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夫、行方不明者になる。

夫が失踪し、音信不通になって10日目。警察に失踪届を出しに行こうと思い立つ。最寄りの警察署に電話して、失踪届を出すときに持参しなければいけないものについてたずねた。

すると、失踪届は、警察署ではなく、役所に提出するものなのだという。家出や蒸発により7年間生死不明の場合、家庭裁判所に審判を申し立てて失踪宣告を受け、法律上で死亡者扱いにしてもらうものなのだそうだ。

……いや、ちがうちがちがう。ち が う そうじゃなぁい。

じゃぁ、警察に出す届けってなんていうんですかと聞いたところ「昔でいう“捜索願”ですね。現在は“行方不明者届”と名称が変わりました」とのこと。
手続きに必要なものは特にないらしいが、できれば行方がわからなくなった人の顔写真があったほうがよいそうだ。

最寄りの警察署に行方不明者届を提出しにいった。

夫が出ていってしまったこと、電話が繋がらないこと、行きそうな場所は全て当たったが捕まらないことなど話したところ、警察から夫に電話をかけてみるという。

担当警察官が電話してみたものの、コール音は鳴るが電話に出なかったらしい。失踪時の様子など話していたら、夫から警察宛にコールバックがあり、担当警察官は「ちょっと話してみますね」と席を外した。

担当の警察官は非常に声の大きい人で、隣の部屋で電話している声がとてもよく聞こえてきた。

警察官
「折り返しありがとうございます。XX警察署のXXと申します。今ね、旦那さんがいなくなったっていうんで、奥さんが心配して警察署まで来てるんですよ」

「今どこにいらっしゃるんですか? ……え? もう東京にいらっしゃるんですか。今の居場所を奥さんに伝えてもよろしいですか? 伝えないでほしいんですね。なるほど」

「……法廷闘争準備中だから、今後の連絡は弁護士を通してほしいと言っても、まだ弁護士から連絡行ってないんですよね? そうしたら、奥さんからしたら旦那さんと連絡が取れないということになるんですよ」

「こちらとしても、行方不明者届っていうのは、何か事件などに巻き込まれて生死がわからないから探してほしいという場合に受理するものなので、旦那さんが無事であるなら受理したくないんですよ。でも、旦那さんが奥さんに連絡しないと連絡が取れないってことで、こちらとしても届けを受理せざると得ないという状況なんです。わかりますか?」

「届けを出されるとどうなるか、ですか? 全国の警察署に行方不明者情報が写真付きで通知されるので、免許更新の際に別室に呼ばれたり、路上で職務質問されたり、職場に警察官が話を聞きに行くこともあります」

「とにかく、届けを出してほしくないということであれば、LINEで一言でもいいので無事を知らせる連絡を入れてもらえませんかね」

警察官と話している最中に夫から一言「無事です。」とLINEが来て、その直後に警察官が私の元へ戻ってきた。

「旦那さんと話したんですけどね、声を聴かせてもらって、無事だということがわかったので、まだいなくなって10日でしょ? もう少し帰ってくるのを待ってみてはどうですか? そのうち、無事を知らせる連絡が来るかもしれませんし」とやんわり届けを受け付けないでやりすごそうとしてきた。

こちとら、先ほどの会話を聞いていたので、夫が行方不明者届を出されたくないというのを知っている。となれば、なんとしてでも届けを出していってやると闘争心に火がついた。

半泣きで「それは本当に夫なのでしょうか? 夫の携帯電話から電話がかかって来ただけで、夫ではない人かもしれませんよね? お巡りさんは私の夫の声を知っているんですか? 知らないですよね。なのに、なんで夫の声だと断言できるんですか? 夫は借金が500万〜600万円あると言い残して突然失踪しました。事件に巻き込まれていないとも限らないじゃないですか! 」とまくし立てた。

もちろん、さっき夫からLINEが来たことなんて、警察官には口が裂けても言いますまい。

担当の警察官は困って上司に相談しに行き(相談している声も筒抜け)、結局、夫と連絡が取れない以上、奥さんの言い分を聞くしかないということで行方不明者届を受理してもらうことができた。

こうして、夫は行方不明者になったのである。

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