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The story of a band ~#46 寿命~

荻窪club docotorでの今河の還暦祝いライブに、大勢の客が来場した。

この日は雨。更にライブハウスがある同じ建物の2階では、他団体の別イベントも行われており、楽屋はいつも以上に狭く感じられた。

出演バンドやミュジーシャンは、dredkingzを入れて5組。今河に縁のある出演者達だ。

それにスペシャルゲストである高橋研を交えてのライブ。まさに今河の還暦を祝うための記念ライブである。

ライブは始めから熱気に包まれており、来場した客の期待値の高さが感じられる。

弾き語り、バンドなど形式は様々だが、今日ここに集った仲間の心の真ん中には「今河」がいたのだ。

ライブは、客の盛り上がりと共に進行していく。誠司たちも客の一人となって、ライブの進行を盛り上げた。

そろそろ、自分たちの出番に近づいてきたので、準備のため、会場から2階の楽屋へと移動した。

「あ、あ、あ-----。なんか、喉の調子が悪いかも。」

仁志が軽く発声をしながらつぶやいた。

「たぶん、会場でたばこの煙にやられたんじゃない?けっこうたばこ吸ってる人いから。ほら、もう体中がたばこくさいよ。」

誠司が言うと、仁志は大きく頷いた。

「たばこ、マジ無理なんだよねえ。マスクしてもこれじゃ喉に悪いな。」

仁志は、これではまずいと思い、楽屋の中で発声練習をしようと試みたが、同じフロアでは、別イベントが開催されており、お客もたくさんいた。また、楽屋とフロアを隔てているのはカーテンのみで思い切り発声練習をしようにもできない。

「まいったな・・。」

とにかく、本番間近なので焦る仁志を横目に見ながら、誠司と神崎は機材持ち運びの準備をした。

喉の調子は、ライブ本番の中で確かめるしかない。会場でのたばこ臭はステージでは気にならないかもしれない。そうした不安は、今河の足の不調と重なり、今河もせっかくの自分の還暦祝いライブに水をさす事態にならないかと何倍もの不安感と戦わなくてはならない心情を深く理解させた。

「とにかく、やるしかない。喉のことはいったん頭から離そう。」

仁志は気合いを入れ直し、機材を持って会場に向かった。


暗がりの中で、いよいよdredkingzのライブが始まる。客は大きな期待を寄せていた。ステージに上がると、客一人一人の顔が見える。

(お、テレビ局来てるな。あ、あれは地元の人だ!よくここまで来てくれたなあ!)

今河の還暦ライブは、これまでの東京でのライブと違い、あたたかな雰囲気に包まれているかのようだった。

静寂の中。誠司のギターでライブはスタートした。『spiral』、『Let me die』と立て続けに2曲を演奏した。どの曲も滑り出しは順調。仁志の喉も、今河のドラミングもいつも通りだった。

3曲目に移る前にMCを行う。いつもは仁志だが、ここではライブの主役である今河が話すことになっていた。

今河は、今回開催してくれた関係者や足を運んでくれた客に感謝の意を述べた。そして、さらに、誠司も仁志も、神崎も知らなかった思いを今河は口にした。

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「正直、こんな身体になって、いつ音楽を辞めなければならないかを考えることが最近までありました。皆さんにとって、僕には需要はないんじゃないか、ドラマーとしての寿命はもうないんじゃないかと、そう思っていたんです。」

3人同様、会場は静まりかえっている。

「でも、今日、皆さんがこんな自分のために、集まり、応援してくれているところを目の当たりにし、、。」

今河の声は小刻みに震えていた。

「僕がくじけたとき、ファンの方達からたくさん元気をもらっていたことを思い出しました。僕の寿命は、僕自身が決めるのではなく、皆さんが決めて下さい!

流れる涙を拭いながら、そこにいるすべての人が今河に拍手を送った。

誰かに必要とされているならば、自らステージを降りる理由はない。たった一人でも、応援し、励ましてくれる人がいる限り、売れようが売れまいが、一人のミュージシャンとして生きていくことを今河は誓ったのである。

この言葉は、誠司も仁志も、これからの音楽人生においての大切な言葉となった。


その後、仁志が今河からマイクを受け取り、次に歌う曲紹介へとなった。

「次に歌う曲は、dredkingzで唯一のバラード曲です。この曲のメロディは、今河から何度も駄目ダシされ(笑)、やっとOKの出た思い入れのある曲です。どうか、大切な人を思い浮かべながら聴いてください。『Stay』。」

今河の足の不調はあったかもしれないが、それを感じさせないほど、切ないバラード曲が会場を包んでいった。誰もがそのメロディを味わいながら、身体をゆらしていた。


バラードが終わって、一気にヘヴィな『Fly』へと移行。会場が更に熱気を帯びると、いよいよラストの曲『Detonate』に。打ち合わせ通り、プロサックスプレイヤーの志保が登場した。

「最後の曲です!最後まで盛り上がっていこうぜ!」


仁志が客に呼びかけると、会場は一斉に腕をあげ、声を上げて応えた。テレビ取材陣も、その盛り上がりを体感していた。

アンコールも起こり、メンバー全員が汗だくになりながら、最後まで客を盛り上げた。


ライブは成功。ステージから降りても、熱気は冷めず、たくさんの人の笑顔がそこにあった。

その笑顔のために、バンドは存在している。

改めて、バンドとしての責任感と使命感を実感した。




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