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「にっぽんの芸能」を観よう!

 「にっぽんの芸能」というテレビ番組を御存じだろうか。Eテレで毎週金曜23時から1時間放送されている番組で、歌舞伎、文楽等を中心に、毎週様々な伝統芸能が紹介されている。今日は、その番組の魅力について。

<今年4月のリニューアル、最高。>

 「にっぽんの芸能」は以前から放送されている番組だが、今年4月に放送時間帯こそ変わらないものの全面的にリニューアルされ、新装開店した。司会には、高橋英樹さんを起用。中條アナウンサーの進行サポートも得つつ、俳優としての経験・知見や、その中で培ってきた鑑賞眼から、高橋英樹さんだからこそ出てくるコメントがたくさん。その豊かな見識に触れるのも心地良い。とはいえ、俳優のプロとして、自分は伝統芸能のプロではないという謙虚さを一切失うことなく、伝統芸能のプロたちに対し、我々視聴者と同じ視線に立って繰り出す質問・感想の数々も秀逸。正に絶妙な人選なのだ。

<リニューアル初回はゲストに片岡仁左衛門さん。>

 そのリニューアル第1弾には、ゲストとして片岡仁左衛門さんが登場した。仁左衛門さんといえば、当代きっての二枚目俳優で、人間国宝。歌舞伎好きで、彼を好きでない人など一人もいないのではないかと思わせるような名優だ。その名優が、舞台の外で、自らの舞台について語るのを聴くことができるという、またとないチャンス。これがテレビ放送で実現したのは、高橋英樹さんを司会に起用したからこそかもしれないし、また、NHKが今回のリニューアルに相当気合を入れて臨んだことの証左かもしれない。当然、お話は非常に素晴らしく、芸談として後世に語り継がれるべき内容だった。

<最新回は、鶴澤清治さん特集。>

 昨8月14日に放送された最新回は、文楽三味線の第一人者・鶴澤清治さんの特集。ぼくは、文楽に歌舞伎などの他のライブアートに比べて男性の観客が多いのは、文楽が人形、つまりモノ、ガジェットを扱う芸術だからではないかと日頃から考えているのだが、やはり、文楽を歌舞伎や邦楽と全く異なるジャンルせしめているのは、人形が遣われる点であろう。また、人形は視覚的効果を存分に発揮するにせよ、物語を進行させ、その場をコントロールする役割を担うのは、太夫だ。鑑賞していても、分かりやすい迫力に心を奪われる。その中で、あえて三味線の名人にスポットライトを当ててほぼ1時間の特集を組もうというのがうれしい。

<いとうせいこうさんの解説・コメントも秀逸。>

 その回では、人形が登場しない素浄瑠璃の公演の模様を中心に放送したのだが、その公演の何がすごいかを視聴者に分かりやすく伝えるために、事前のVTRなども丁寧に作られていた。10年以上の番組で、清治さんが当時の太夫の第一人者たる住太夫さんと初めて共演するという大きな機会に密着したもののダイジェストも取り上げられたのだが、そのVTRで、三味線と太夫が互いに歩み寄ってしまっては芸術として死んでしまうのだ、ということが視聴者に十二分に伝わり、事前勉強としての効果は絶大だった。また、スタジオには、いとうせいこうさんが文楽ファンとして出演し、文楽を聴き慣れた彼から見て、清治さんのどこがすごいのかというのを素直な言葉で語ってくれるというのも、続く公演のVTRで何を感じればよいのかという目安を示してくれ、大変親切な構成だった。

<最後には、紙芝居歌舞伎の取組を紹介。>

 番組最後の10分弱では、中村壱太郎さん発案、尾上右近さん作画、松本幸四郎さん声の出演の紙芝居歌舞伎を放送。このような時勢により、思うように興行を打つこともままならない歌舞伎界において、力があり余り、かつ、歌舞伎のために、観客のために、何かしなければという焦燥感に駆られた若手俳優たちの挑戦を真摯に取り上げた。粗削りな部分もあるかもしれないけれど、若手俳優のそのような熱意に寄り添うような放送の姿勢は称賛に価する。

<「にっぽんの芸能」はにっぽんの芸能の応援団。>

 このように、新装「にっぽんの芸能」は、より多くの視聴者に、より分かりやすく伝統芸能を伝え、ともすれば初心者にとっての最良の入口となるとともに、このような難しい時代に直面する伝統芸能の当事者たちを応援し、盛り上げようという番組だ。他のテレビ番組のジャンルに比べ、ファンの数が多いとはいえないであろう分野なので、数字上で大成功を収めるのは難しいかもしれないが、このような哲学で作られているこの番組は素晴らしい。是非多くの人たちに観てもらいたい。

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