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【小説】 オオカミ様の日常 第4話 「オオカミ様は目が眩む」

 「ミカちゃんとこんなに早く再会できるなんて思いもしなかった。とても嬉しい。新しい街はどんなところなの。」

 「私も嬉しい。ちょっと引き継ぎとか色々とあって、引っ越し準備ができてなくてごめんね。新しい街はまだゆっくりと見れていないけれど、悪くないところだよ。でも、ミカちゃんの街には長年いたから居心地良いし、いつかまた遊びに行きたいと思ってる。」

 カナエとミカはオオカミ様の背中で楽しそうにおしゃべりをしている。オオカミ様は、2人が自分の背中で呑気に楽しそうに喋っていることに何か言いたそうだったが、それ以上にこれから向かう目的地を思うだけで憂鬱な気分になっていた。

 目的地であるクチナワの社は、オオカミ様が治める地方から他の大神様の地方を幾つか跨いだ場所にある。クチナワとは古くからの付き合いで、お互いのことは他の大神様よりも知っているつもりだ。別に、仲も悪くない。ただ、クチナワの性格はなかなかにキツいところもあり、今まで助けられたことも数多くあるが、口うるさく色々と言われたことも数えきれない。だから、オオカミ様は必要最低限の付き合いしかしないようにしていた。しかし、そんなことは露知らずクチナワはオオカミ様の社にちょくちょく遊びにくる。

 「はあ、そろそろかのう。」

 オオカミ様は大空を駆けながらクチナワの社がある山を見つけた。山の中腹付近にキラリと光る何かを見つけると、そこを目がけてゆっくりと降下していく。山の斜面に大きくぽっかりとくり抜かれたような場所に、立派な鳥居が佇んでいた。おそらく青銅で作られただろう鳥居は古くからあるにも関わらず錆びついた部分もあるが綺麗に手入れされている。

 鳥居の前に着地したオオカミ様は、後ろ足をゆっくりと折り曲げてカナエとミカの足が地面に着くようにかがんだ。2人は身軽に地面に飛び降りると、オオカミ様と並んで鳥居の前に立った。

 鳥居の先には、しめ縄が取り付けられた洞穴がある。どうやら、クチナワの社はこの洞窟の中にあるらしい。

 「では、行くかのう。」

 オオカミ様は重そうな足取りで鳥居をくぐろうとした。すると、鳥居の中から見える洞穴の奥から強い光が放たれた。その光は、まるで洞穴の中に財宝が光り輝いているかのように眩い光を放ち続けている。

 オオカミ様の後をついていったカナエとミカは洞穴の奥へと進んでいく。洞穴の中は大人の人間がギリギリ歩ける程度の高さで幅も人2人がすれ違うことができるくらいの広さだった。しばらく歩いて行くと、大きな空間が目の前に現れた。

 そこには、黄金色に輝く立派な社がそびえ立っていた。カナエは、初めて見る黄金色の社に感動していた。

 「すごい。こんな黄金色の建物なんて初めて見た!修学旅行の時に行った金閣寺以来だよ。全部が黄金で輝いているなんて!」

 カナエは先ほどから興奮が冷めやまない。金銀財宝が好きではないが、目の前に広がる豪華絢爛な光景の前では、初めて見た者は誰だって気分が上がることだろう。

 「相変わらず、派手すぎる社じゃのう。」

 オオカミ様は、光り輝く金色の社に目をしぱしぱとしながら呟いた。いつも人型の姿で来る時も年老いた目には眩しすぎる社なのに、今はオオカミの姿であるから視力の良さが仇となった。少しは目も慣れたので、社の入り口にある大きな扉へと向かい、神力を使ってゆっくりと開いた。

 「クチナワはおるかー!」

 オオカミ様は、社の奥にも届くような大声を出した。すると、オオカミ様だけでなくカナエとミカにも聞こえるように声が届いた。

 「(おやおや…これは珍しい来客だねえ。初めてのお客さんもいるみたいだ。遠慮せずにそのまま奥の大広間までいらっしゃい…。)」

 クチナワの声は、耳からではなく3人(正式には、2人と1匹)の脳内へと直接語りかけた。どうやらこれも神力を使った能力らしい。言われるがままに社の中へと入ると、玄関には背丈が2mを越えるであろう大きな白蛇の像が出迎えた。

 「すごい。この像、全身が水晶でできている、しかも赤い目も赤色の鉱石が埋め込まれている。」

 カナエは、手を触れないように気をつけながらまじまじと像を見た。大きな水晶を削った後に丁寧に研磨して作られたであろう全身は、鱗まで細部にこだわって作られており、赤い目はキラキラと輝きを放ちながら力強さも感じる。今すぐにでも動き出すのではないかと思えるリアルなものだった。

 「相変わらず、趣味の悪い…。」

 オオカミ様は、ぼそりと呟くとスタスタと大広間へと歩き始めた。オオカミ様から離れないようにカナエとミカも歩き始めた。

 長い廊下を歩き何度か曲がった先に、一面に大蛇が描かれた襖が現れた。ここに辿り着くまでに歩いた長い廊下も、床から天井に両脇の壁までもが黄金で装飾されていた。ふう、とため息のように息をつくと、オオカミ様は襖を静かに開けた。

 襖を開けると、そこは50mほどの大きな広間があった。その奥の一段高くなった場所にある椅子にクチナワは腰掛けていた。

 「よく来てくれた。もっとこちらへ来るとよい。」

 オオカミ様たちは、クチナワの目の前に用意された椅子にそれぞれ腰を掛けた。

 「相変わらずじゃのう。」

 オオカミ様は、クチナワと挨拶もそこそこに大広間を見渡すといつも通りの決まり文句を言った。あはは、と高笑いをしながらクチナワは右手に持っていたキセルに火を灯した。

 「まあねえ。人間というのは本当に金銀財宝や富というものが好きだからねえ。私は、いつの時代も相変わらず楽しくやっているよ。」

 クチナワは吐いた煙を遥か上の天井目がけて吐き出した。そして、ミカとカナエを一瞥してニコリと笑った。

 「つい、先日ぶりですね。クチナワ様。こちらが、先日お話しした私の後任として神様と成った…」

 「カナエと言います!初めまして。ミカちゃんのおかげで神様に成りました。ミカちゃんのように立派な神様に成れるようにオオカミ様から色々と教えていただいております。今日は突然お邪魔して申し訳ございません。」

 カナエは緊張しながらクチナワに自己紹介をした。クチナワは緊張を解してあげようとニコリと笑った。

 「はじめまして、カナエちゃん。私は、このオオカミと同じ大神の ”クチナワ” と呼ばれておる。私の司るものは、金銀財宝をはじめとした ”富” だ。今日は遠いところからわざわざありがとう。ミカも紹介してくれてありがとう。とても良い子じゃないか、安心した。」

 クチナワのその一言に、ミカとオオカミ様は大きく胸を撫で下ろした。ここでダメだと言われたらどうなっていたことだろうか。ミカは、ほっと撫で下ろした胸に当てていた手に握っていた錫杖を見ると、ここへ来たもう一つの理由を思い出した。

 「ありがとうございます、クチナワ様。あと、この錫杖を返しにまいりました。私にはまだ使いこなせないみたいですので、クチナワ様にお返しします。」

 ミカは、錫杖を両手に持ってクチナワの前に差し出した。クチナワは、久しぶりに見たその錫杖を左手で受け取った。

 「ふふふ、良かったわ。これはあなたにも使いこなせないだろうと思って貸したのよ。むしろ、これを使いこなせるほどの神力をあなたが持ちはじめたら、いよいよあなたを無理矢理にでも大神の位へと引っ張ろうと思っていたのよ。」

 受け取った錫杖を無造作に床に置くとクチナワは笑った。そして、再びカナエをじっと見つめた。

 「それよりもあんた、カナエちゃんに随分とたいそうな力を分け与えたんだねえ。私も含めた様々な大神たちの神力を感じるわ。」

   「はい。カナエちゃんには私の後任となってもらうので、仕事に困らないようにできる限りの神力は分けてあげました。」

   クチナワは大きく笑ってオオカミ様の方を向いた。

   「こんなに大神たちの神力も分け与えておるのに、おぬしが許すとは意外だったのう。」

   オオカミ様は寝耳に水だった。耳をピンと立てて驚いた後に、ミカをじろりと睨みつけた。そして、クチナワに尋ねた。

   「お主も分かるじゃろうが、わしはこの姿なもので完全に普段の力を取り戻せておらぬのじゃ。カナエはそんなに大きな神力を持っておるのか。」

   「ええ、おぬしや私だけでない。様々な強い神力を感じる。こんなに強い神力を持っていながら、平然としておる方もすごい事だ。そこらにいる一介の神よりかは遥かに素質があるのだろう。」

   オオカミ様は、ミカに続いてこの娘にも振り回される予感がして堪らない。この先を想像しただけで頭が痛くなってきた。

   「まあ、多少賑やかな方が楽しくていいじゃないか。」

   クチナワは再びキセルを燻らせた。

   「クチナワ様も大神として長くこの地方を治めているのですか?」

   カナエは、恐る恐る尋ねた。

   「そうじゃ。わしとクチナワは大神の中でも古い方じゃ。こやつの生まれがわしよりも少し後じゃから、この見た目でも既に...。」

   クチナワがキセルから吐いた煙は、白い大蛇となってオオカミ様の身体に巻きつくと、続きを言えぬように首をキュッと絞めた。

   「何か申したか、ケモノよ。」

   全力で首を横に振ったオオカミ様はうっすらと涙を浮かべているようにも見えた。クチナワは相変わらずデリカシーのないオオカミ様を睨みつける。

   「まったく。懲りないバカじゃのう。」

   クチナワ様は呆れたようにキセルを吸った煙を吐いた。すると、オオカミ様を締めつけていた大蛇も形を崩し、白い煙となって天井へとゆらゆらと昇っていった。

   煙にケホケホとむせながら、オオカミ様はカナエにヒソヒソと話した。

   「(クチナワは歳に敏感じゃ。あの姿も神力で保っておる。くれぐれもこの話題には、触れぬように...)」

   「(女性に年齢を聞くなんてデリカシー無さすぎですよ。怒られて当然です。)」

 カナエにも注意されると、オオカミ様はもうここでは何も言うまいと決め込んだ。相変わらずキセルを燻らせたクチナワは、オオカミ様に遮られた自己紹介を続けた。

 「私は、このオオカミの後に大神となった。他の大神の連中と比べたら古いほうじゃな。こう見えて結構な歳もとっておる。この見た目なのは、生前の頃の姿が影響しておるのかもしれぬ。」

 「生前の頃に若くして亡くなったのですか…?」

 「ほほほ、褒め言葉として受け取っておくわ。私の生前は、”白い大蛇” としてこの山に住んでいた。ただ勝手に住んでいただけなのに、人間たちからご縁があるとして勝手に崇められていたのよ。そして、とある出来事でこのオオカミが死にかけていたところを助けてあげたの。他にも色々と紆余曲折あって、今はこうして ”大神のクチナワ” としてここにおる。生前の頃にしていた脱皮のように、今もこうして古くなった角質は勝手に剥がれ落ちて若い肌を保つことができておる。」

 クチナワは、キセルを口で咥えて伸ばした左腕を右手でゆっくりと握ると肘部分から手首にかけて静かに移動した。すると、綺麗に皮が剥けていき、その下からは艶やかな肌が現れた。剥けた皮をそのまま右手で丸めてもう一度開くと、小さな金塊となっていた。

 「すごい。全身も金だなんて。」

 カナエは、目の前で手品を見せられているかのように、驚きと興奮で声が張っていた。

 「全身が金というよりは、あらゆるものを神力によって金や銀に宝石といったものに変えることができるの。」

 そう言うとキセルの火皿からトントンと落とした灰も金粉に変えてみせた。そして、金粉にふうっと息を吹くと風に乗った金粉がカナエの方へと飛んでいった。カナエの頭に集まった金粉は形を変えて小さな髪飾りとなった。

 「これはお近づきの印としてプレゼントするわ。私の神力も込めてあるから、神具としてあなたの力になると思うわ。今時の子だから、デザインが好みに合うかしら。」

 「カナエちゃん、良かったね!クチナワ様の神力は本当に強いから、それはお守り代わりになるよ。」

 「大切にする!クチナワ様、素敵な髪飾りをありがとうございます。とても気に入りました。これから頑張ります。」

 カナエはミカが差し出してくれた手鏡を見て、自分の頭につけられた黄金の髪飾りを嬉しそうに眺めた。

 「そうだ。あんたたち、今日はこの後も暇なのかい。ちょうどさっきまでタツミが来ていたんだよ。あの地方の平定も終わって少し余裕があるみたいだから、良かったら遊びに行っておいで。ミカも ”歪み” を実際に見たことはないだろう、勉強になるよ。」

 クチナワはオオカミ様たちに提案をした。

 「いや、わしは仕事があるから…。」

 「行きたいです!タツミ様にお会いしたことないので、挨拶しに行きたいです!カナエちゃんも行ってみようよ。」

 「ミカちゃんがそう言うなら…。」

 乗り気ではないオオカミ様を無視して、ミカはタツミに会えるのを心待ちにした。

 「じゃあ、決まりね。オオカミ、あんたが連れて行ってあげなさい。きっと、”その姿” の戻し方も ”今のタツミ” なら知っているかもしれないよ。」

 自分の意向を悉く無視して話を進める女性陣3人に物申そうと思ったが、いつまでもオオカミの姿も困っていたので、タツミの元へ行くことに決めた。

 「分かった。行こう。但し、早めに帰るぞ。逢う魔が時を迎える前には離れたいからのう。」

 喜ぶミカとカナエに少し呆れながら、オオカミ様はゆっくりと立ち上がって出発する支度をした。

 「では、世話になったのう。」

 ”また遊びに来る” とも ”遊びに来て” とは敢えて言わないのがオオカミ様らしい。どうせ言わなくても来るだろう、という半ば諦めのようなものがあるみたいだった。

 クチナワの社に来た時のように、ミカとカナエはオオカミ様の背中に跨った。

 「また遊びにおいで。」

 「はい!ありがとうございます!」

 「髪飾りありがとうございました!」

 社の出口までお見送りをしてくれたクチナワが2人と別れの挨拶を済ませると、オオカミ様は力強く一歩を踏み出した。あっという間に洞穴の出口に出ると、もう一歩踏み込んだ足でそのまま大空へと駆け上がって行った。

 

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