見出し画像

朝鮮半島におけるヨーロッパ演劇① ~1890年代からキム・ウジンの活躍まで~

皆様、ごきげんよう。弾青娥だんせいがです。

今回の記事は、第二次世界大戦勃発前の朝鮮半島で試みられた演劇の改革にフォーカスを当てた記事の前半です。お堅いトピックではありますが、ご一読くださると幸いです。

1:大韓帝国期(1897年~1910年)

まずは、1890年代、つまり大韓帝国期です。この期間において、近代劇の発展につながる出来事は、漢城府(現在のソウル)に電灯、電車・電話・映画が登場したことです。これにより、朝鮮半島における近代的な民衆文化が少しずつ花開いていきます。

1907年には、国権回復を狙いにした愛国啓蒙運動が、都市部の知識人によってピークを迎えます。この頃には、西洋の新学問が本格的に受容されるようになりました。また、日本や中国で刊行された各国の興亡にまつわる歴史書が翻訳されました。
(例えば、朴殷植『瑞士建国史』、申采浩『伊太利建国三傑伝』など。)

愛国啓蒙運動は、後々にヨーロッパ劇が朝鮮半島に入ってくる契機になる歴史的な出来事だといえます。しかしこの運動は、同じく1907年に公布された新聞紙法と保安法により、弾圧の対象となります。

画像1
1907年以前の徳寿宮大漢門
(Wikimedia Commonsより)

2:併合(1910年)から1920年代

併合直後には、集会取締令が公布されます。これにより、愛国啓蒙運動は更なる弾圧を受けることとなりました。武断政治による運動の弾圧が強まる中、その政治の抱える矛盾が大きくなっていきました。

朝鮮総督府の政策が民衆の怒りを高めたことに加えて、アメリカ大統領ウィルソンによる民族自決主義の提唱、1917年のロシア革命もきっかけとなり、1919年に三・一独立運動が勃発します(この運動では、学生が地域の指導者として役割を果たしました)。

画像2
ソウル タプコル公園の三・一独立運動レリーフ

1919年の8月には、「文化政治」への転換が図られていきます。1920年代に入ると、朝鮮語の新聞の創刊が認められるようになり、また、映画・ラジオなどの新たなマス・メディアが持ち込まれました。歌謡曲をはじめとした、従来見られなかった文化も生まれました。

3:新派調劇 朝鮮半島における劇の「脱・伝統」

上述のように、朝鮮半島では激動の歴史が刻まれていきました。その中でも、パンソリのような伝統的な劇スタイルから脱却できない状況が続いていました。ですが、次のことがきっかけとなり、劇の近代化が始まりました。

①:20世紀に入ってからの、現実認識の変化。
②:1902年の、室内劇場「戯台」の設置。

劇場設置の当初には、日本の劇団による新派劇公演がありました。これを参考にすることで、演劇の改革が進んでいきます。

1911年には、イム・ソング(林聖九)が設立した革新団により新派劇への接近(新派調劇)が成功します。以後は、日本の作品を翻案した劇や、新派劇と映画をミックスさせた連鎖劇などにより、朝鮮半島における演劇運動が進んでいきます。また、現実で起きている問題を取り上げて、それを演劇化しようとする試みも進んでいきました。

4:写実劇(新劇)の誕生と、劇芸術協会によるヨーロッパ劇上演

映画・ラジオのような文化面が発展した1920年代から、演劇人はリアリズム的性格がより強い演劇(写実劇)を目指していきます。この写実劇の発展に大きく寄与したのは、アイルランド文学の研究熱が強い早稲田大学の英文科で勉学を積む、キム・ウジン(金祐鎮)でした。

画像3
キム・ウジン(1897-1926)

キム・ウジンは、20名ほどのメンバーを擁する劇芸術協会を1920年に東京で結成します。翌年の1921年、釜山をはじめとした25ヶ所で公演を行ない、チョ・ミョンヒ(趙明煕)作の「金英一の死」や、ロード・ダンセイニの「光の門」(キム・ウジンによる翻訳)などを上演しました。キム・ウジンは劇プログラムの準備も行ない、全製作費と劇団の旅の費用を支払いました。上演する劇のレパートリーも、彼によって決められました。

なお、キム・ウジンは、1924年に早稲田大学を卒業してから木浦に帰り、父の立ち上げた企業である、祥星合名会社の社長に就任します。同時期には、詩・評論・戯曲の執筆にも励みました(執筆作品には、ジョージ・バーナード・ショーやストリンドベリの影響があったようです)。

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*

今回の記事はここまで、でございます。
こちらの記事は、実は2013年に一度まとめたものに加筆したものでございます。が、2018年に韓国SBSで放送されたドラマ『死の賛美』にてキム・ウジンがフィーチャーされたのを知ったことに刺激されて、加筆のなかでも相当な加筆をいたしました。韓流ドラマは2010年に日本で放送された『IRIS-アイリス-』を最後に観ていない状況ですが、Netflixで配信されている『死の賛美』は、キム・ウジン愛好家として観てみたいところです。

後半の記事では、キム・ウジンに続く演劇の近代化運動を取り上げます(『死の賛美』で出演した、キム・ウジンの仲間も紹介する予定です)。続編はこちらから、ご覧ください。

長文ではございましたが、最後まで読んで下さった皆様に深謝申し上げます。

※ 参考文献
徐淵昊 『韓国演劇史』
朝鮮史研究会 『朝鮮の歴史』
クォンボドゥレ『金星圭と金祐鎮、3・1運動前後における世代葛藤の一断面』
Woe-Jae Jang "Irish Influences on Korean Theatre during the 1920s and 1930s"
民族文化大百科事典(韓国語)



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?