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『ナルコス:メキシコ編』シーズン2配信開始!『ネットフリックス大解剖』より、「麻薬戦争という名の‟ネバー・エンディング・ストーリー”」をためし読み公開

 ネットフリックスが製作するオリジナルシリーズ『ナルコス:メキシコ編』のシーズン2が昨日より配信開始されました。
 このたびは新シーズンの配信開始にあわせ、本作の前身となる『ナルコス』を論じた『ネットフリックス大解剖』に収録の一編「麻薬戦争という名の‟ネバー・エンディング・ストーリー”」をためし読み公開します。執筆者は、ネット配信作品のレビューサイト「ShortCuts」の代表も務めるライターの村山章さん。ぜひご一読ください。

麻薬戦争という名の‟ネバー・エンディング・ストーリー”

(文:村山章)

カリスマ麻薬王の破天荒すぎる悪行三昧

『ナルコス』のシーズン1は、前述したようにパブロ・エスコバルの成り上がり一代記であり、痛快なピカレスクロマンでもある。盗品を売りさばいていた無名の男が、コカイン売買の可能性に目をつけたら、時流の後押しもあってあれよあれよと世界有数の麻薬王にのし上がっていく。

 麻薬というモチーフを扱っているというだけでなく、このドラマにヤバい中毒性を感じるのは、エスコバルという男の人生が波乱万丈伝として面白すぎることに尽きる。フォーブス誌の億万長者ランキングに名を連ねたことは先にも書いたが、エスコバルがやってのけた悪行のスケールは”麻薬王”という言葉だけでは収まりきらない。麻薬カルテル同士の抗争だけでなく、警察や政府、そして大統領にも宣戦を布告し、邪魔者を殺害するために旅客機を
爆破し、自分に対する糾弾を避けるために最高裁判所を炎上させ、いざ刑務所に入るとなると、みずから建設させた宮殿のような刑務所で悠々自適の暮らしを送るのだ。

 また、エスコバルは自分の悪事と善行との境界線を引くことができない誇大妄想狂でもあった。コカイン取引で儲けたカネで教会を建て、貧しい者のために住宅を作り、世間の誰もが裏の顔を知っているにもかかわらず、国会議員の選挙に出馬して当選までしてしまう。周囲の仲間は「自分たちは犯罪者なのだから」と反対するのだが、エスコバルは大統領になった自分自身を夢想する。彼の人間的な面白さは、承認欲求を満たしたいのはもちろんだが、半ば真剣に、自分は搾取されている庶民の代表だと信じ込んでいるところにある。

 いずれもノンフィクションというよりマンガの世界で起きそうなことばかりで、しかもほぼ実話通りなのだから口をあんぐり開けて驚くしかない。当事者ではないわれわれは、快進撃を続けるエスコバルを、まるで自分たちが賭けた競走馬であるかのように応援してしまうのだ。強烈すぎる悪徳の匂いを嗅いで「もっとやれ、もっとすごいことをやれ!」とけしかけながら、心のどこかで転落の日を待ちわびる。そんな不道徳な悦楽を『ナルコス』は間違いなく味わわせてくれる。

エスコバルの落日と暴力の連鎖を描くシーズン2

 本来日陰者であるはずの主人公が燦然と光を放つものだから、ほかの登場人物たちは分が悪い。エスコバルの血塗られた立身出世物語と並行して、DEA捜査官のマーフィーとペーニャやコロンビア警察によるエスコバル包囲網が描かれるのだが、シーズン1を観ていても失敗に次ぐ失敗の連続で、たまに功を奏しそうになると暗殺されてしまったりするのだから油断も隙もない。

 また、全体の語り部としてナレーションを担うのはマーフィーなのに(その理由を知るにはシーズン2の最終回まで待たなくてはいけない)、いまいちマーフィーが事態を動かす推進力になり切れていないことも、エスコバル以外のパートが多少まどろっこしく感じる原因かも知れない。

 ところがシーズン2で、力関係は大きく変化する。みずからが建築した刑務所から脱走したエスコバルは逃亡生活に入り、この機会を逃すまいと打倒エスコバルのためにあらゆる勢力が動き出すのだ。

 毎エピソードの冒頭でいくら「実話を基にしたフィクションです」と断っていても、『ナルコス』がほぼ実話をなぞっていることは否定のしようがない。興味深いのはシーズン1とシーズン2の時間配分で、シーズン1ではメデジン・カルテルの勃興からエスコバルの脱獄までの長い年月が描かれるのだが、エスコバルは脱獄から1年ちょいで特捜隊によって射殺されるのである(これは史実であるからどうかネタバレと怒らないでいただきたい)。

 つまり『ナルコス』において、エスコバル編の終章であるシーズン2は、パブロ・エスコバルの最晩年にあたる約1年の出来事をシーズン1と同じボリュームで描いているのである。これは1話進むごとに一歩ずつ最期の瞬間が近づいてくる、「死へのカウントダウン」にほかならない。

『ナルコス』はシーズン2において、より善と悪のグレーゾーンへと踏み込んでいく。絶対的強者だったエスコバルの没落は、エスコバル自身の人間的な部分を顕在化させるだけでなく、エスコバルを追跡する側にとっても地獄への踏絵となっていく。

 いくら潜伏中とはいえエスコバルは手強い。そこで登場するのが「ロス・ペペス」と名乗る打倒エスコバルを標榜する自警団なのだが、『ナルコス』は明確にこの集団の正体を名指しする。メデジン・カルテルから造反した勢力と、ライバル的存在だったカリ・カルテル、右派の武装勢力、そしてエスコバルへの憎悪を募らせる警察の一部や、アメリカの麻薬取締官らが結託して、エスコバル一味の殲滅を狙うのである。

正義を求める者たちが阿修羅道に落ちる皮肉

 まさに「敵の敵は味方」だが、それぞれの思惑が一致するわけではない。強大な敵を倒すために本来敵対する者同士が手を組んだというだけであり、一部の警察やDEA捜査官たちにとっては明らかに悪に加担する背信行為でもある。そして暴力をもって暴力を制するやり方はさらなる報復の連鎖を生み、死屍累々の阿修羅道へと突き進んでいく。

 おそらくこのシーズン2こそが、前述したジョゼ・パジーリャ的なテーマ性が如実に浮かび上がる真骨頂だ。エスコバルはもはや絶対悪ではなく、絶体絶命の窮地のなかで違う生き方を夢見るようになる。

 一方、正義の番人である側は、もはや手段を選ぶことなく泥沼へ飛び込んでいく。最優先すべきは「エスコバルの首」であり、捜査当局対麻薬王の大義はただの殺し合いへと堕ちる。そして当事者たちのなかでは、ルール無用の異様な興奮状態と、反動として訪れる倫理的な葛藤とがブンブンと右に左に振り子のように揺れ続ける。誰もが「こんなはずではなかった」とどこかで思いながら、地獄への最終列車を止めることはできないのだ!

 ここにパジーリャ的アプローチの面目躍如がある。いくら個人が信念や信条、大義を持ってようとも、目的を実現するための手段が優先され、本来の目的が変質を余儀なくされる。つまりパジーリャとは「社会における理想の変容」を描き続けている作家ではないか? 『ナルコス』では製作総指揮というポジションなので全話にタッチしているわけではないだろうが、少なくとも『ナルコス』がパジーリャ的なテーマを追求している作品であることは間違いない。

 そしてシーズン2の面白さは、こういった犯罪社会学的な考察が、あくまでもエモーショナルな人間ドラマとして描かれていることにある。あるインタビューでパジーリャは「自分はストーリーテラーである」と語っているのだが、シーズン2ではエスコバルの最期の数年間を10話かけて描いたことで、テーマ性とストーリーとが自然な形で両立しているのである。
(続きは『ネットフリックス大解剖』P.23、または本ページ下部よりご購読いただけます)

※転載にあたり、動画を加えています。

190125■ネットフリックス大解剖_帯あり

《書誌情報》
『ネットフリックス大解剖 Beyond Netflix』
ネット配信ドラマ研究所 編
四六・並製・232頁
ISBN: 9784866470856
本体1,500円+税
https://diskunion.net/dubooks/ct/detail/DUBK239

〈内容紹介〉
イッキ見(ビンジウォッチ)がとまらない。
世界最大手の定額制動画配信サービスNetflixが製作・配信する
どハマり必至の傑作オリジナルドラマ・シリーズ11作品を8000字超えのレビューで徹底考察。
ネトフリを観ると現代社会が見えてくる!

画像2

〈目次〉
・麻薬戦争という名の“ネバー・エンディング・ストーリー”――ナルコス(村山章)
・ブレイキング『ブレイキング・バッド』――ベター・コール・ソウル(小杉俊介)
・〈他人の靴を履く〉ことへの飽くなき挑戦――マスター・オブ・ゼロ(伊藤聡)
・熱狂的なファンたちに新たなトラウマを残した人気シリーズ続編――ギルモア・ガールズ:イヤー・イン・ライフ(山崎まどか)
・愛することの修練についての物語――ラブ(常川拓也)
・酸いも甘いも噛み分けた厭世馬の痛み――ボージャック・ホースマン(真魚八重子)
・ラジオブースから届ける分断された社会へのメッセージ――親愛なる白人様(杏レラト)
・少女の自殺が呼んだ大きな波紋――13の理由(辰巳JUNK)
・ポップカルチャーの新しいルール。またの名を『ストレンジャー・シングス』――ストレンジャー・シングス 未知の世界(宇野維正)
・ポスト・ヒューマン時代のわたしたちを映し出す漆黒の鏡――ブラック・ミラー(小林雅明)
・死にゆく街のハイスクール・ライフと死後の世界がひとつになるとき――The OA(長谷川町蔵)


以下より、「麻薬戦争という名の‟ネバー・エンディング・ストーリー”――ナルコス」全文をご購読いただけます。

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