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~ある女の子の被爆体験記11/50~    現代の医師として広島駅で被爆した伯母の記録を。


線路の先を遠くに見ると、崩れた広島駅の駅舎が見えてきた。それが方角を示す目印だった。小さい家々は勿論のこと、そのほかの目印になりそうな大きな建物もみな、ほとんど焼き尽されてしまっていて、進行方向が分からない。線路の上も崩れたガレキで塞がれていて、線路を外れて遠回りしながら広島駅を目指した。


目指すおばあちゃんの家は、広島駅を通る呉線の線路の近くではなくて広島駅で路面電車へ乗り換えて土橋という駅のあたりにある。路面電車に乗るなら15分ぐらいの距離だ。コンクリートの壁が崩れている広島駅を確認しながら、ノブコは、土橋へ行く路面電車の線路を探した。一番近いのは、広島駅の前の橋を渡って、町中に入る方法だろう。


「あれ、ちょっと通り過ぎちゃったかな」
ガレキのせいで、少し遠回りをして、思ったよりも先の橋のところに出た。
「えぇっ?駅前橋が無い‥橋がなくなっちゃってる」
広島駅の西側を通る駅前橋が、無かった。跡形もなく焼け落ちてしまっていたのだ。ノブコは元来た道を戻り、手前の猿猴橋まで引き返した。猿猴橋を渡って町中に入ろうと橋に近づいたそのとき、川に何かが沢山うかんでいるのを見た。
それは、人だった。人間の体だった。


水面には人間の体が無数に浮いていた。川岸に近いところには動いている体もあるように見えた。


川の淵にうずくまっていた小さな子供が、水の中に入っていき、動かない人の体を少しだけ持ち上げてはのぞき込んでいた。誰かを探しているのだろうか。


奇妙にも、川に浮かんだ体は、どれもこれもお腹を風船のように膨らませていた。数えきれないほども膨らんだ体が、流れる川に運ばれていく。
ノブコは恐ろしさで、橋を渡るだけでも精一杯だったが、川の光景を目の当たりにしながらも必死で川縁の道を歩き続け、路面電車の線路を見つけた。


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