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【小説】 オオカミ様の日常 第8話 「オオカミ様は起こされる」

 「ねえねえ、本当に入って良かったの?」

 「大丈夫だよ。おいで。」

 2人はひそひそと話しながら、勝手に社へと入っていった。いや、勝手というのは少し違うだろう。きちんと門前で何度も挨拶をしたのに、家主からの返事が一向に返ってこなかったので、しびれを切らして社の中へと入ったのだった。

 「ねー、ねー、ネズちゃん。あのおじいちゃんのオオカミ様を一目見てほしいってどういうことなの。オオカミ様とは、大神会議で何度か会ったことあるけれど、いつも少し疲れ気味の普通のおじいちゃんっていう感じだったよ。」

 「まー、楽しみにしててよ。ミウちゃんもきっと気に入るから。ここにいるのかなー。」

 2人は会話をしながら、オオカミ様がうたた寝をしている大広間へと向かっていった。大広間の前に着くと、少し開いていた襖からそーっと中の様子をうかがった。

 そこには、1匹の真っ白なオオカミが椅子の上でスヤスヤと眠っていた。それを見たネズとミウは、オオカミ様を起こさないように静かに襖を開けて、忍足でオオカミ様に近づいた。

 「(…起きた時に怒られないかな?)」

 「(大丈夫、大丈夫。オオカミ様は優しいもん。)」

 以前にオオカミ様が怒った時に涙目になった記憶を忘れたのか、ネズはニコリと笑ってミウを安心させようとした。2人はオオカミ様が眠っている椅子の前にやってくるとしゃがんで、恐る恐る覗き込むようにオオカミ様を見ていた。

 「すごいモフモフしてる。可愛い。」

 「でしょ?私もクチナワ様と一緒に遊びに来た時に初めてこの姿を見たんだけど、とても可愛いし触ってみるとフカフカで暖かくてとても気持ちよかったんだよー!」

 2人のひそひそ声に気付いたのか、オオカミ様の耳だけが2人の声のする方へピクピクと動いた。しかし、オオカミ様は寝息を立ててスヤスヤと眠ったままだった。

 「疲れているみたいだし、今日はこのまま眠らせてあげようよ。報せはまた今度に持ってきてあげればいいし。」

 ミウは気持ち良さそうに眠っているオオカミ様に気を遣って、ネズに今日は引き返すことを提案した。しかし、ネズは首を横に振った。

 「またここに来るの面倒くさいし、私たちが自分の管轄を離れてわざわざ来たのに、オオカミ様は自分の部屋で気持ち良くお昼寝してるのはズルい!」

 「オオカミ様だって疲れているんだよ。ほら、ミカちゃんの愚痴とかいつもこぼしているし。」

 それでもネズは首を縦に振ろうとしない。そして、また痺れを切らしたのか、ネズは気持ち良く眠っているオオカミ様のお腹に大きく飛び込んだ。

 「うおふっ、なんじゃ、なにごとじゃ!?」

 驚いて飛び上がろうとしたオオカミ様は、自分のお腹の上に飛び込んだネズのせいで重くて立ち上がることができずに、首だけをぐるりと動かしてネズを見た。

 「もー、ネズちゃん!オオカミ様、ごめんなさい。」

 ネズを叱ったミウの姿を向き直ると、オオカミ様は2人を交互に見た。

 「オオカミ様が昼間から気持ち良さそうにお昼寝しているのが悪いんだもん。やっと起きてくれましたね。おはようございます。」

 ネズは、オオカミ様の身体から離れるとミウの隣に立って改めて挨拶をした。

 「起きたというか、起こされた、が正しいのじゃがな。うたた寝していたのは申し訳ないが、次回からはもう少し優しく起こしてくれると助かるのじゃが…」

 「ね、本当に真っ白のオオカミでしょ。それにすごいモフモフなんだよ。ミウちゃんも触ってみてよ。」

 「うわー、本当にフカフカで気持ち良い。最近は寒くなってきたから、こんなフカフカに包まれて眠りたいね。」

 オオカミ様の話を聞かずに、2人は楽しそうにオオカミ様の真っ白な毛を触りながら楽しくおしゃべりを始めた。きゃっきゃっとはしゃぐ幼い2人は子供のように楽しそうにしている。

 ネズとミウは大親友と言っても過言ではないくらい仲が良い。オオカミ様とクチナワが大神の中の最古参に対して、ネズとミウは一番若い大神様である。2人ともまだまだ幼いだけあって、こうして2人揃うと無邪気に遊んでいてばかりだ。しかし、オオカミ様をはじめとして誰も嫌な顔をしないのも2人の魅力なのだろう。大神としては未熟ながらも、他の大神たちや自分達の管轄の神様の手助けを借りて、自分達の地方を平和に治めている。

 「で、今日はどうしたのじゃ。」

 オオカミ様は、自分の尻尾で遊んでいる2人に声を掛けた。2人はオオカミ様が揺らすしっぽに夢中で、撫でたり軽く掴んでみたりして遊んでいる。オオカミ様は、しっぽを振ることを止めて改めて2人に尋ねた。

 「今日はどうして来たんじゃ。」

 2人はオオカミ様の顔を向き直った後に、2人で顔を合わせてクスクスと笑った。オオカミ様は、自分が何か変なことを言ったのか疑問に思った。

 「もー、来年は私の年ですよ?」

 「それに、特別な年ですよ。」

 「ということは…。」

 「新年会も盛大にやるはずです!」

 オオカミ様は、ネズとミウの話を聞いて2人が来た理由も納得がいった。大神様たちは新年を迎えると、新年の挨拶とその1年の安寧を願って新年の宴を行う。そこで、去年1年間の出来事を報告し合ったり、昔話に花を咲かせて昼夜を問わず1日中飲み明かす。

 そして、特別な年にはその宴は三日三晩続く。いくら新年といえども三日間も自分の地方を空けることとなるので、その年の直前までに厄介ごとや面倒ごとをある程度は片付けておかないといけないのだ。普段の新年の宴は欠席する大神もちらほらといるが、この三日三晩の宴だけは強制参加であるため、こうしてネズとミウは各地方の大神様たちに声を掛けて回っていたのだった。

 かくいうオオカミ様も新年の宴をサボることが多い。というのも、オオカミ様は他の大神様たちと仲が悪いわけではないが、クチナワをはじめとした曲者揃いにお酒が入るといつも以上に面倒くさいので、何かしら理由をつけてサボろうと考えているのだった。それでも大体の場合は、誰かしら他の大神様が社に来て、半ば強制的に参加させられていた。

 ネズとミウもそんなオオカミ様を見越して釘を刺しに来たのだった。まだ幼いながらにしてこういう根回しをきちんとしてくるところには、オオカミ様も感心していた。

 「やっぱり行かないとダメかのう…。」

 オオカミ様はポツリと呟いた。

 「行かないとダメです!」

 ネズは小さいほっぺたを膨らませながらオオカミ様を睨んだ。あどけない顔で睨んでくるネズは可愛らしさしかない。そんなネズを見てふふっと笑いそうになったが、ネズに申し訳ない気がしてオオカミ様は頑張ってこらえていた。

 「行きましょうよ!オオカミ様の地方なら、ミカちゃんがいるから大丈夫ですよ。」

 ミウも横から話に入ってきた。

 「驚いた。お主も ”ミカ” という名前を知っているのか。」

 「ネズちゃんに教えてもらいました。この後、少しだけミカちゃんに会いに行くつもりです。」

 ミウはフフンと自慢げな顔をしている。

 そうだった、と思い出すようにオオカミ様は過去の新年の宴を振り返った。新年の宴で他の大神たちと顔を合わせるたびにミカについて色々と言われるのも憂鬱だったのだ。ミカのことを悪く言う大神は誰もいない。むしろ、なぜか他の大神たちもミカのファンで近況を聞かせろとせがんでくる。そして、最終的には ”もっとミカの自由にさせてあげたほうがいい” とオオカミ様に注意をするのが定番だ。

 オオカミ様の気苦労も知らないので、みんな好き勝手に言ってくるのに辟易するのが分かっているのに、どうして毎年行かなければいけないのか、とオオカミ様は新年の宴が終わるたびに思い、来年こそは欠席しようと意気込んで1年を過ごす。しかし、こうやって他の大神様に囲まれてまた新年の宴に行くのが年末年始のお決まりとなりつつある。

 「2人とも他の大神たちの元にはもう行ったのか。」

 オオカミ様は2人に尋ねた。

 「いえ!」

 「オオカミ様が最初です!」

 「一番来ない気がしたので!」

 「最初に行くのはここだ!って」

 「2人で決めたんです!」

 また2人は息をピッタリ合わせて交互に喋り出した。ここまで言われてしまうと新年の宴に出席せざるをえない。

 「そうか、仕方ない。行くかのう。」

 オオカミ様の悟ったような気のない返事を聞いて、2人は大はしゃぎした。

 「嬉しいー!」

 「ありがとうございます!」

 そう言うと、オオカミ様の顔を挟むように2人はオオカミ様をぎゅーっと抱きしめた。オオカミ様は表情一つ変えることはしなかったが、しっぽをパタパタと小さく振っていた。仕方ないと言いつつも少しだけ楽しみにしているオオカミ様は、2人に気づかれないようにしっぽを振るのを止めた。

 「あ、そろそろ行かないと。」

 「そうだね、ミカちゃんにも会いたいし。」

 「じゃあ、また新年に!」

 2人はオオカミ様から離れると慌ただしく着ていた服を正して、社の出口へとパタパタと駆けていった。オオカミ様も少し小走りで門前まで見送りに行った。

 「気をつけてな。ミカや他の大神たちにもよろしく。」

 「はい、今日はありがとうございました。」

 ミウは礼儀正しくお辞儀をした。

 「あ、そうだ。新年もその姿で参加するのですか。」

 振り向くと同時にネズが尋ねた。

 「タツミからは暫くはこの姿のままだと言われたが、できれば新年会だけでも人の姿で参加しようと思っておるぞ。」

 「えー、嫌だ!その姿がいい!」

 ネズはその場で駄々をこねた。

 「そうは言っても、この姿だとお酒も碌に楽しめんしのう。それに、お主たちのようにベタベタと触られ続けてはゆっくり楽しめぬじゃろうし。」

 オオカミ様は、自分の姿を恨めしそうに眺めながら呟いた。

 「分かりました。あ、そういえば他の大神様たちもここへ遊びに来ると思います。オオカミ様のその姿を見てみたい、とみんな言っているので。」

 ネズはニコニコとしていた。

 「ちょっと待て、どういうことじゃ。どうして他の大神たちが知っているのじゃ。」

 「えへへ、実はクチナワ様と遊びに来た後に、他の大神様と会うたびにこの話をしていたんです。クチナワ様もオオカミ様のその姿が気に入っているようで、他の大神様たちに会うたびに話題にしているそうですよ。」

 クチナワの場合は今のわしの姿を小馬鹿にしておるだけじゃろう、とオオカミ様は心の中で呟いた。それにしても、他の大神たちも絶対にこの姿を見たら笑うだろう。最古参の大神が自分の部下の神様に振り回された挙句、オオカミの姿から戻れないと聞いたら、絶対にコハクあたりが大笑いするだろう。オオカミ様は、そんなことを心の中でブツブツと呟いた。

 「まあ、もう言ってしまったなら仕方ない。」

 「ごめんなさい。あ、でも新年会に人の姿で来るなら、そのことも他の大神様たちに伝えてあげなくちゃ。」

 「ネズちゃん、そろそろ行かないと。」

 「ああ、もうこんな時間。行こう!ミウちゃん!」

 「気をつけてな!」

 他の大神たちにはあまり色々と言わないでくれ、と伝える前にネズとミウは走り去ってしまった。

 「やれやれ。早く元に戻らないかのう。」

 そう言うと、オオカミ様は社の中へと戻った。

 

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