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街風 episode.15 〜夢の続き Part.1 高校入学編〜

 もうこのクラスで過ごすのも数ヶ月か。教師という職業は1年単位で出会いと別れを繰り返す。でも、生徒達にとってはたった3年間しかない青春の1年だと思うと、その貴重な時間を共に過ごせる有り難みを感じる。昔からの夢だった教師になって、自分が生徒だった時には見えなかった苦労や仕事に忙殺される時もあるが、それでもこの仕事を選んだ事に後悔していない。たまに同じ教師である妹の愚痴を聞くこともあるが、自分はその度にいつも生徒達に恵まれていると実感する。この高校に赴任してから3年が経つ。母校でもあるこの学校にずっと希望を出していたので、願いが叶った時には本当に嬉しかった。この高校は大学への進学率もいいだけではなく部活動も盛んで、何よりも地元にも愛されている。進学してくる生徒達の殆どがこの近辺の中学校出身で、自分もそうだし幼馴染のダイスケとノリにカナエ、兄貴分と慕っているカズさんもみんなこの学校に通っていた。もう卒業してから10年以上も月日が経っているけれど、この学校から見える景色と校庭の隅に佇む木々たちは何も変わっていない。たまにまだ自分はあの日に戻ったと錯覚することがある。

 「先生ー、日誌持ってきましたー。あれ?先生どうしたんですか、窓の外を眺めてぼーっとしちゃって。」

 「おおー、ワタルとか。部活オフなのに日直だったのか。日誌ありがとう。」

 「いえいえ、日直の仕事なので。そういえば、先生ってこの高校が母校なんですよね。しかも、バスケ部だったってことは僕の先輩って事ですよね。先生の高校時代ってどんな生徒だったんですか?」

 ワタルが質問をしてきたタイミングで、同じく今日の日直当番だったカオリも職員室へ入ってきた。

 「何の話をしているんですか?」

 「先生もこの高校で僕と同じバスケ部だったから、先生の高校時代について聞こうとしてたところ。」

 2人は興味津々にこちらをじっと見てきた。そうだな、俺もこの2人のように高校生だった時代があったなあ。

 15年前、ダイスケとノリとカナエと一緒に4人で合格発表を見に行った。当時、まだ学区制がありこの近辺で一番の学校はここだった。いつも4人で一緒にいた中でダイスケとカナエが一番最初にこの学校を志望していた。ノリと自分は2人が行くなら自分も受けてみようかなという軽い気持ちで一緒の志望校を選んだ。いざ受験勉強が始まるとしんどくて仕方がなかった。4人の中で一番勉強ができなかったので、放課後は他の3人と一緒に勉強会を開いたりして助けてもらった。途中で早々に諦めれば良かったのにと思われるかもしれないが、その頃からカナエに密かに淡い恋心を抱いており、もう3年間一緒の高校に通いたい一心で途中で挫折することなく受験勉強を頑張っていた。後に、ダイスケとカナエが付き合う事になったが、相手がダイスケなら仕方ないと諦めた。そんな自分を含めた4人が高校に着いた頃には、すでに合格者が掲示されている付近に人だかりができていた。友達と一緒に喜びあっている人もいれば肩を落として俯きながら掲示板を後にしている人もいた。

 「私たちみんな受かっているかな?」

 カナエは不安そうに呟いた。でも、カナエ以上に不安な気持ちでいっぱいだったのは間違いなく自分だったと思う。

 「その時はその時だ。さあ、見に行こうぜ。」

 ノリはそう言ってスタスタと人だかりの中に入っていった。自分達もノリの言葉に後押しされて人混みをかき分けながら自分の受験番号を探しにいった。

 「あったー!」

 まず最初にカナエが声を出した。

 「よっしゃー!俺も受かってる。」

 「俺も無事に受かってた。」

 ノリとダイスケも続くように言った。これで自分だけ落ちていたら惨めだな。どうやってみんなに話そうかなどと落ちた時の言い訳を考えながら自分の番号を探した。

 「…あった。…受かった。」

 自分の番号を見つけると緊張していた糸が全て切れて喜ぶよりもホッとした気持ちだった。他の3人は自分以上に合格を喜んでくれた。ノリは今更になって絶対に受からないと思っていたのにと冗談交じりで言ってきた。

 発表を見に行く時は両足に鉛が入っているように足取りが重かったが、今は空でも飛べるかもしれないと思えるくらいに身体がフワフワとしていた。

 4人で仲良く中学校へ戻って報告をするまでの道中では、高校ではどんな部活に入りたいとかどんな人と出会うのかとか4月からの高校生活に夢を膨らませる会話が弾んだ。またこの4人で一緒の高校生活を過ごせることが何よりも嬉しかった。

 中学校に戻って担任の先生へ合格の報告をすると先生は両手を握って大変喜んでくれた。周りにいた先生達もまさか自分が受かると思っていなかったらしく国語を担当していたおばちゃん先生は涙ぐんでいた。まさかここまで受からないと思われていたとは…と少しだけショックだったけれど受かったから全て良しと思う事にした。他の3人も担任の先生への報告が終わり、また揃って4人で帰宅した。

 帰宅すると両親は笑顔で出迎えてくれた。合格発表を見た直後に電話した時には、お袋はずっと信じてくれなかったし親父に至っては落ちた時にどういう言葉をかけるかずっと悩んでいたらしい。妹のアケミは、おめでとうよりも先に合格なんてあり得ないと言ってきた。今年は定員割れだったのではないかと本気で疑っていたらしく、相変わらず誰よりも失礼な奴だとおもった。そして、その数年後に“お兄ちゃんが受かったなら私も絶対に受かる”という訳の分からない自信だけで受験して合格したところも可愛くない。

 4月になって、いよいよ高校生としての生活がスタートした。せっかく一番上の学年で堂々とできたと思ったら、また一番下からのスタートだ。学生生活はずっとこんな繰り返しなのだろう。新しい制服のしっくりこないぎこちなさを纏いながら校門をくぐった。体育館で入学式が終わると、そのまま一斉に移動して校舎の入口に貼り出されたクラス割を見てから各クラスへと散らばっていった。ダイスケとノリとマナミと自分はみんな別々のクラスになってしまった。でも、それ以上に新しい友達ができる期待でいっぱいだった。

 高校生活初めてのクラスは当たりだった。真ん中の列の一番後ろの席が最初の席だったが、隣の席の女子は後に”学校一のマドンナ”と呼ばれる事になるユリエさん、前の席には高校3年間で切磋琢磨して共にバスケ部を引っ張っていく相棒となるショウタがいた。

 「はじめまして。これからよろしくね。」

 席に着くと、既に隣の席に座っていたユリエさんが挨拶をしてきた。緊張していたせいでぎこちなく”はじめまして”と返すと、前の席のショウタが振り返って2人をからかってきた。

 「はじめまして。俺はショウタ。ユリエは中学の頃からモテモテだったから緊張しちゃうよな。内面は乙女の欠片もないのに。」

 「ちょっとー。ショウタ君。まだ私たちのことを知らないのにそういう事を言うのやめてよー。変なイメージついちゃうでしょう。」

 ユリエさんとショウタは同じ中学出身だったらしく、その頃からとても仲良かったらしい。たしかにユリエさんはとても美人で綺麗だった。そういえば、今の担任しているクラスにいるカオリさんもユリエと似ているな。

 「みんなー、席に着けー。」

 担任の先生がクラスに入ってくると、みんな静かになって前を向いた。新入生になってからの1週間は校舎見学や部活動紹介などがあるらしく、授業らしい授業は翌週からの予定だと担任の先生はオリエンテーションでクラスのみんなに伝えた。最初のHRが終わるとそのまま今日一日のスケジュールが終了した。

 「お、いた。ケイター!帰ろうぜー!」

 HRが終わって帰り支度をしていると、廊下からノリの声が聞こえた。ダイスケとカナエも一緒にいた。席を立ち上がって隣のユリエさんに挨拶をして廊下へ出ると早速ノリが訊ねてきた。

 「おいおい。あの隣の美人は誰だ。」

 さすがノリ、こういう時は目ざとい。このノリとユリエさんについても語りたいことが沢山あるけれど、それはまた別の機会にしよう。

 「ユリエさん、っていうんだ。中学時代からモテていたらしいよ。まだそんなに話してないからよく分からないけれどね。」

 そう言いながらユリエさんに釘付けのノリの腕を引っ張りながら廊下を歩いていった。帰り道は4人でどこの部活に入るか話していた。俺はショウタと一緒にバスケ部に入ろうと決めていたし、ノリはサッカーを続けるつもりらしい。カナエはまだ何も決めていなかったらしい。

 翌日は部活のオリエンテーションがあった。すでに部活を決めていたので、終わるなり勝田と共に入部届を持って職員室へ入った。バスケ部の顧問の先生へ入部届けを渡すと、ちょうど体育館で練習中だからと見学を勧められた。僕とショウタは喜んで体育館へ向かった。
 体育館では、男子バスケ部と女子バスケ部が体育館を半分に割ってそれぞれ練習をしていた。見学していた自分たち2人に気づいた先輩が近づいてきた。これがキャプテンのタクミ先輩との出会いだった。タクミ先輩は当時まだ2年生にも関わらず、1年生の頃から常にレギュラーだった事と今の3年生からも信頼されていたし、何よりも誰よりも練習熱心だったこともあり、2年生ながらキャプテンを任される人格者だった。実際に先輩が引退するまではバスケ以外でも色々とお世話になった。

 「君たち、1年生だよね?今日は部活の見学?」

  息を整えながらタクミ先輩は質問してきた。

 「見学というか、既に入部届けを出してきました。バスケ部に入ります。」

 ショウタがそう答えると、タクミ先輩は白い歯を見せて笑い、

 「よし。じゃあ、ちょっと練習に入ってみるか。」

 と言ってきた。

 ショウタと2人できょとんとしていると、他の先輩もほらほらと言いながら、コートへ入るように促した。

 そして、タクミ先輩の提案でハーフコートで3on3をすることになった。1年生2人+タクミ先輩の1チームで他の先輩たちといきなり戦う。高校バスケに自分も入る不安と同時にワクワクしていた。

 実際にミニゲームを始めてみると想像以上にハードだった。ショウタも自分も周りの先輩たちの運動量に圧倒されて追いつくのが精一杯だった。そして、タクミ先輩のプレーはとても鮮やかで見惚れてしまうほどだった。PGとしてのタクミ先輩のプレーは圧巻で、僕やショウタへのパスも的確だった。僕は中学時代にフォワードとしてプレーしており、タクミ先輩からパスをもらいレイアップで点数を稼ぎ、ショウタはSGとして活躍していたこともあってスリーポイントをどんどん入れる。でも、これもコート全体をコントロールしているタクミ先輩の力があってこそだ。

 そんなこんなで最初こそ調子良かったものの勝ち残りでチームを入れ替えるものだから、自分たちのチームはずっとコートに残り続ける。そして、とうとうショウタも自分も体力が限界を迎えてミニゲームに負けた。コートを出て他の先輩たちのミニゲームを見ているだけでも楽しかった。中学バスケとは選手の体格もプレーの質も全然違う。不安よりも楽しみの気持ちがすでに勝っていた。

 その後も何ゲームかして先輩たちと一緒にバスケを楽しんだ。

 「よし、ミニゲームはこれで終わりにしよう。全員集合!」

 タクミ先輩はコートの中央で声を張った。ヘロヘロになりながらもショウタと2人で先輩達と一緒にコートの中央へ集まった。

 「さて、改めて今日からバスケ部に入部する事になったショウタとケイタだ。みんなもさっきのミニゲームで分かったと思うけれど、2人ともバスケ経験者だけではなく実力もある。明日からは他の1年生たちも続々と入ると思うから先輩としての自覚を持って俺らも頑張っていこう。」

 タクミ先輩がそういうと他の先輩たちは「おう!」と言って気合を入れた。

 「そして、ショウタとケイタ。2人ともミニゲームに参加して感じたと思うが、中学生と高校生では体格も体力も全然違う。2人とも良いもの持っているからこそ、まずは基礎練習をしっかりとやっていこう。ちなみに、基礎練習は他校と比べて期間も長いし地味だけど、そこを乗り越えれば絶対に活躍できると信じて頑張ってほしい。高校受験で身体も鈍っていることだろうし、今日は家に帰ってゆっくり休んで。」

 タクミ先輩はそう言って2人の肩をポンっと軽く叩いた。ショウタと2人で先輩達にお礼をしてから体育館を後にした。

 「いやー、めっちゃキツかったな。」

 ショウタはそう言って大きく伸びをした。歩き方がぎこちないのはお互い様だから何も言わなかった。

 「本当にキツかったね。でも、楽しかった。」

 そこからは2人で帰りながら今日のミニゲームを振り返った。どの先輩のプレーがかっこよかったとかあの時のフェイントが上手かったとか沢山の事を語り合った。でも、やっぱりタクミ先輩のプレーは断トツで一番だった。それにタクミ先輩は人間としても立派で見習いたいものがあった。2人で興奮気味に語り合って帰り道を歩き、交差点で別れた。その後も1人で帰る間もずっと今日のミニゲームについて思い出していた。そして、自分の体力の無さに絶望をしたので、明日からまた部活の基礎練習を頑張らねばと思った。家に着いて自分の部屋に入るなりベッドにダイブし、次に目が覚めたのは翌朝だった。

 「おはよう。」

 翌日、自分の席に着くと隣の席のユリエさんが挨拶をしてくれた。挨拶を返すとショウタも登校してきた。

 「2人ともおはよう。」

 そう言ったショウタはまだ朝だというのに疲れ切っていた。自分もショウタと同じなので、その姿を見て思わず笑ってしまった。

 「本当に笑えるよなー。ケイタは筋肉痛とかどう?」

 苦笑いしながらショウタは聞いてきた。

 「俺も結構ヤバいよ。昨日も自分の部屋に入るなりベッドに直行して爆睡だった。」

 やっぱりそうだよなー、と笑いながらショウタは身体中が痛そうに椅子に座った。

 「2人とも昨日から部活に行ったの?」

 ユリエさんは自分たちに興味津々だった。尋ねてきた目はクリクリしていて小動物みたいだった。

 「そうなんだよ。入部届を提出した後にそのまま体育館に見学に行ったら、先輩の計らいでミニゲームに参加させてくれたんだけど、高校生の実力を思い知らされたよ。」

 そう言いながら、ショウタは笑っていた。

 「でも、初日から参加させてもらえるなんていいわね。受験勉強で鈍った身体には丁度いいリハビリになったんじゃない?」

 それを聞いた自分とショウタは2人で顔を合わせて大笑いした。

 「いやいや、あれはリハビリじゃなくてショック療法に近かったよ。先輩達がみんな凄すぎて必死に食らいつくので精一杯だったもん。」

 それを聞いたユリエさんはふふっと笑って僕たちを優しく見つめた。

 「でも、高校生活も一回しかないから思いっきり楽しまないとね。私もどの部活に入るかそろそろ決めないとなー。」

 他愛ない話をしていると、朝のチャイムが鳴り先生が教室に入ってきた。朝のHRからすでに眠たい。1時間目の授業中にはすでに意識が半分近く飛んでいた。それは前の席のショウタも同じだったようで、授業中に何度も柳のように身体がゆらゆらと動いていた。

 授業が終わり、僕とショウタは体育館へ向かった。そこには、別のクラスの1年生も来ており、僕たちと同じでバスケ部に入部するらしい。

 僕とショウタはすでに入部をしていたので、今日からバスケ部として部活に参加することになった。昨日のタクミ先輩の予告通り、練習メニューはランニングと筋トレのみ。2人だけでひたすら校舎の周りをランニングしていた。1年生2人だけなので、周りからすればどの部活の1年生なのか分かるはずがない。ランニングが終わって倒れ込むように体育館に戻って休憩していると、先輩達はひたすらドリブルやステップの練習をしていた。やっぱり先輩達でも基礎をしっかりするんだなあと練習を見ていた。

 そして、休憩を終えて筋トレをしていると先輩達も実戦に近い練習を始めた。そこでふと小さな一つの疑問が浮かんだ。それをショウタにも打ち明けるとショウタも同じ疑問を持っていたようだった。

 筋トレが終わって先輩達の練習のキリが良いタイミングを待っている間は、2人でパスの練習をしていいと言われ、2人でひたすらパス練習をしていた。

 先輩達が休憩に入ったタイミングでショウタと2人でタクミ先輩の元へ行った。

 「お疲れ様。2人とも早かったね。もう少し練習メニューを増やしても良さそうだね。」

 汗をかいてクタクタになりながらもタクミ先輩は笑顔で話しかけてくれた。

 「一つ聞きたいのですが、僕たちはボール拾いとかボール磨きとかやらなくていいのですか?1年生だしそういう雑用はやるべきだと思っていて…。

 恐る恐るタクミ先輩に聞いてみると、その答えは意外なものだった。

 「1年生だからっていう考えはしないようにしている。これは俺がキャプテンになってから徹底していることの一つで、ボール拾いとかボール磨きとか全員でやるべきことをやるようにしてる。ボール磨きは当番制で行っているし、それこそレギュラーとか先輩とか関係なく俺もきちんと当番の日にはサボらずにやっている。」

 ショウタと2人でキョトンとした顔をしていたのだろう、タクミ先輩は話し続けてくれた。

 「1年生にやってもらった方が楽だし練習に専念できるのは分かってる。でも、自分たちが使うものだからこそ、ボールでも備品でも全員がしっかりと大切に扱うようにしていきたい。自分がきちんと手入れしているものだと乱暴に扱ったりしないでしょ。それに、そうやって大切に扱うことができないチームは、試合の勝ち負け以前にスポーツマンとして負けている気がする。たとえその時間を練習に充てたら勝てる試合があったとしても、この信念は曲げたくない。」

 タクミ先輩の力強い言葉に、2人でなるほどーと納得してしまった。すると、横から副キャプテンのノブユキ先輩が出てきた。

 「俺たちだってIH目指して頑張ってるし試合だって全部勝つつもりで練習をやっているけれど、高校3年間の部活動生活なんて短くてあっという間だと思う。バスケの勝ち負けだけ一喜一憂するよりも、どういう姿勢でバスケや部活に向き合うかの方がよっぽど大切な事だと思うんだよね。ま、ここまで来るのに一悶着もあったけど。」

 そう言ってノブユキ先輩は笑いながらタクミ先輩を小突いた。

 「ま、そういう事だからよろしく。だから、2人も自分が試合に出れなかったりボールに触れない日があっても、きちんとボール磨きとかはサボらずにやってね。」

 ショウタと2人で、はい!と揃えて返事をしてパス練習に戻った。

 練習が終わり、先輩のクールダウンに一緒に混ざって部活動初日は無事に終わった。帰り道は2人とも口数が少なかった。2人とも疲れ切って喋る体力すらも無かった。でも、今日のタクミ先輩の言葉を2人で思い出して、かっこよかったなあとしみじみと語り合った。

 家に着く頃には両足が棒のようになっていた。部屋に着いて着替えると、リビングには夕飯ができていた。眠りそうになりながら夕飯を食べていると、母親は大変そうねと笑顔で言った。食事を終えてリビングで横になっていると、妹のアケミが両足をつついて遊び始めた。やめてくれと言っているのにどうやら声は届いてないらしい。怒る気力も無かったので、ひたすら悶え苦しんでいるだけだった。

 翌日の授業からショウタと2人で机に突っ伏して寝ている時間が増えた。高校入学早々に授業中に寝てしまったということもあり、先生達からはすでに要注意人物としてマークされてしまった。先生から問題を当てられた時には、隣のユリエさんがフォローをしてくれた。

 バスケ部は新入部員が10名近く入った。だが、基礎練習に次ぐ基礎練習に根を上げるものが相次いで、結局夏を迎える前には1年生は僕たちを含めて5名だけとなった。ケイタ、自分、エイト、リュウジ、シュウ、この5人で戦った最後の大会は今でも思い出す。

 夏休み前に1学期の期末テストがあり、ショウタと自分は人生で初めての赤点を取った。そして、赤点を取ると再試を受けなければならず、その再試すらも落ちると夏休みの補講に出席しなければならない。ショウタと2人で正直にキャプテンに申し出ると初めて思いっきり叱られた。

 「2人とも何をやってるんだ!部活は3年間で終わりだけど勉強はその先の大学にも繋がっているんだぞ。」

 声を荒げたり汚い言葉を使わないタクミ先輩のお叱りは、2人の気持ちをピシッと切り替えた。

 「まあまあ、赤点取るのも人生経験の内だよ。学生の時じゃないと赤点の経験はできないからな。」

 笑いながら副キャプテンのノブ先輩がフォローしてくれた。そして、一つ提案をしてくれた。

 「よし、じゃあこれから再試までの期間は部活終わったら、俺が勉強を面倒見るよ。流石に先輩に教わってるのに赤点は取りづらいだろう。」

 ノブ先輩はニカっと笑った。

 それから毎日の練習終わりにノブ先輩と3人で勉強をすることになった。ノブ先輩は理系で難関国公立を目指しているだけあってとても勉強ができた。そして、教え方も的確で2人とも授業よりもノブ先輩に教えてもらうほうが理解できた。でも、うたた寝しそうになるとほっぺを優しくつねられる。ノブ先輩は手も大きく握力もあり、バスケットボールを片手でひょいと持ち上げられるほどだ。なので、軽くつねると言っても軽く涙が出るレベルの痛さなのだが。

 そんなこんなで再試も無事に受かって、いよいよ夏休みになった。夏休みも相変わらずバスケ漬けの毎日だった。夏合宿が終わるとIHに向けた大会が始まる。先輩達の気合いも日に日に増していくのが分かる。

 合宿1週間前。顧問の先生から合宿メニューが配布された。A4用紙1枚に収められた3泊4日の練習メニューは移動から練習内容までびっしりと書かれている。しかし、よく見るとそこには“2年生・3年生”と書かれていた。そして、その下に“1年生”と書かれており、そこには「デスマーチ」とだけ書かれていた。1年生5人はそのメニューを見て隣同士で小声で話し始めた。

 「静かにー。今年も例年通りのメニューでいく。1年生はここを乗り越えたら正式にバスケ部の一員として迎える。」

 そう言って、顧問の先生が1年生1人1人に入部届を返し始めた。1年生5人は合宿の説明など上の空で頭の中でずっとハテナが浮かんでいた。ミーティングが終わるなり、先輩達はぞろぞろと教室を出ていくと、キャプテンと副キャプテンが1年生だけを残して説明をしてくれた。

 「今さっき聞いての通り、来週からの合宿は1年生だけ特別メニューになる。これは今までの歴代の先輩達も通ってきた道だ。自分達もやったから君達もやれというものではなく、これをやり遂げた後に残るものが大きいからこそ君達にもやってもらう。もちろん今までも途中でリタイアした者もいる。だからといって退部させるつもりもない。あくまでもこの経験がプラスになるから毎年行っている。」

 タクミ先輩は5人を見ながらそう伝えた。続けて、ノブ先輩が詳細の説明をしてくれた。

 「俺たちは合宿初日に学校からバスで目的地へ行く。そこでさっき渡された紙の通りの練習メニューをこなしていく。1年生の5人は俺たちと同じ時間に集合して、俺たちがバスで出発するのと同時に徒歩で出発する。途中の宿はこちらで幾つか候補を上げておくので、適当な宿に泊まってくれ。ちなみに、今までの経験だと予約で一杯になった事は一度もないから野宿の心配はいらない。そこだけは安心してくれ。そして、俺たちの合宿地はここに書いてある通り県を一つ挟んだ向こう側にある。休憩無しで歩いても丸2日はかかる距離だ。ただ、この炎天下だということもある、お互いに協力しながら適宜休憩を取りつつ目的地へ向かってくれ。そして、このデスマーチのリーダーはショウタがやってくれ。リーダーの役割はただ一つ。決断をすることだけだ。以上。」

 ノブ先輩は一通りの説明をすると5人を見渡した。所持金やルートの質問を代わる代わるして、その日は終わった。

 そして、合宿当日。朝早く全員集合してバスを待った。バスが到着すると全員で協力しながら荷物を載せた。荷物を積み終えると先輩達は続々とバスへ乗車する。先輩達が乗る前に1年生を応援してくれた。そして、顧問の先生が乗り終えると1年生5人を置いてバスは出発した。

 見送りを終えてから、5人はそれぞれリュックを背負って旅立つ準備をした。もちろん入部届を持って。

 「またこの門をくぐれるかな。」

 リュウジの大柄な体格に似合わない不安さが口から溢れ出た。

 「まあ、頑張るしかないっしょ。」

 そういってお調子者のエイトはリュウジの背中を軽く叩いて歩き始めた。

続く・・・

 

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