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~ある女の子の被爆体験記17/50~ 現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。”相生橋の馬”

(怪我をしなかった15歳のノブコは、広島の町を歩いて、8月7日、お婆さんを探して歩いた)

「あと、もうちょっとで、おばあちゃんの家だ」
ようやく相生橋の入り口にさしかかろうとした時、もわっと蒸し暑い風がノブコの髪を持ち上げた。
そのときノブコの視界に入ったのは、馬だった。
死んだ馬だった。
馬が、どうしてか分からないが、ノブコの気持ちを崩れ落とした。
 馬はノブコにとって、凛々しい生き物だった。絵本の王子様も時代劇のお殿様も、馬に乗り颯爽と現れる。馬は力強い身近な友達のようだった。広島の町にはいつだって馬が荷台をひいていた。ノブコとすれ違えば、パカラッパカラッと愛らしい目でこちらを見るのだ。
 ノブコの足は勝手に後ずさりした。転んで地面にお尻をついてからは、体が固まったように動けなくなった。
「だめだ。もう、歩けない。もう、だめだ」
見えたのは2頭だったか、大きい馬だった。荷車をひいていたのだろう。
馬は腹を大きく膨らませ、のけぞるように倒れていた。
目は焼け、沸騰したかのように溶けて流れ出ている。
別の馬の目は、まっ赤に見開き、こちらをじっと見つめている。
腹は皮膚がはじけ飛び、腸がごっそりと飛び出している。
尻から腸が吹き出している。
腹を上向きにして足を変な方向へ挙げた格好で、半焼けして血を流している腹が膨らみ、足を天に向けてひっくりかえった馬をみたとき、ノブコは強烈な吐き気に襲われ、激しく嘔吐した。どうしてだか、わからない。

ノブコの力は、もうなかった。

動けず、考えられず、倒れているだけだった。

ノブコは、まるで死体のように倒れていた。


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