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ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2020-2022: Vol. 1「テン年代の音楽地図を塗り替えたVaporwave」

『新蒸気波要点ガイド ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス 2009-2019』の4刷重版出来を記念した短期集中連載「ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2020-2022」。第1回は「テン年代の音楽地図を塗り替えたVaporwave」をお届けします(連載第0回はこちら)。

*  *  *

『新蒸気波要点ガイド』刊行から2年半。コロナ禍を通して、Vaporwaveシーンはどのように変容していったのか——本書編集を担当したΔKTRとhitachtronicsは〈Local Visions〉主宰のsute_aca氏を迎え、ポスト・パンデミック期のVaporwaveについて探ることとなった……。

ヒタチ 2019年の『NEO GAIA LEGEND』以降、捨てアカさんとはこうやって面と向かって話すことがなかったんで、『新蒸気波要点ガイド』刊行後の話をあまりしてないと思うんですよね。

捨てアカ 確かにそうですね。

ΔKTR 本を出したあと、知り合いから「テレビに映ってたよ」って言われたんですよ。「どういうこと?」って聞いたら、 『Youは何しに日本へ?』に、レコードを買いに来た海外の人が「Yeah!」みたいな感じで『新蒸気波〜』を持って映ってたらしくて、「マジかよ」と驚いた。確かに海外では売ってないから、お土産に買ってきてって言われたのかもしれない。そういう予想を立てて出版した覚えがないだけに、海外の人からも需要があることにビックリしました。

ヒタチ 海外でも同じような本はありそうな気がするけど、出てないですか?

ΔKTR 買っても、日本語だと読めないですからね。

捨てアカ 海外だと『Private Suite Magazine』というVaporwaveの雑誌が定期的に刊行されていました。Mallsoft特集とかディスクレビュー、インタビューなど内容が盛りだくさんでした。

ヒタチ へー。ツイッターは2021年2月の投稿が最後のようだけど、ぜんぶで7号出してるのね。

ΔKTR 本が出たあとに誰かと話されましたか?

ヒタチ コロナ禍以降、クラブに行けなくなっちゃったし、そもそも人に会わなくなったから、そういう話が出ない(笑)。もうちょっと「本買ったよ」とか直接聞けたらよかったんだけど、評判もぼんやりしたまま2年半の月日が……。

捨てアカ もう2年半も経つんですね。

ヒタチ ジェームス(James Webster。death’s dynamic shroudの中心人物)なんて、2019年のNEO GAIAツアー(*1)の最終日に「日本に住む」って言ってたのよ。「来年のイベント名も決めてあるんだ!」って。

捨てアカ 来れなくなっちゃいましたね。今のdeath’s dynamic shroudを大勢の人たちに見てもらいたいなー。

ヒタチ 日本のシーンを引っ掻き回してたんじゃないかな(笑)。

捨てアカ 来日できなかったSaint Pepsiも来ていたかもしれないですね。(*2) 

(*1)『NEO GAIA PHANTASY』。Equip、R23X、death’s dynamic shroudが日本国内数か所を回る、“非Future Funk”のVaporwaveアーティストとしては初の来日ツアー。2018年と19年に2年続けて開催され、転じてコレクティブの名前になった。コロナ禍以降も定期的にリモートで配信番組を続けている。

(*2)2019年12月8日にCIRCUS TOKYOで開催された『NEO GAIA LEGEND』には当初、VAPERRORとともにSaint Pepsiと後述のt e l e p a t h テレパシー能力者が来日出演予定だったが、諸事情によりキャンセルとなってしまった。

2年越しに開催されたVaporwaveフェス『ElectroniCON』

ヒタチ まずは前回取り上げた『ElectroniCON 3』の話から始めたいんですけど、この記事が載る頃にはもう終わっていますね。

捨てアカ そういえば、ΔKTRさんは前回の『ElectroniCON 2』の会場に行かれたんですよね? 羨ましかったです。

ΔKTR 偶然だったんですけどね。入場時の行列が会場の建物を回るぐらい出来ていて、人気がすごい。

捨てアカ やっぱり海外は規模感が違いますよね。

ΔKTR 日本でいうとどれぐらいの規模なのかわからないけど。

ヒタチ 2017年にSailor Team(Macross 82-99とNight Tempoのユニット)が来日した時点でもすごい熱気だったから、 現地だとその比じゃないんだろうなあ。 

ΔKTR あのときは、「一番」って書いてあるTシャツを着た浅草の観光客みたいな海外のお客さんとかもいましたよね。

ヒタチ 『SMAP×SMAP』のコントで中居くんが着てたやつ?(笑) 

ΔKTR そういう面白い格好の人は『ElectroniCON 2』にもいました。パーティーピープルみたいな、レイヴっぽいファッションが多かったですね。ただすごい人が密集してたんで、移動が大変だったのもよく覚えています。3フロアあって、外の喫煙所でタバコを吸ってたんですけど、階段の上からライブを終えたあとの猫 シ Corp.が降りてくるんですよ。会場を普通にウロウロしていた。

捨てアカ すごい……。

ΔKTR だから「握手してくれ!」って。 みんな、すごいフレンドリーでした。 あと、物販のコーナーもすごかったですね。Saint PepsiもINTERNET CLUBもそうなんですけど、みんな自分で手売りするんです。CDRとかTシャツとかをマーチャンダイズとして持ってきていて、そこに「サインしてくれ!」って人たちが行列を作るんですよ。特にPepsiの行列がすごかった。

ヒタチ Pepsi壁サークルだ(笑)。いいなあ、そういうところで交流できるの。新しいカルチャーが10年経って新たな局面を迎え、さらに大きくなる直前の熱気っていうか。

ΔKTR そのときのPepsiはOPNのTシャツを着ていて、「やっぱり大ファンなんだ」って思いましたね。

捨てアカ 本当に貴重な場面に立ち会いましたね。『ElectroniCON 2』では、robin(INTERNET CLUB)が招待されていて、それを機にINTERNET CLUBは『SOUND CANVAS』というアルバムを6年ぶりにリリースして再始動しているんです。インターネット・スクラップとして終わるはずのINTERNET CLUBを復活させたり、そういった新しい文脈を作る場として機能してるのが『ElectroniCON』なのかなって思っていて。だからもし『4』が開催されるなら、Vektroidも呼んでほしいんですよね。

ヒタチ よくよく考えたらPepsiもそうだったもんね。Skylar Spence一本でやっていくんだと思ってたら、Pepsiの名前で告知が出て新譜『Mannequin Challenge』もリリース。あれもすごかった。

捨てアカ のちのFuture Funkに大きな影響を与えた人物なのに、Saint Pepsi名義であんなに渋い内容のリリースをかましたのは本当にカッコいいなと思いました。さすが貫禄が違う。

ヒタチ 『3』で特に観たかったライブはありますか?

捨てアカ Luxury Elite(*3)です。

ΔKTR あー、やっぱり。

捨てアカ あと、t e l e p a t h テレパシー能力者とか……。

ヒタチ テレパスはなんか変な名義(*4)なうえ、ヒーリングなんちゃらセットとかいう名目になってて「何コレ?」みたいな。そういえば、2019年の『NEO GAIA LEGEND』でも当初来日を予定していたけど、「レコーディングに集中したい」という理由でキャンセルされちゃったんだよね。

捨てアカ その当時のグループDMでのやりとりをずっと覚えています。テレパスが「私は月の裏側に隠れます」って言っていて(笑)。

ヒタチ (笑)そんなこと言ってたっけ!?

捨てアカ 「月が満ちるときに会いましょう」と言い残して、DMから退出していった。

ΔKTR カッコいいな〜。

ヒタチ “月が満ちるとき”はいつ来るのかなあ。

捨てアカ 「素でもこんなにロマンチックな人なんだ」って感動しました。あの被り物(ライブの際の衣装)も見てみたいですね。

ヒタチ DJなのかライブなのか、どんなアプローチでやるのか……。

捨てアカ 気になりますね〜。

(*3)Vaporwave初期を支えたアーティストで、自らが主宰する〈fortune 500〉は当時の最重要レーベル。

(*4)“天火見”。この名義で2022年6月に中国風の意匠を施したCDをリリースしているが、Bandcampでは試聴ができない。
https://telepathtelepath.bandcamp.com/album/--47 

Vaporwave初期を支えたアーティストたちの現在

ヒタチ Vektroidは今後『ElectronICON』に来ると思う?

捨てアカ 彼女はフェスにも普通に出演していますが、本人が一番憂鬱だった時期に作った『Floral Shoppe』がネタとして延々と擦られ続けてる界隈に出ていきたいと思うのかどうかわからないですよね……。

ヒタチ 2019年末に『新蒸気波~』が発売されて、その翌年の年始にMacintosh Plus名義のアルバムがいきなり出るじゃないですか。あれも相当ねじくれてる。1曲15分近い内容だったし。

捨てアカ 『Sick & Panic』ですね。グリッチしまくっていて、難解な内容のやつ。

ヒタチ そうそう。ElectronicaというよりはIndustrialっぽいというか、自分の今までの作風にAutechreをねじ込んだみたいな。

捨てアカ そういえば、Soundcloud発の“Dariacore”というムーブメントがあるんですが、その中心となっているleroy(ルロワ)というアカウントが『Sick & Panic』を影響元のひとつとして挙げているんです。ちなみにleroyは、dltzkというHyperpopのアーティストの別名義だそうで、そういった意味ではHyperpopと近接する作品ともいえそうです。

ヒタチ なるほど。Hyperpopにも繋がっていくっていう。一見、関係ないように見えてたけど。

ΔKTR ただ、Macintosh Plus名義でやることだったのかな?と、ちょっと思いました。いろいろ名義があるなかで、なんでMacintosh Plusを選んであのアプローチでやったのかなって。そこで賛否両論分かれてるような感じがしたんですけど。

捨てアカ 確かにそうですね。なにかVaporwaveに対して思うところがあるんじゃないかな……。

ヒタチ 『Floral Shoppe』が憂鬱な時期に作られた作品だったということは、やっぱりこの状況が憂鬱だってことなんじゃないかなあ。なにせ、タイトルが『Sick & Panic』だし。鬱なときにこの名義で作品を出すことが、自分に対するセラピーになってるというか……。

捨てアカ あり得るかもしれませんね。あるいは吹っ切れて出したとか。

ヒタチ 「今の私はこれだぞ!」と。その後、『Fuji Grid TV』の続編が出る。

捨てアカ 今年の正月早々にNew Dreams Ltd.との連名でリリースされたやつですね。

ヒタチ これも『Sick & Panic』の延長線上だとは思うんだけど。

捨てアカ 日本のコマーシャルをサンプリングしているだけなのに、わざわざ謎の銃声を入れたりして作家性を出していたのがウケましたね。

ヒタチ うっかり寝る前に聴いて悪夢を見るような感じのね。

ΔKTR あれ、YouTubeのビデオ版とBandcampのアルバム版とで内容が少し違うじゃないですか。

捨てアカ ちょっとだけ違いますね。

ΔKTR ビデオ版のほうは、”BEER VIDEO HAS LANDED”って表示が出て、「来たぞ!」と思ったら、ビールを飲む場面のあとにいきなり宇宙でなにかが爆発して終わる。

捨てアカ・ヒタチ 爆発オチ!(笑)

ΔKTR そう、ボカーン!!!って。その後謎のループCMが入っておしまいなんですけど、あれを観たときは「すっげえふざけてんな〜」って思った(笑)。対してBandcamp版のアルバムのほうは、すごい音楽的にまとまってて。最後にビデオ版にはないトラックとかもちゃんと入れてて、それが素材を基にグリッチして作られたものでカッコよかったんですよね。

捨てアカ でも、まさか続編を出すとは!と驚きましたね。2016年には前作『Fuji Grid TV』の再構築がありましたが、シリーズとしての新作は11年ぶり。

ヒタチ 2018年に出た、同じ傾向のNew Dreams Ltd.『Sleepline』のCDとレコードも再発だものね。オリジナルは16年なのか。

捨てアカ そうですね。Sacred Tapestry名義の『Shader Complete』と一緒に再発されていたやつ。

ヒタチ ちょっと前にINTERNET CLUBの変名である░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░​​の新作予告みたいなツイートも見たんだけど、結局聴きそびれちゃってて。

捨てアカ あれはMediaFireにアップロードしているだけで、Bandcampには上がってないんですよ。非公式の転載動画がYouTubeにありますが。

ヒタチ そうなんだ。やっぱ著作権的に……?

捨てアカ 著作権というより、今までの作品もBandcampと一緒にファイル共有サイトにアップロードしていたので、“古代のVaporwaveマナー”に倣ったのかもしれません。あと、名義も「シン」が追加になってます。

ヒタチ (笑)「シン」はカタカナ? 漢字?

捨てアカ 残念ながら漢字で、「░▒▓新・新しいデラックスライフ▓▒░」です。

ヒタチ なるほど(笑)。INTERNET CLUBって、『SOUND CANVAS』で復帰以降はコンスタントに出してるイメージがある。

捨てアカ そうですね。先日もアルバムだと『SOUND CANVAS』以降2作目となる『FORMAT BLUE』を出したばかりです。コンスタントに出している初期のメンツだと、Luxury Eliteや、Infinity Friquenciesもそうです。そういえば、近頃はVaporwave初期から活動していたアーティストたちが復活する流れがあるんですよ。最近だとMediaFired™が11年ぶりに新作をリリースしたことは驚きでした。ほかにも、同時期のComputer Dreamsが復活してライブストリーミングにも参加したり、骷のすべてのディスコグラフィーがサブスク解禁されたり。

ヒタチ あれがサブスクに出ててビックリした。以前は「骨架的」で調べてたんだけど……。

捨てアカ ちなみに、“骨架的”と書いてskeleton(スケルトン)を意味します。

ヒタチ 現在の表記の”骷”もskeletonって読むの?

捨てアカ そうです。発話する機会がないのでよくわからないですよね(笑)。グーグル翻訳の精度が悪かった頃に、“skeleton”を中国語で翻訳すると”骨架的”って出てきたんですよ。今はどうなんだろう。

ヒタチ なるほど、どっちも“skeleton”であると。

捨てアカ めちゃくちゃ余談ですが、最近ではグーグル翻訳の精度が向上したおかげで、Vaporwaveの日本語が流暢になってきているんです。あの不自然な日本語もそのうち消えてしまうんじゃないかと思うとちょっと寂しいですね。

ヒタチ そういえば、サブスクに「骨架的2」って名義のアルバムがあって、あれはどうも偽物らしいじゃないですか?

捨てアカ (正体の)名前は伏せますけど、あれは『Floral Shoppe 2』とかやっちゃうような人のセンスですよね。誰なんだろうな〜?(笑) インターネットやツイッターに辟易したオタクな人たちが「Twitter 2」とか「インターネット 2」とか勝手に作っちゃうようなノリが海外にもあるんでしょうかね。「天気予報 2」とか。skeletonの話に戻りますけど、『新蒸気波~』に掲載された彼のインタビューは貴重ですね。

ΔKTR もう彼とは連絡がつかないです。これで『ElectroniCON』とかのフェスに出たらビックリしますけど。

捨てアカ ぜひ出てほしいですよ。

ΔKTR 詳しくは『新蒸気波~』のインタビュー記事をぜひ読んでほしいんですけど、音楽に関してはいろんなアプローチができる人なんだなって思いました。

捨てアカ もしかすると、違う名義でミュージシャンをやっているかもしれない。Vaporwaveの方々って匿名性が高いような印象も受けるんですが、インタビューをすればみんなちゃんと答えてくれそうですよね。

ヒタチ また機会が出来たら企画しても面白いのかなあ。『新蒸気波~』掲載のINTERNET CLUBの記事は2014年の『MASSAGE MAGAZINE』からの再録なんだけど、今インタビューしたらどうなるんだろう?

ΔKTR あ〜、聞きたいですね。

ヒタチ なんか当時は「神経質っぽいな」って思ってたけど、ツイートを見ると、そうでもないのかなあって。『イアンのナードコア大百科』(*5)を買っていてビックリした。

捨てアカ ナードコア好きですよね、あの人。

ヒタチ イアンとやりとりしてて、すごい衝撃だった。「そこ繋がるんだ!」って。しかも、ナードコアじゃない日本のテクノもけっこう知ってるし。

捨てアカ Robinは、VektroidやOPN、HKEたちと一緒で、テクノとか様々なジャンルの音楽に関心があって、そのうちのひとつにVaporwaveがあるのかもしれないですね。

ヒタチ いろいろ聴くなかに日本のああいう音楽も入ってて、その影響がたまたま░▒▓新しいデラックスライフ▓▒░とかに出てる、と。

(*5) ナードコアテクノマニアのアメリカ人・Ian Willet-Jacobが2018年に完全自主で制作した、400頁にもわたる大ボリュームのガイドブック。

Daniel Lopatinが『Eccojams』に込めたもの

『新蒸気波要点ガイド』収録の「蒸気波のルーツを求めて」

ヒタチ 『新蒸気波~』掲載の座談会「蒸気波のルーツを求めて」では、「OPNのDaniel Lopatin本人がオリジネイターって言い始めたらめっちゃ面白いですね」と話してたけど、前月に出た『ユリイカ』2019年12月号のインタビューで本人がそれに近い発言をしてたね。

ΔKTR オリジネーターを自称したのとは違いますけどね。

ヒタチ 引用すると、「あの時僕が『(Chuck Person’s) Eccojams (Volume 1)』に託していた夢はいつか人々が『Eccojams』を作ることだったので、それがVaporwaveの誕生によってある意味で達成されたのはとても喜ばしいことだよ。でもVaporwaveは僕のものではない。(中略)彼らのものだ」と。『Eccojams』にしても『Floral Shoppe』にしても、割と鬱屈としてる時期に作った作品がバズってしまったってことになるんですかね。

捨てアカ そうなっちゃうのかな……。Vaporwaveって加速主義だの資本主義へのアンチテーゼだのといろいろ誇張して言われていると思うんですけど、それは2012年、Adam Harperが「Vaporwaveとヴァーチャルプラザのポップアート」という記事中で、そういう思想と結びつけちゃったからだと思うんです。これは本当に罪深いことで、最初にVaporwaveが死んだ瞬間だったと思う。ただ、皮肉にもあの記事をきっかけにVaporwaveが流行し延命され、今日のシーンがあるわけで……。
 話が逸れちゃいましたが、Lopatinがやったことは「好きな音楽の好きな部分だけをスクリューし、ループさせる」という安直で単純な方法を『Eccojams』と名付けたことだけ。で、これが僕(Chuck Person)なりの『Eccojams』だ! みんなも自分なりの『Eccojams』を作ってくれたら嬉しいな、という願いを込めて発表したんだと思います。その思想はのちに『Replica』という傑作へと昇華し、その一方で図らずもVaporwaveの誕生に寄与してしまうわけですが……。つまり、Adam Harper以前の『Eccojams』は牧歌的なもので、たとえばギターでフォークソングを弾くみたいに、夜中にDTMソフトを立ち上げて好きな曲をスクリューさせるというような生活の延長線上にあるものだったと思うんです。Vaporwaveの本質って、意外とひねくれていなくて素直なものなんじゃないかなと。

ヒタチ メモ帳の落書きを毎日SNSにアップするみたいな。

捨てアカ そんな感じですね。感情の表出手段に近いのかな。ひいては自己のあり方というか。Lopatinが『ele-king』のインタビュー記事で述べていたことがすべての答えじゃないかなと思っています。「Vaporwaveは祈りみたいなものでもあると思うんだ。それはべつにポップ・ミュージックの神さまにたいする祈りということではなくて、自分を表現する、その瞬間を表現できる、そこに自分を捧げるような祈り」

ヒタチ なるほど。最近になって『Eccojams』回帰の流れがあるという話をΔKTR君から聞いて、あくまで再発中心で新作としてはそういうの見かけなかった気がするんですが、どうなんですかね。

捨てアカ どうなんだろう。『Eccojams』を方法として取り上げつつも、さらにそれを引き延ばしてスクリューする、みたいなのは流行のひとつとしてあります。“Slushwave”っていうジャンルなんですけど。

ヒタチ そのタグ、Bandcampで見かけて気になってた!

捨てアカ あれは、いうなればテレパス流派みたいなものですね。過剰にスクリューをかけているのが特徴で、それがひとつのシーンになっています。その元になっているのが『Eccojams』だと解釈すれば、回帰ともいえるのかな……?

ヒタチ じゃあ、Slushwaveが実質的に『Eccojams』回帰なんですね……とも言い切れない?

捨てアカ シーン全体として見ると、『Eccojams』回帰というよりもその逆で、元ネタのシンセポップを打ち込みで作ったりとか、1980年代の文化に影響を受けたSynthwaveが人気だと思います。その一方で、サンプリングが主体の『Eccojams』の人気もいまだに根強いという感じですね。

ヒタチ ポップスの人がそういう1980年代のスタイルを取り入れるのは、コロナ禍前から普通にあったじゃない? それこそ、The Weekndはそうなんじゃないの?

捨てアカ 最新作収録曲の「Out of Time」では、わかりやすく直球なサンプリングをかましてしてきたので、Lopatinのファンサービスかと思いました(笑)。

ヒタチ あれ、何のサンプリングだっけ?

捨てアカ 亜蘭知子です。

ヒタチ よく「和ブギー」として名前の挙がる人だ。

捨てアカ そうですね。あの曲はFuture Funk周辺で取り上げられることがあって、Moe Shopも引用しています。ちなみにVaporwaveで頻出するのは菊池桃子なんですよね。Lopatinが直球のシティポップをサンプリングしたのは、なにかをほのめかしているような気さえします。

ΔKTR やっぱり、亜蘭知子をサンプリングすること自体が10年前にはありえないじゃないですか。で、今はもうそれができるようになってる。Vaporwaveがない世界だったら、亜蘭知子を普通にOPNがサンプリングするのってとんでもないことだと思うんですよね。

ヒタチ 今やOPNは坂本龍一とも共演してるから「ああ、日本のシティポップをネタに使ったのね」ってなるけど、当時としては確かにそうだよね。

捨てアカ Vaporwaveがなかったら、今の音楽地図って全然違ってたんじゃないかなって思いますね。
次回に続く

2022年8月13日収録

*  *  *

sute_aca(ステアカ)
島根県出雲市在住。音楽レーベル〈Local Visions〉主宰。『新蒸気波要点ガイド』『ユリイカ』『ele-king』『MASSAGE MAGAZINE』等でVaporwave関連の寄稿を行う。レコード・カセット蒐集家。Twitterが好き。https://twitter.com/sute_aca_

ΔKTR(アクター)
ビートメイカー、音楽プロデューサー、A&R。2013年よりチリ、ローマ、台湾、LA等国外レーベルからカセット、レコードでのアルバムを発表。2015年〜20年まで〈New Masterpiece〉のA&Rとして参加。『新蒸気波要点ガイド』の編集・企画者。
https://aktr.bandcamp.com/ 

hitachtronics(ヒタチトロニクス)
電子音楽レーベル〈New Masterpiece〉主宰、『新蒸気波要点ガイド』ではレーベル名義で編集を手がける(共同編集)。2018年、海外Vaporwaveアーティストの来日ツアー『NEO GAIA PHANTASY』に協賛。サブレーベルに〈WOOD TAPE ARCHIVES〉。たまにイラストも描く。
https://newmasterpiece.tumblr.com/

*  *  *

《書誌情報》
『新蒸気波要点ガイド ヴェイパーウェイヴ・アーカイブス2009-2019』
佐藤秀彦・著 New Masterpiece・編
A5・並製・オールカラー192ページ
本体2,500円+税

〈目次〉
・はじめに
・Vaporwave Girls Illustration(イラスト:ぼーぶら(ピンクネオン東京)、西尾雄太)
・作品レビュー
part 1 2009-2013 - New Deluxe Life
part 2 2013-2014 - Hit Vibes
part 3 2014-2015 - Birth of a New Day
part 4 2015-2017 - Vaporwave is Dead?
part 5 2017-2019 - Vaporwave Now
part 0 1980-2009 - Proto-Vaporwave
・蒸気波のルーツを求めて~Pre-Vaporwave対談
・インタビュー
骨架的
Robin Burnett (INTERNET CLUB)
Neon City Records
豊平区民
Seikomart
Equip
・めくるめく蒸気波ジャケミュージアム
・Vaporwave Dictionary 蒸気波大辞典(文:ばるぼら)
・蒸気波フィジカルリリースの世界(文:捨てアカウント)
・インターネットのPlastic Love(文:動物豆知識bot)
・クラウド・ラップ/ローファイ・ヒップホップについて(文:小鉄)
・蒸気波分布図(文:赤帯)
・Vaporwaveからゲームへ(文:さやわか)
・Vaporwaveはアニメを必要とするか?(文:動物豆知識bot)
・ミームと大義なき聖戦(文:銭清弘)
・Vaporwave年表(文:ばるぼら)
・Vaporwaveの未来~Pre-Vaporwave対談

〈レビュー・特集執筆陣〉
ばるぼら / さやわか / 捨てアカウント(Local Visions)/ sen kiyohiro / 小鉄昇一郎 / ブギー・アイドル / imdkm / 糸田屯 / 動物豆知識bot / ESC TRAX(ebi1000 / suesett / Ca5)/ 庄野祐輔(MASSAGE MAGAZINE)/ 赤帯 / フミ / ΔKTR / hitachtronics(New Masterpiece)

編集:New Masterpiece
Tumblr: https://newmasterpiece.tumblr.com/
Bandcamp: https://newmasterpiece.bandcamp.com/
Twitter: https://twitter.com/nmpDATA


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