元されることだ。
もちろん売れなくて絶版になり、印税は一度入って終わりということもある。
でも、逆に何度も増版され、その度に印税が入り、何十年と読み継がれる小説も存在する。

以前、彼に「昔に書いたものが、こうやって何度もお金になるなんて土地を持ってるみたいだね」と冗談めかして言ったことがある。
「メンテナンスのいらない土地だな」と彼は笑っていた。
確かにほったらかしの不動産といった感じだろうか。

「日本よりも某国のほうが印税はいいね。円安だからかな」

「それもあるけど、なにより人口が圧倒的に多いからだろ」

しーーーーーん。

私の視野というか考え方の狭さというか、頭の悪さを露呈するようでお恥ずかしい。
そりゃ、そうだ。
円安云々より、人口が多い、市場がでかい。これは大きい。
いかに自分の中で、いまだ世界が遠い存在であるかを思い知りました(恥)

でも、その恥を露呈してまで書いたのは、次に襲われた不安を書き記しておきたかったからだ。

日本は今後、人口が減り、すごい勢いでたくさんの市場が縮小されていく。
少子高齢化の時代、人手不足など大変な局面に見舞われると何度も耳にしてきた。大変なことは理屈でわかるし、私や夫が老人に、娘が大人になるころにはどうなるのかという不安もある。
でも、その不安はどこか刹那的なものだ。

それが明細書の数字をみたら、その問題がぐっと近づいた気がしたのだ。
どんなにいい小説を書いても読んでくれる人がいなければ、小説家としてやっていけない。
それでなくても活字離れといわれて久しい。
そのうえ、その読んでくれるであろう人間の母集団が小さくなれば、どれだけ厳しい世界になることか。
近い未来、小説家は仕事として成り立たなくなる。

「大変な時代がくるね。小説家という仕事は成り立たなくなるかも」

「そうだな。実際、人口が少なかったり、識字率が低い国は小説家が仕事として成り立つのは難しい。だから英語で小説が書ける人は強い。世界で最も理解されている言語は英語だからな」

日本での市場が小さくなっても、どんどん翻訳されたら市場は広がるじゃないか、というご意見もあるかもしれない。
でも彼の小説が翻訳された経緯をみても、まずは日本で読まれなくては、日本で評価が得られなければ海外への突破口は開けない。

それに海外の方に読んでもらうためには、橋渡しである翻訳者が必要だ。
日本が衰退し、日本語を学ぶメリットはないと海外の方が日本語から離れてしまっては、海外への道も厳しいものになるんじゃないか。

そんな悲観的なことばかり考える私に、ヨーグルはきっぱりと言った。

「日本語を学ぶ海外の人たちは減ることはないと思うよ」

「そうかな。日本の衰退にともなって日本から離れる海外の人も増えていくんじゃない?」
「国自体の勢いはなくなっても、日本の文化はまだまだ魅力がある」

以前「日本が好きだから」と話していた彼を思い出す。

彼の小説が、海外の方に「日本の小説は面白い」と思ってもらえたらいいな。
彼の小説だけじゃない。

これから小さくなっていく日本から、日本は素敵な国だと思われるものがもっともっと誕生したらいいな、と思う。