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タチヨミ「コーヒーを飲みながら」㉑

「コーヒーを飲みながら」第1巻 第4章《未来へ》手


 デザート工場の工員として一番使うのは触覚だった。目でコンマ数ミリの狂いを見ることは難しい。私は指で板のくるいや歪みを調整しながら指先は目よりも十倍くらいよく見えていると思った。顕微鏡に例えると、手の方が倍率が大きいように思う。そして、鮮明にイメージすることによって知識による命令よりも滑らかに動くことを体感した。ロボットたちは発達し、ロボットたちに頼らないといけない場合もあるけれど、人の指は小豆も摘まめるし箱も折れるし機会に合わせて動くこともできる。低コストのための人員削減、大量生産のための機械導入、しかし、それらは失業を生まなかったか。2008年、リーマンショックの後、不景気の波が押し寄せて、ニュースや新聞にあふれるリストラの文字。ハローワークにあふれる失業者。

中略

 あるテレビ番組で、うちわ作りの職人である高齢の女性が手にうちわを1、2秒載せただけで丸く広がった細い竹ひごの何番目が曲がっていると瞬時に正しい判断をしていた。画面で見ていた限りでは目で見ず、手だけで判断していた。
 デザート工場以外の場所で、機械に任せるより人がした方が良いのではないかと思う作業があった。高齢になっても手はあまり衰えないのであれば、それは高齢の方々の集う場所を作り、収入を生み、社会に必要とされることで生きがいを見いだすのではないか。

中略

・・・・脳の地図の話がある。カナダの脳外科医ワイルダー・ペンフィールドによって描かれたもので、脳の図の上に顔や手が描いてある。その図の上では手の感覚を占める領域は足、目や唇、舌に比べて圧倒的に広い。
ピアニストなどはさらに手の領域が広くなる。
 私は、デザート工場で働いていた時のことを思い出し、いろいろ思いを巡らせる。コーヒーを飲みながら。器の中の黒い魅惑。覗き見てから目を伏せて、細く上がっていく湯気に、カップに口づける。カップごしにコーヒーの熱を感じて。
 いくつもの体験が触れたものは神秘というよりも未知の可能性。手探りの触感であった。




「コーヒーを飲みながら」第1巻 第4章《未来へ》手 より一部抜粋。
2021年8月に自費出版いたしました。コチラから購入できるようになっています。よろしければ、ご覧ください。

                             星原理沙

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