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PCR法について

たまには医学の話題を。

新型コロナウイルスの検査でPCR法というのが話題です。今のところこれが新型コロナウイルスを検出するためのスタンダードな検査になっています。

PCRはpolymerase chain reaction(ポリメラーゼ連鎖反応)の略です。特定の遺伝子を増やす技術です。この技術はとても有用で面白いので紹介したいと思います。

DNAはヌクレオチドという分子が繋がって出来ています。DNAのヌクレオチドにはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)の4種があって、この組み合わせによって作られるタンパク質が変わります。いわば生物の設計図の文字になっています。ヌクレオチドのことを塩基と呼んだりもします。

AとT、GとCは引っ付くようになっていて、細胞内では2本のDNAの鎖がジッパーのようにくっついて存在しています。互いにくっ付く配列を相補的な配列と言います。DNAは二重らせんになっています。

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(creative commons画像)

なんで二重になっているかというと、DNAはそれ自体を鋳型にしてコピーされるからです。DNAのコピーの仕組みは、DNAの一方の鎖にポリメラーゼというヌクレオチドをくっ付ける酵素が乗っかり、動きながら新しい鎖を作っていきます。AにはTを、TにはAを、CにはGを、GにはCを、と伸ばしていきます。逆のDNAにも同様のことを行うと、二本鎖DNAが2つに増えるわけです。

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PCRはこのポリメラーゼ反応を利用して特定のDNAを増やしているのです。

ちなみにこのPCR法、1983年にキャリー・マリスという人が発明しました。運転中に突然閃いたそうです。彼はサーファーで大麻やLSDの経験があると公言しており、PCRはカリフォルニアの自由な精神の賜物と言えるでしょう。

PCRの材料は、調べたい検体、プライマーと呼ばれる短いヌクレオチドの鎖(約20塩基からなるオリゴヌクレオチド)、DNAポリメラーゼというDNAを伸ばす酵素、DNAの原料になるATGCです。

増やしたい遺伝子の端の部分に付く(相補的な)配列のプライマーを合成して作ります。プライマーは2種類必要です。前に書いたようにDNAは2本がくっついて存在しているので、それぞれの端に付くプライマーが必要なのです。

まず検体を95℃で熱します。そうするとDNAが2本に分かれます。Denatureといいます。
その後冷却すると、プライマーとDNAがくっつきます。Annealingといいます。
その後若干温度を上げるとDNAポリメラーゼという酵素が働いてプライマーを起点にDNAを複製しながら伸ばしていきます。
これで2本鎖DNAが倍になります。これを繰り返すことで、DNAは倍々になっていきます。

PCR法

ここで問題なのが、DNAを1本にほどくために95℃に温度を上げなければならないことです。95℃に温度を上げると通常の酵素は失活してしまいます。そのため初期のPCRではDNAポリメラーゼを1サイクルごとに入れねばならず、時間がかかり煩雑でした。

それを解決したのが、なんと深海の細菌でした。深海には熱水噴気孔と呼ばれる、地熱で暖められた熱水が噴き出ている場所があります。ここには深海で日光が届かないけれども、含まれる硫化物などをエネルギー源として利用している細菌が存在しています。これらの細菌の起源は古く、ここが生命発祥の場所ではないかという説もあります。(書籍:生命、エネルギー、進化

高熱の環境でも細胞分裂が可能であること、これはすなわち熱に強いDNAポリメラーゼを持っていることにほかなりません。そして好熱菌Thermus aquaticus から耐熱性のDNAポリメラーゼが分離精製されました(Taqポリラーゼ)。これにより、短時間で簡便にDNAが増幅できるようになったのです。

増やしたDNAは古典的にはアガロースゲル内で電気泳動して分子量からDNAが含まれているか検出しますが、新型コロナウイルスのPCR検査キットではreal time PCRといって蛍光で光らせて光度でDNA量を測定するシステムを用いています。この方法ではTaqManプローブというものを用いてより検査の特異性を高めています。(TaqManプローブは検出したいDNAのプライマー結合部位ではないところに結合するオリゴヌクレオチドに蛍光色素をつけたもの)

DNAはATGCという文字で明確に表現できるような情報を持っており、その配列は遺伝子ごとに特異的です。PCR法ではうまくプローブを作れば正確にウイルス特異的な遺伝子を増やすことができます。つまり、特異度(ウイルスが含まれない検体を正しく陰性と出す割合)が高く、間違いが少ない検査といえます。また、サイクル数を上げれば指数関数的に遺伝子を増やせるので、少ない遺伝子しか含まれていない検体も検出でき、本来は感度(ウイルスが含まれる検体を正しく陽性と出す割合)も高い検査ではありますが、感染して時間がたっていない患者では鼻汁にウイルスが含まれていないことがあり実際の感度は70%程度とのことです。

今のところは新型コロナウイルスの検査はPCR法が最もスタンダードではありますが、限界もあります。検査で陽性であれば、ほぼCOVID-19であるといえるので、診断を確定するにはよい検査だと考えますが、感度が今一つなので陰性であっても本当に病気がないとは言えないでしょう。

PCR検査についてはいろいろな議論がありますが、臨床経過・CT所見・併存疾患の有無などと合わせて、行うか判断をしていくべきです。
症状のない人に行うのは、よほどの流行地や、院内・介護施設内感染の予防場合などにとどめるべきと私は考えます。

以上、PCR検査について書きましたが、この検査は人類の英知と大いなる自然の恵みが組み合わさることで出来ており、非常に感銘を覚えます。このような技術により医療現場は大きな恩恵を受けており、先人たちの努力に感謝することしきりです。

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