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286 games, 850 hours, 60TB and 1 camera : DRAWING AND MANUAL documentary series vol.1 Kazuo Tsujimoto episode#2 見えないものを映すということ

選手の苦悩に焦点を当て厳しいプロの世界の裏側を鮮明に描き出しつつも、翌年への展望へと導いた前作「FOR REAL ー遠い、クライマックス。ー」。自身初の長編ドキュメンタリー映画制作で自らの作品の方向性を考え始めたという辻󠄀本が次作で描きたかったのは、選手ひとりひとりの心の奥。

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チームの一員という気持ちで

「前年から持ち越した関係値と撮影フォーマットがあったので、映画の全体像を俯瞰でみる余裕があった。2018年は今まで見せてこなかった舞台裏を見せられたので、さらに深く、今度は目には見えないもの、選手の心の中に切り込んでいくと決めました」

選手が必要とする時には練習の様子を撮影し、提供した。コミュニケーションを続けているうちに選手だけでなくトレーナーさんや裏方さんからも頻繁に声をかけてもらえるようになり、スタジアム内のことも色々と教えてもらえた。映像を残すことの価値が理解され、カメラマンとしても重宝されているように思えた。

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「情が入りすぎるとドキュメンタリー作家には向かないという人もいますが、情が入ってないと撮れない場面がたくさん撮れたし、それらがこの年の作品の柱になりました」

見えたものを感じたままに、直球勝負で挑む

努力して縮めた選手との距離。それはスクリーン越しからも伝わった。前年は諦めざるを得なかった王道のスポーツドキュメンタリー。意図的なつくり込みを極力削ぎ落とし、ありのままの選手たちの姿を映像に収めた。結果、映像の実直さと選手たちの切実な思いが重なり、観るものに臨場感を与え、感情を共有できる映像に落とし込めた。

密着ドキュメンタリーではインタビューをしながら回す場面も多いので、画角を決めてオートフォーカス。撮りこぼしがないよう、基本長回し。撮影素材はまたも容量30TBを超えた。

「前年の経験値から撮影素材が膨大になるのはある程度想像がついたので、制作進行チームを早々に編成しました。僕の指示なしでも動けるサブカメラがひとり。渡した素材とスクリプトをスプレッドシートで共有し内容を確認して整理整頓してくれるエディターがひとり。自分含め計3人が情報と素材共有を週単位で行いました。打ち合わせも2〜3週に一度繰り返し、進行管理したので最後の編集がとても楽でした。遠隔でHDDをやり取りするのが理想でしたが、実際は直接手渡ししたりしてました」

辻󠄀本和夫のドキュメンタリーとは

2年間、286試合を密着取材し、850時間以上の撮影を敢行し、60TBを超える素材から長編ドキュメンタリー映画を2作仕上げた辻󠄀本に、良いドキュメンタリーとは?と訊いた。

「一方的な意見や見解を押しつけない、ものごとを俯瞰で捉えて、観る側に考える余地を残す。それでいて芯に伝えたい真理を隠しているような。大切なのは空気感だと思います」

自身にとって未知の領域だったスポーツドキュメンタリーの現場に飛び込み、重く苦しい空気の中を幾多の叱責と失敗を繰り返し、今にも途切れそうな緊張のなかひたすら粘りカメラをまわし続けた。掴んだ一筋の光を辿り、見えない被写体の心中を照らしスクリーンに映し、観客の心を揺さぶった。自身を限界まで追い詰め苦悩に耐え新しい境地へと突き進む。野球も映像も、真に向き合う姿勢は同じだ。


番外編:
辻󠄀本和夫 テーマ別おすすめドキュメンタリー作品を紹介

テーマ#01 「切り口」

事実を直球で伝えるだけで十分な内容になるのに、違う切り口で伝えることによってよりドキュメンタリーとしての深みが増している

アクト・オブ・キリング(原題:The Act of Killing)
2012年制作/イギリス・デンマーク・ノルウェー

1965年、時のインドネシア大統領・スカルノがスハルトのクーデターにより失脚、その後、右派勢力による「インドネシア共産党員狩り」と称した大虐殺が行われ、100万人以上が殺害されたといわれている、9月30日事件を追った作品。当時、虐殺に関わった者たちを取材し、彼らにその時の行動をカメラの前で演じさせて再現するという手法をとった異色のドキュメンタリー映画である。


テーマ#02 「密着型」

密着型ドキュメンタリーとして追う対象の変化が上手く描かれていることと、善悪という概念を問いかけるメッセージが面白い

カルテル・ランド(原題:Cartel Land)
2015年製作/100分/PG12/メキシコ・アメリカ合作

『ゼロ・ダーク・サーティ』などのキャスリン・ビグローが製作総指揮に名を連ねた、メキシコ麻薬戦争の闇に迫る衝撃のドキュメンタリー。一般市民も巻き添えとなり、数多くの死者が出ている過酷な現実に切り込んでいく。監督は、ドキュメンタリー作品のプロデューサーなどを手掛けてきたマシュー・ハイネマン。麻薬戦争の最前線に乗り込み実態を映し出した本作は、第88回アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞にノミネートされた。


テーマ#03 「偶然性」

企画段階の想定からかけ離れたオチにつながるのが、ドキュメンタリーの醍醐味という感じの内容。FOR REAL2019で言うところの初めから追っていたストーリーではなくて、撮影を進めていくうちに発見したストーリーがとんでも無いことになったもの。

『イカロス』 (原題:Icarus) 
2017年製作/121分/アメリカ
アマチュアの自転車選手のフォーゲルが、ロードレースに勝つためにドーピングを試みようとするところから始まる。そのドーピングに関し、ロシア反ドーピング機関所長のグリゴリー・ロドチェンコフの助けを借りていた中、国際スポーツ界を揺るがすスキャンダルが引き起こされる。第90回アカデミー賞でアカデミー長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。

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