190125_ネットフリックス大解剖_帯あり

『ベター・コール・ソウル』シーズン5放送開始!『ネットフリックス大解剖』より「ブレイキング『ブレイキング・バッド』」をためし読み公開

 大傑作ドラマとの呼び声高い『ブレイキング・バッド』のスピンオフ作品『ベター・コール・ソウル』のシーズン5が今週より放送開始されました。新シーズンはネットフリックスでも視聴可能です。そこで今回は『ネットフリックス大解剖』に収録の一章「ブレイキング『ブレイキング・バッド』――ベター・コール・ソウル」をためし読み公開します。執筆者は、ジミーと同じく弁護士として活躍されている小杉俊介さん。ぜひご一読ください。

『ブレイキング・バッド』唯一の欠点?〜キムという女性の革新性

文=小杉俊介

 もう1点、『ベター・コール・ソウル』にはわかりやすく明らかに『ブレイキング・バッド』を上回っている、というか、『ブレイキング・バッド』というドラマ史上に残る傑作にもあったある欠点を意識的に克服している部分がある。それが、ジミーの公私にわたるパートナーであるキム(レイ・シーホーン)の存在だ。
『ブレイキング・バッド』の数少ない欠点のひとつは、女性の描き方だったと筆者は思っている。そもそもドラッグ抗争の話なので、登場人物のほとんどが男性であること自体は別に不自然ではない。問題は、出てくる女性のキャラクターが、「男の仕事の邪魔をする」類のキャラクターばかりだったということだ。
 ウォルターの妻のスカイラー(アンナ・ガン)は、「家族のため」と称しドラッグ密造に手を染める夫に決して感謝せず、労わず、つまらない男と浮気したあげく、ウォルターが稼いだ金を浮気相手に渡してしまう。その結果として、『ブレイキング・バッド』の放映中、スカイラーというキャラクターは視聴者に徹底的に嫌われ、「#hateskyler」(スカイラーが嫌い)というハッシュタグのついた投稿がSNSにあふれた。最終的にウォルターの行動が家族に何をもたらしたのかを考えれば、スカイラーには批判されるようなところは何もなかったにもかかわらず、だ。ドラマのショーランナーのヴィンス・ギリガンは、彼女に対する批判について「ミソジニー(女性嫌悪)に基づくものだ」と非難したが、正直なところ、ドラマ自体に女性嫌悪を呼び込みかねない部分がなかったとは筆者は思わない。
 スカイラーだけではない。ウォルターの宿敵ハンク(ディーン・ノリス)の妻でありスカイラーの妹であるマリー(ベッツィ・ブラント)は情緒不安定で万引き癖があり、ヒステリックに夫を振り回す。ドラッグ流通網の重要な部分を担うリディア(ローラ・フレイザー)は、男の仁義を理解せず、自分の手は絶対に汚さないのに、ちょっと邪魔になった存在はすぐ男に頼んで殺させようとする。

 ドラマの大ファンとして擁護しておくと、作中では、男の仕事なんてカッコつけても所詮はドラッグの密造であり、ウォルターの行動は「家族のため」なんかになっていないということはきっちり描かれている。しかし、少なくとも、『ブレイキング・バッド』のドラマ世界において、「男の邪魔をする」タイプではない女性キャラクターを描く、という未踏の地が残っていたことは事実だ。
 キムは、まさに『ブレイキング・バッド』には登場しなかったタイプの女性だ。彼女の立体的で陰影に富み、謎を残した存在感は『ベター・コール・ソウル』に『ブレイキング・バッド』にはなかった要素をもたらしている。さらに言うと、ドラマが進むごとにキムの存在感は増し、『ブレイキング・バッド』のウォルターとジェシー同様に、ドラマは今や限りなくジミーとキムのバディものに近づいてきている。
 キムは、ジミーと同じく、チャックの事務所の郵便係として働きながら法律の勉強に励み、みごと弁護士になった苦労人だ。しかも、ジミーとは異なり、弁護士としての仕事が思ったようにいかないからといって腐ったりズルしたりはしない。その代わり、ロースクール時代の知り合いなどに片っ端から電話をかけるという地道な営業活動によって銀行の顧問業務を獲得する。理性的で、弁護士として優秀でありながら、必要とあらば泥にまみれ、ジミーの苦境を何度となく救う、誰よりも頼りになる存在でもある。大事務所の勤務弁護士の地位を捨て自分で事務所を立ち上げる行動力があり、何よりも、刑事事件の被告人などの弱者を見捨てない熱いハートがある。

 公私ともに追い詰められ、無理をした結果として交通事故を起こしてしまったキムが、休養中、ジミーと一緒に自宅で映画を観ようとするシーンがある。子どものころから好きな『アラバマ物語』(1962年)をもう1回観たいというキムに対し、ジミーは、「女の子はみんな(『アラバマ物語』の主役である人権派弁護士アティカス・フィンチを演じた)グレゴリー・ペックと結婚したがったよな」と言うが、キムは「グレゴリー・ペックと結婚したかったんじゃない、私はグレゴリー・ペックになりたかったの」と言う。キムという人の根本が見える名場面だ。
 キムは、単に魅力的なキャラクターであるというだけではない。シーズン4まで進み、もうジミーは後戻りできないというところまで行き着いた感もある『ベター・コール・ソウル』だが、ドラマの中心に実は巨大な謎が残っている。それは、キムはなぜジミーなんかとずっと一緒にいるのか、ということだ。キムは、ジミーという男のダメさ、弱さを誰よりも知り尽くしている。弁護士としてまっとうな道を行く能力もガッツもある自分とは、ジミーはともに歩く意思も能力もないことも気づいている。それにもかかわらず、キムはジミーの側から離れず、ジミーを決して見捨てない。その最終的な理由、動機はまだ視聴者に納得できるかたちでは示されていない。その謎が、視聴者をさらにキムに惹きつけている。
 視聴者は、『ブレイキング・バッド』でのソウル・グッドマンの側にはもうキムはいないことを知っている。一体いつになるのか、どのような形でなのかはまだ誰にもわからないが、キムとジミーの別れは絶対にやってくる。そのことだけは決まっている。『ベター・コール・ソウル』ファンは、今、いつか来るジミーとキムの離別が一体どのように描かれるのか、固唾を呑んで見守っている。
(続きは『ネットフリックス大解剖』P.45、または本ページ下部よりご購読いただけます)

画像2

※転載にあたり、画像および動画を加えています。

190125■ネットフリックス大解剖_帯あり

《書誌情報》
『ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix』
ネット配信ドラマ研究所 編
四六・並製・232頁
ISBN: 9784866470856
本体1,500円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK239

〈内容紹介〉
イッキ見(ビンジウォッチ)がとまらない。
世界最大手の定額制動画配信サービスNetflixが製作・配信する
どハマり必至の傑作オリジナルドラマ・シリーズ11作品を8000字超えのレビューで徹底考察。
ネトフリを観ると現代社会が見えてくる!

〈目次〉
・麻薬戦争という名の“ネバー・エンディング・ストーリー”――ナルコス(村山章)
・ブレイキング『ブレイキング・バッド』――ベター・コール・ソウル(小杉俊介)
・〈他人の靴を履く〉ことへの飽くなき挑戦――マスター・オブ・ゼロ(伊藤聡)
・熱狂的なファンたちに新たなトラウマを残した人気シリーズ続編――ギルモア・ガールズ:イヤー・イン・ライフ(山崎まどか)
・愛することの修練についての物語――ラブ(常川拓也)
・酸いも甘いも噛み分けた厭世馬の痛み――ボージャック・ホースマン(真魚八重子)
・ラジオブースから届ける分断された社会へのメッセージ――親愛なる白人様(杏レラト)
・少女の自殺が呼んだ大きな波紋――13の理由(辰巳JUNK)
・ポップカルチャーの新しいルール。またの名を『ストレンジャー・シングス』――ストレンジャー・シングス 未知の世界(宇野維正)
・ポスト・ヒューマン時代のわたしたちを映し出す漆黒の鏡――ブラック・ミラー(小林雅明)
・死にゆく街のハイスクール・ライフと死後の世界がひとつになるとき――The OA(長谷川町蔵)


以下より、「ブレイキング『ブレイキング・バッド』――ベター・コール・ソウル」全文をご購読いただけます。

ここから先は

9,022字 / 3画像

¥ 250

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?