湧き上がってくる想い
こんにちは!!今日もお疲れ様です。
今日は、タイトルにある「湧き上がってくる想い」について、書いていきたいと思います。
みなさんは、このどこからとなく湧き上がってくる想いに戸惑うという、経験をされたことはありますか?
そんな時は、みなさんはどうされているのでしょうか。
ここ数ヶ月間、この湧き上がってくる想いの正体が何なのかがわからない、だから言葉に置き換えることもできない、でも何だろう、「何かをしたい」ということだけはわかるけれど、その「何か」というのがわからないから、余計私の中で「何だろう」「早く知りたい」「次に進みたい」「どうにかしたい」という言葉が堂々巡りしています。
「焦ることはない。焦れば焦るほど、見えるものも見えなくなってしまう。」
というのはわかってはいるつもりなのですが、突然噴水のように湧き上がってくる得体のしれない想い(気持ち?)に、胸がどんどん高鳴り、手に負えなくなることがあり、どうすればいいのかわからなくなることがあります。
「自分探しの旅」を本気で始めようと思ったあの瞬間を、私は今でも覚えています。2017年12月30日のあの日を私は忘れません。
あの後、職場でいろいろなことがあり、「自分の道を生きていく」と早期退職を決断し、自由の身となってから、一日一日を丁寧に生きるようになったなと感じています。
いつから自分の心に蓋をするようになったのだろう。。。周りに嫌われないようにしようと思い始めたのは、多分小学5年生のあたりからだというのは何となく記憶していて、そこからどんどん心にたくさんの鎧をつけて、周りに合わせて生きるのが、いつのまにか自然になってしまっていたように思います。
自分の心にたくさんの蓋をしていたということに気づき始めたのが、当時47歳だった2017年、小学5年生(11歳)から36年もずっとそういう生き方をしてきたということを考えると、この心の蓋(鎧)を1つ1つ外していくという作業は、相当時間のかかるものになるのでしょうね。
この作業は、ちょっと苦しみが伴ったりするけれど、「あきらめないで続ける」という選択をすることで、その苦しみが少しずつ軽くなって楽になってきているのも、確かに感じるようになってきています。
せっかちな私は、一日も早く言葉に置き換えられるような形として、はっきり見えるようになるといいと、この身体のどこからか湧き上がってくる想いに対して思ってしまうのですが、こういう時こそ「じっくりと自分と向き合うことが必要」になるのでしょうね。
わかってはいるのですが、、(笑)
この気持ちを、ここ(note)で言葉にすることで、自分を整えているのかもしれません。「言語化の大切さ」というのは、そういうことに繋がるのかもしれませんね。
いつものことながら、私の心のつぶやきでした。
今日も、最後まで読んでくださり、ありがとうございました🌈
ステキな日々に心から感謝🌷