見出し画像

【読書】資本主義の再構築

0.著者

レベッカ・ヘンダーソン

ハーバード大学ジョン&ナッティ・マッカーサー・ユニバーシティ・プロフェッサー。ハーバード・ビジネススクールでも経営論、戦略論の教鞭を執る。ハーバード大学の中でもごくわずかな教授にしか授与されない最高位の名誉称号「ハーバード・ユニバーシティ・プロフェッサー」をもつ。ハーバード・ビジネススクールで高い評価を得ている講義「資本主義の再構築」を受け持つ(同スクールのMBAコースでは最近5年間で最も成功を収めている)。

1.要旨

企業の唯一の目的と考えられてきた、自由市場の元での株主価値の最大化の追求は問題点を孕んでおり、資本主義の再構築が必要である
・市場外のものを適切に評価できず環境問題が生じたり、自由市場の前提たる真の意味での機会の平等は達成されていない
・これらの問題は企業単独で解決できるものではなく、社会の仕組みを再構築し、市場と政府のバランスを取り戻す必要がある

資本主義の再構築には以下の5つが必要である
①共有価値の創造:社会問題の解決と利益を同時に目指す
②目的・存在意義(パーパス)主導型の組織を構築
③金融回路の見直し:ESG評価、同じ目標を共有する投資家、経営陣保護
④業界内で協力体制を作る:業界内での自主規制
⑤社会を創り変え、政府を立て直す

資本主義再構築に向けた変化を起こすのはヒーローではなく、一人ひとりが起こすさざ波である

2.詳細



目次
1章ー問題提起:株主価値の追求には問題があり、資本主義の再構築が必要
2章ー資本主義を再構築するための5つの要素を概観
3章ー要素①共有価値の創造
4章ー要素②目的・存在意義(パーパス)主導型の組織を構築
5章ー要素③金融回路の見直し
6章ー要素④業界内で協力体制を作る
7章ー要素⑤社会を創り変え、政府を立て直す
8章ー一人ひとりができること


第1章:「事実が変われば、考えを変えます。あなたはどうされますか」ー 株主価値は過去の考え

3つの背景から、企業の唯一の目的は株主価値の最大化だと考えられてきた

・自由市場は完全に効率的であり、自由市場が経済的繁栄の牽引役である
・個人の自由が社会の最優先目標であり、侵害されるべきではない
・経営者は自社に投資してくれる投資家(株主)の代理人である


しかしながら、株主価値の最大化の根拠となる自由市場も以下のような欠点がある

・外部性が適切に価格付けされていない
 -例)温室効果ガス、海洋資源
・多くの人は、本当の意味で機会の自由を手にするためのスキルがない
 -例)アイビーリーグ8大学の学生の中で、所得分布の下位20%世帯は2~4%に過ぎず、上位1%の世帯が10~19%を占める
・企業は自社に有利な形でゲームのルールを書き換えられる
 -例) 著作権延長法に対するディズニーのロビイング。200万ドル強を費やしたが法案による追加収入は16億ドルと言われている

市場の失敗が原因で生じる気候変動や格差といった問題は、企業単独ではなく、国家の助けがあって取り組むことができる。
→社会の仕組みを再構築し、市場と政府のバランスを取り戻す必要がある。そのための要素は5つある。(2章へ)

第2章:「資本主義を再構築する実践」ー世界で最も重要な対話へようこそ

資本主義を再構築するための要素は5つある。



1.共有価値の創造
・共有価値の創造=社会問題の解決と利益を同時に目指すこと
・ノルウェーの廃棄物処理会社「ノルスク・ジェンヴィニング」の事例
 -アジアに危険な廃棄物を輸出する等、業界では黙認されちたが違法な処理を禁止に。リサイクルにも注力
 -処理のコストは上がるも、その分のプレミアム価格を払ってもうよいと考える企業を集める
 -その中で、リサイクルのバリューチェーンにイノベーションを起こし、収益の増大とコスト削減の双方を達成。

2.目的・存在意義(パーパス)主導型の組織を構築する
・「安直な道を行く企業」ではなく、「王道を行く企業」(=人間を尊厳と敬意をもって扱う企業)を作らなければならない

3.金融回路の見直し
・投資家が短期的な指標に注目し続ける限り企業はリスクをとって共有価値を作ろうとしない
・ESG指標にのっとった投資が一つの選択肢だが、それだけでは不十分
 -計測できないものがある、インパクト投資家(収益と同様に変化を起こすことに関心がある投資家)が必要

4.業界内で協力体制をつくる
・業界を変えるためにはライバル企業同士でも協力体制を作ることが必要
・例えばナイキは同業者に呼びかけ、サプライチェーン企業の労働環境を改善

5.社会の仕組みを創り変え、政府を立て直す
・政治にしか対処できない問題も多い
 -巨大企業の支配力増大、教育の失敗、低賃金
・企業が政治に働きかけることも重要で大きな力がある
 -例) インディアナ州のゲイ差別合法化法案への反対
・成功しているリーダーは、容赦なく最終利益を追求する一方で、「大いなる善」を熱心に指導している

第3章:資本主義の再構築には経済合理性があるーリスク低減、需要拡大、コスト削減

・資本主義の再構築に経済合理性があった企業の事例



・ユニリーバー:サステイナブルな茶葉で「リプトン」の売上高11%増加
 -価格競争が激しい紅茶業界で、原料の100%を持続可能な方法で栽培された茶葉にすしコストを引き上げるという異例の施策を実施
 -レピュテーションリスクの低減、サプライチェーンの安定化にとどまらず、サステイナビリティに訴えるマーケティングで売上11%増大
・ウォルマート:エネルギー節約で200億ドルのコスト削減(投資の資本収益率は13%)
・CLP(アジア最大級の上場電力会社):2004年からいち早く再生可能エネルギーに注力し、マーケットリーダーに


・共有価値を創造することは経済合理性があるのに多くの企業がやらない理由は、共有価値という考え方を取り入れること自体がアーキテクチュラル・イノベーションであり、多くの人々は二の足を踏んでしまうから。

・このイノベーションを認識し勇気をもって対応することができる企業は、組織の目的・存在意義(パーパス)を持った企業であり(4章)、多額のリターンを刈り取れる可能性がある

第4章:深く根差した共通の価値観ー企業の目的・存在意義に革命を起こす

・企業の目的・存在意義を全社で受け入れ、戦略や組織に埋め込んでいくことが資本主義を再構築するうえで欠かせないステップ

・これには3つの効果

1.共有価値の創造を可能にするアーキテクチュラル・イノベーションを特定しやすくなる
2.イノベーションを実行するために必要な姿勢ができ、リスクをとり勇気を持ちやすくなる
3.真に目的志向の組織をつくることは、それ自体が共有価値を生み出す行為

・エトナ(保険会社)の事例

・単なる保険の管理だけでなく、加入者の健康増進する戦略に転換
・最低賃金を引き上げ、会社内の医療・健康維持プログラムを充実させることで、従業員は加入者の健康に配慮するようになる(共通の価値観の創出)

・目的や存在意義を掲げることが業績向上につながるという考え方は、常識に近いものになっている

第5章:金融の回路を見直すー長期重視の考え方を定着させる

・資本主義の再構築のために金融の回路を見直す方法は3つある



1.財務データに加えて、ESGデータを開示するよう会計制度を変える
・暫定的な分析ではESG基準は財務パフォーマンスと相関があることが認められており、投資家を集める要素になる
・GPIF(日本の年金積立金管理運用独立行政法人)の好事例
 -世界最大の年金運用期間で、金融資産総額162兆円
 -2014年に水野がCFOになって以降、企業にESG活用を奨励することで経済全体の健全性を向上させリターンを得る方法を取る
 -GPIFが運用を委託している34の運用会社に投資対象のすべての企業とESG課題への取り組みについて対話と議決権行使をするよう求める
 →ESGの認知度向上、ESG がマスコミで取り上げられる機会が3年で8倍に

2.目標を共有する投資家を見つける(インパクト投資家、従業員、顧客)
・インパクト投資家:利益の最大化ではなく、社会に変化を起こすことを目指す投資家
 -慈善団体、富裕層、PEファンド、機関投資家等
・従業員:従業員所有企業は、利益よりも雇用を優先する傾向がある
 -スペインのモンドラゴンが代表的。売上132億ドル、従業員8万人以上だが、共同組合型経営で、一人一票形式で従業員が直接経営に参加
・顧客:農協や相互保険会社等

3.企業の統治ルールを変え、経営陣を投資家の圧力から守る
・種類株を用いて創業者に単独の支配権を握らせる(Facebook等)
・高度成長期の日本も、銀行からの調達と株式の持ち合いでこれを達成
・問題点も多く孕み、現在の投資家から受け入れられるとは考えにくい

第6章:板挟みのなかでー協力し合うことを学ぶ

・世界の産業界を動員し、集団的な共有価値の創造を後押しするうえで自主規制は協力な手段になり得る
 -例)消費財メーカーによる、森林伐採禁止の自主規制

・自主規制を成功させるための条件は4つ

1.すべての当事者の利益に適っている
2.業界内での参入や退出が容易でない(原子力業界等)
3.ただ乗りしたとしても誰一人得にならないようにする
4. ルールに従わない参加者を罰する仕組みがある

第7章:豊かさと自由の源泉を守るー市場、政治、資本主義の未来

・資本主義を再構築するための中心的課題は企業のパワーを制限することであり、政府によるところが大きい
・企業も社会も全体として繁栄するためには、自由市場と自由政治は対立するものではなく、補完するものだと理解する必要がある
・経済成長と社会の幸福を支える上での最善の政治体制については議論が分かれるが、収奪的はなく包摂的であるべきである

第8章:変化という雪崩の中の小石ー世界を変えるための自分なりの道を見つける

・基本的にはポエムの章です
・資本主義再構築に向けた変化を起こすのはヒーローではなく、一人ひとりが起こすさざ波である
・変化を起こすための6つの要素は以下の通り

1.自分自身の目的・存在意義(パーパス)を発見する
2.今、何かやる
3.仕事に自分の価値観を持ち込む
4.政府で働く
5.政治を動かす
6.自分自身を大切にして、喜びを見つける

・「大多数の人間は静かな絶望のうちに暮らしている。そして歌を歌うことなく胸にしまったまま墓場に行く。」だが、あなたはそうなる必要はない。絶対に。

3.感想

大きな枠組みを力強く議論している本であった。公正で持続可能な世界実現のために、企業が利益の最大化をすることを否定する一方で、共有価値の創造はアーキテクチュラルイノベーションであり多額のリターンを刈り取れる可能性があると主張することは一見パラドキシカルに感じられるが、企業に変革を迫ることが目的だと考えると外見ほどこの事態はパラドキシカルではない。この本には載っていない変革の失敗例もおそらく多くあることには留意する必要があるが、社会のシステムを良い方向に変える多数の成功例は勇気づけられるものである。そして変革を起こす主体は、ヒーローではなく地味な日常業務に率先として取り組む普通の従業員によるさざ波であるという主張は、自らの人生にとっても励ましとなるものであった。

この記事が参加している募集

SDGsへの向き合い方

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?