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人生を彩る「毒」、その致死量はいかに:小酒井不木について

こんばんは。月に一度の別冊夢想ハウス.にこにこです。
今月も1月に引き続き、小酒井不木作品。
医学博士でもあった彼ならではの冷静な視線が感じられる(※伏線)会話劇ミステリ「卑怯な毒殺」を読みました。
シーン…と静まりかえった病室の夜。包帯だらけの異様な状態で横たわった男と、そのベッド脇に立った干物のような痩躯の男…。
この最初の絵面だけで、なんだかどきどきしちゃうなあ…。

👆ここで毎月朗読してる📚ぜひ聴きに来てね🍻


これまで読んだ不木作品「血の盃」「死体蝋燭」「犬神」もそうなんだけど、なんだか暗くて、でも心惹かれる導入部分からの、「なんじゃそりゃ!?」という急カーブ急展開を経て、読後なんともいえない苦みの残るテイスト。


毒と人生!

小酒井不木は血清学の専門でもあるから、「毒」というものに具体的な視点を持っていたようだ。
毒と迷信」という作品では、エッセイのようにタイプ別の毒について語っている。小説家ではなく医師としての博識さが伺えて面白い。

本来、「薬」なる語は毒を消す意味を持ち、毒と相対峙して用ひられたものであるが、毒も少量に用ふるときは薬となり、のみならず最も有効な薬は、之を多量に用ふれば最も恐ろしい毒であることは周知のことである。

小酒井不木「毒と迷信」

ちょうど去年の秋ごろに物凄い冒険家ヘイゼン・オーデンさんがアマゾンを縦断(?)するという番組を興味深く観ていたのだけど、
植物や樹液から毒薬を作り、矢じりに塗ったり水に入れて魚を浮かせて獲ったりなどする様子が映っていた。

なぜかほとんど裸足で、毒のある生き物を至近距離で挑発しながら進んでゆくのがみどころ。

狩りに使う「毒」から転用して「薬」が生まれる。毒を適量に用いることで薬にもなるし、人生を彩る酒やタバコにもなる。
しかし多量摂取すると薬もまた毒となり、死に至らしめる…こう書いているとたしかに哲学的なテーマに思えてくる。

そして酒と茶や珈琲をこよなく愛する私にとって都合の良いこんな一節も。

毒と人生!ある意味に於てこれ程関係の深いものは無いといつても過言ではなからう。何となれば酒、煙草、茶、とかう列ならべて見るだけで、敏感な読者は、毒なくしては人生は極めて殺風景であることを感ぜらるゝであらう。酒はアルコホルを、煙草はニコチンを、茶はコフエインを、何いづれも毒を其その主成分として居るではないか。

小酒井不木「毒と迷信」

そうだそうだ~🥳🍻
麻酔が苦痛を取り除くように、アルコールやカフェインが楽しく穏やかなひと時を感じさせてくれるように。
ミステリーやホラーもまた、人生に必要な毒であり薬でもあるんよね。(上手いこと言えたわ。)

毒毒豆知識

ちなみに全く知らなかったのだけど、動物性の毒も薬になるケースがあるらしい。
アメリカドクトカゲの唾液には哺乳類の膵臓細胞を活性化するペプチドがあり、このペプチドだけを分離して研究した結果、2型糖尿病の薬がつくられたのだとか。過程すべてが、すごい。まずよく気付くよな。

閑話休題。
今作中ではまずストリヒニン、そしてそれを上回る猛毒アコニチン(トリカブト)という2つの毒物が登場する。
ストリヒニンとはおそらく「ストリキニーネ」のことと思われ、マチンという植物の種から抽出される。
青酸カリの5倍の毒性がありものすごく苦いらしく、ミステリー小説に頻出する割に、どうやって気付かずに食べさせるか犯人が苦労しているらしい。

日影丈吉著「ミステリー食事学」にアガサ・クリスティーの小説に登場する面白いストリキニーネの苦みを誤魔化す方法として、
「オブラートに包んで、殻付きの生がきの身の下に、そっと滑り込ませておく」という手法が載っている。(つまりどういうこと?)

ちなみにこの本でも「毒殺=女の犯罪」として扱われている。
作中でも「救われない毒婦の心」と罵られているが、当時のミステリー界隈では毒殺の犯人は女性が多かったようす(個人的には江戸川乱歩「屋根裏の散歩者」の印象が強くてあまりそんなイメージはなかったが)。

私的おもしろポイント。すべてが急展開。

今作、思わず笑ってしまう大好きな台詞がありまして。
前半は、どうもベッド脇に立っている痩せた男が、ベッド上にいる包帯男に復讐をしに来たらしいということがうかがい知れる会話なんですよね。
どうも彼は包帯男に毒殺されかけて、ギリギリで察知して回避できた、と。そして毒は恐ろしいストリヒニンだったと。
それを知った人間の反応としての台詞展開が次のとおり。
「僕は先ず、ストリヒニンで殺されない体質を作ろうと思ったよ。君への腹癒せにね。」→いや、そうはならんやろ!!
「僕は凡そ一か月かかったよ。」→そんな短期間では克服できんやろ!?

小酒井先生!医者としての冷静さ…どこいったの??いやむしろ可能なのか医学的に???誰か、教えて…。
しかもその後、包帯男の方もさらに壮絶な状況であることが明らかになり、事態は加速度的におかしな方向へと走り出す…なんなんだこの展開。すごく好きです。

…しかし包帯男はなぜ、わざわざ枕の下から毒薬を出させたのだろう。
壜も、ふたつの白い丸薬も、まったく同じだったのは本当にただの偶然だったのだろうか?手が無いとはいえ、自殺したい患者に毒薬を与えるだろうか?
運命のいたずらというにはあまりにも出来すぎていて、何とも言えぬ後味が残るのである。
あ、これが、オブラートにくるんだ苦味でしょうか…。


次回予告:3/15(金)21:00~江戸川乱歩「日記帳」

次回はついに満を持して(?)小酒井不木も太鼓判をおして世に送り出した江戸川乱歩の作品。
春を待ちながらまだ寒さの残る夜に、せつない暗号ものをお送りします。
ぜひ聞いてね!それではまた来月♬

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