リーダーになりたくなかったのは卑怯だったかも知れない

小さい職場だけど、責任者になってから早くも6年くらい経つ。99%が失敗だらけで、1%くらいは胸張って成功した、自分の力で勝ち取ったと言えるものがあるくらい。ダメダメすぎた期間だった。


今もそれは大きくは変わらないが、失敗の経験から得たものは大きく、普段は使えないが、ちょっとしたトラブルがおきたときにより平静でいられるようになった。


周りからはよく「リーダー向きだね」と言われるが、小学生まで時を遡ると、決してそんなことはない自分がいる。いや、真逆の気質だったと思う。目立ちたいクセに、失敗が怖くて、陰に隠れていたような性格。


部活はやっていたが、ゲームキャプテンをやったことがあるくらいで、正直就職初年度までは、集団をまとめてどうのこうのとはしたことがなかった。


そんな人間がいまや、いち検査室のリーダーをやっている。人生、本当にわからないものだ。


で、タイトルに戻る。


本当はリーダーなんかになりたくなかった。失敗したらそれは全部自分のせいになるから。怒られるのが、注意されるのが極端に嫌いな性格故、誰かに指図もされたくないし、指摘もされたくない。自分が完璧じゃないことはわかっているのに。矛盾しているのである。


ただ矛盾していようと、感情はそれに相応しない。嫌なものはイヤ、無理なものはムリ。だって、人間だもの。


ここまである程度の経験を積んだ。だからこそ言える。


「かなえたい理想があるのに、リーダーをやらないのは卑怯だ」


陰から弓矢を放つようなことをしようとしていた。相手の急所を突くかも知れないが、それは自分の理想型なのか?いや、違う。少なくても正々堂々と真っ正面から戦って勝つのが、僕のスタイルであり信条。いくら責任負いたくないからって、陰でこそこそと言っているモブにはなりさがりたくはない。


やっぱり矢面に立つ、とまでは言わないまでも、自分がチームの盾となり、時には矛となって守りながら勝ち進んでいくチームを作りたいと思っている。


ひとりではやれることに限界がある。それは理解はしている。どうしても自分の身体ひとつでは足りないときがやってくる。


そこでも「リーダーとしてやるべきこと」がある。一人ではやらない。なんなら自分ではやらないくらいでいい。リーダーがプレイヤーになるのは極力避けたいところ。それはリーダーの仕事ではない。あくまで現場の仕事であって、リーダーは「決断すること」が仕事。


判断でも、作業でもなく、「決断」。


これを全うできるかどうかが、真のリーダーになれるか、ゴミと化すかの分水嶺。


いかなるときも「リーダー」でいるために己を律すること。


これが出来てはじめて「リーダーの初歩」なんだと思う。




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