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あまりに深すぎるJack Strattonの世界[2] Vulfpeckが語る ミニマルファンク3賢者とは?「HOLY TRINITIES」 シリーズ

KINZTOのDr.ファンクシッテルーだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckまとめ」マガジンの、9回目の連載になる。では、講義をはじめよう。

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前回に引き続いて、Vulfpeck(ヴォルフペック)のリーダー、Jack Strattonのサイドプロジェクトを解説していこう。今回はJackの音楽的ルーツに迫る貴重なプロジェクトについてだ。

「HOLY TRINITIES」という、Jackによる音楽紹介の動画プロジェクトである。特にここで紹介されている、ミニマルファンク3賢者についてスポットを当てていきたい。

Holy Trinitiesシリーズは現在、この3本がリリースされているだけだ。しかし、この中の情報量がすごいので、Vulfファンは必見の内容となっている。

再生すると、まず、導入部分がある。最初にアジア人が出てくる動画は、主人公がJack Strattonの元へ行き、話を聞いてくる…というストーリー仕立てになっている。こういう編集がきちんと行われているため、音楽紹介の動画ではあるが、全体を通してひとつの作品として成立している。

ちなみに、動画制作はGoodhertz前回紹介したリズムマシンFunkletを一緒に作り上げたRob Stenson、Devin Kerrが属する会社である。こちらによると、この動画シリーズはRob Stensonの作品である、ということになっている。

Holy Trinitiesシリーズは、ジャックに影響を与えた音楽関係者を3人ずつ紹介していく作品で、それぞれの動画でギタリスト3人、タンバリン奏者3人、そしてミニマルファンク3賢者を紹介している。

では、ギタリスト3人を紹介している動画について、内容を紹介していこう。ここで紹介されているのは、

1. David Williams

2. Nile Rogers

3. David T. Walker

の3人だ。David Williamsはマイケル・ジャクソンの名曲をほとんど弾いているギタリスト、Nile Rogersはディスコファンクの雄「シック」のギタリストであり、2013年のDaft Punkの「Get Lucky」でも弾いているプレイヤー。David T. Walkerは…多すぎて何を言えばいいか。ちなみにこの3人はCory Wongに影響を与えたギタリストでもある。詳細は過去の私の連載にて。


では、次に動画「Minimalist Funk Arrangers」の紹介をしよう。ここにミニマルファンク3賢者が登場する。

ミニマリスト・ファンク・アレンジャーズ。つまり、Jackが自分のミニマルファンクを作曲するうえで参考にしている、シンプルで単純な反復を重視しているアレンジャーの紹介だ。Vulfpeckサウンドの親と言い換えてもいい。これがミニマルファンク3賢者だ。

1.  Alfonso "Fonce" Mizell (アルフォンゾ・フォンス・マイゼル)

2. Wardell Quezergue(ワーデル・ケゼルグ)

3. Reinhold Mack(ラインハルト・マック)

Vulfpeckの、ミニマルファンクサウンドを語るうえで避けては通れない、最重要の3人だ。彼らは紹介されるに足る理由をすべて兼ね備えている。

ひとりめ、Alfonso "Fonce" Mizell (アルフォンソ・フォンス・マイゼル)。作曲家・プロデューサーであり、主にモータウンのヒット曲に多く関わり、さらにドナルド・バードのジャズファンク路線にも大きく寄与した人物だ。

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画像出典:https://www.mixcloud.com/paulriley/rip-alphonso-fonce-mizell/

特にJackson5の「I Want You Back」に関わったことを、Jackは高く評価している。当時、ベリー・ゴーディーをリーダーとしたモータウンの作曲チーム「The Corpolation」の一員として、フォンスは「I Want You Back」を作曲した。同曲ではフォンスはピアノを演奏している。

つまり、あのイントロのピアノグリッサンドは彼の手によるものなのである。曲が始まってわずか2秒で、即座に「I Want You Back」が始まった!とわかる、シンプルだが秀逸なイントロだ。さらに、耳に残る素晴らしいベースライン、それに絡みつくバスドラの巧みさ。短いリフレインで劇的な効果を生む――ミニマルなファンクとして、ここでは紹介されている。

Jackは「I Want You Back」に憧れて、ヴォルフペックの「Animal Spirits」を作曲したと言われている。そのサウンドの生みの親として、フォンスが紹介されるのは自然な流れだ。

次に、Wardell Quezergue(ワーデル・ケゼルグ)。この連載を読んでいれば目にしたことがあるかもしれない。Jackのインタビューに頻出する、「Mr. Big Stuff」を作曲した人物だ。

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画像出典:https://www.discogs.com/ja/artist/319151-Wardell-Quezergue

ワーデル・ケゼルグも作曲家・プロデューサーであり、「クレオールのベートーヴェン」と評される人物だ。このジーン・ナイトの「Mr. Big Stuff(1971)」がスタックス・レーベルで成功、シングルチャートで一位になったことで一躍有名となった。

現在ではレア・グルーヴ的な知名度であるこの楽曲だが、非常にシンプルな繰り返しで、基本的に2小節の繰り返しである。それに乗せる歌、コーラス、ホーンセクションなどを変えていくことで、曲として成立させている。あとは1回、4小節のブリッジがあるだけだ。これだけである。

このミニマルなアレンジ方法はJackに大きな影響を及ぼした。こういった楽曲に歌を入れる前の状態が、Vulfpeckのミニマルファンクサウンドが目指していたものである。

三人目は、Reinhold Mack(ラインハルト・マック)。QueenやDeep Purpleなどをプロデュースした人物だ。これもJackのインタビューに頻出する人物である。

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画像出典:https://www.udiscovermusic.jp/stories/reinhold-mack-queen-freddie-mercury-interview

ラインハルト・マックはどちらかというとロック畑の人物だが――Vulfpeckの世界では、彼の影響はあまりに大きい。なぜなら、Vulfpeck(ヴォルフペック)がドイツ語なのは、ラインハルトがドイツ人だからなのだ。

Jackはラインハルトが生み出すシンプルなリフレインや引き算で生まれるグルーヴなどに強い影響を受けている。この3賢者を紹介する動画では、ラインハルトの作品として「Another One Bites The Dust」を紹介している。

Jackはドイツ人のラインハルトの作品に憧れるあまり、自分のバンドを「ドイツ人によるモータウン」のようにしたいと考え、バンド名をドイツ語表記にし、初期の2枚のアルバム「Mit Peck」「Vollmilch」をドイツ語にしたのである。すべてはJackの憧れからスタートしたものだった。

ラインハルトのサウンドももちろん素晴らしいのだが、バンド名の由来という非常に直接的な理由で関わっているので、彼は3賢者の中でもさらに重要度が高いと考えられる。

以上が、ミニマルファンク3賢者についてだ。この3人について覚えておくと、VulfpeckやJack Strattonの謎を解くときに非常に役立ってくれるだろう。

では最後に、タンバリン奏者を紹介している動画について。これも侮れない。実はさらっと重要な情報が紛れ込んでいる。

ここで紹介されているのは、以下の3名である。

1. Sandra Crouch

2. Jack Ashford

3. Norman Whitfield

Sandra Crouchは「I Want You Back」でタンバリンを叩いている女性で、モータウンのセッション・プレイヤー。Jack Ashfordはモータウンのハウスバンド「Funk Brothers」のメンバー、映画「永遠のモータウン」にも出演。Norman Whitfieldも何を言えばいいか…モータウンの名プロデューサーである。テンプテーションズの名曲に多数関わり、ソウル全盛期にアメリカのヒットチャートを操った男だ。

Norman Whitfiledがタンバリン・マスターだということは、私はこの動画で初めて知った。動画のなかでもいかに素晴らしいタンバリン奏者であるかが語られているため、ぜひ確かめていただきたい。

そして、いまさらっと流してしまったが…クローズアップしてみよう。

「I Want You Back」が再登場した!

さきほど、ミニマルファンク3賢者として、この曲の作曲に関わり、ピアノを弾いたAlfonso "Fonce" Mizell (アルフォンゾ・フォンス・マイゼル)を紹介したばかりだが、やはりこのタンバリンの動画でも、この曲が紹介されている。Jackのこの曲、そしてモータウンにかける愛情が伝わってくる。もはやここまでくると、本物のモータウン・オタクだ。もちろん、誉め言葉である。

ここでタンバリンを叩いている女性が、Sandra Crouch。

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画像出典:https://www.discogs.com/ja/artist/271393-Sandra-Crouch

さて、全国10億人のVulfpeckファンのみんなに質問だ。この女性、どこかで見たことがないだろうか?

そう、Sandra Crouchは、Vulpeckの別プロジェクト、Fearless Flyersの動画に出演しているのである!

なんでここでタンバリンなんだろう…誰このおばちゃん、と思っていたが、ちゃんと理由があったのだ。しかも曲はモータウンのカヴァー!完璧な人選だ!!!

…以上が、「HOLY TRINITIES」の動画シリーズの解説である。

この動画シリーズは単体で観ても面白いのだが、Jackのインタビュー記事を読んで背景を理解してから観ると、面白さが何倍にも膨れあがる。さらっとおしゃれに紹介されているからJackの熱量が伝わりにくいが、それこそVulfpeckを結成する前から、学生時代から好きで好きでしょうがなかった人たちを厳選して紹介している動画なのだ。短いながら、圧倒的な情報量である。

そして…実は、3賢者は、3人ではなかった。

実は、4人目がいたのである。

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出典:https://www.youtube.com/watch?v=wsooA4Bro40

この展開はグッとくる。3賢者を紹介する動画のラストで、Jackは、自分も実はミニマリスト・ファンク・アレンジャーズの一人だと紹介するのだ。

動画内では控え目な表現になっているが、彼が現在、ミニマリスト・ファンク・アレンジャーズとして最も成功しているのは疑いようがない事実であり、先人たちに敬意を払いながらも、自分の仕事に健全な自覚を持っているのが、動画から伝わってくる。

では、彼のミニマリスト・ファンク・アレンジャーズとしての名曲を紹介して終わりにしたい…。8小節の繰り返しと、8小節のヴァースだけで成立する、完璧なミニマル・ファンクだ。引き算の美学、Appleの製品、禅の哲学などにも関連付けることができる、削ぎ落されたところに浮かび上がる新たなグルーヴ。「美しいファンク」とは、こういうものを指すのだ、と私は思っている。


次回はまたJack Strattonのサイドプロジェクトについてだ。さらにマニアックなものを紹介する予定なので、是非ともお楽しみに。


記事トップ画像引用元:https://www.youtube.com/watch?v=wsooA4Bro40


◆著者◆
Dr.ファンクシッテルー

イラスト:小山ゆうじろう先生

宇宙からやってきたファンク研究家、音楽ライター。「ファンカロジー(Funkalogy)」を集めて宇宙船を直すため、ファンクバンド「KINZTO」で活動。


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