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【不純空想科学・BL小説】虹の制空権 第二部 7章 愛の禁漁地


~半獣人×人造人間BL•SF小説~

ドアがノックされると、ツァオレンはさっさと立ち上がり、コンバットパンツのベルトをしめながら玄関に向かった。
この人造人間に余韻などないことが、この数日で痛感させられているノイルだ。
「ま、待ってください!」
ノイルも慌てて跳ね起き、半獣人のたくましい裸体を隠そうとスウェットに脚を通す。
ここ数日、2人とも一糸まとわぬ時間の方が多い状態が続いている。
余韻も羞恥心もない人造人間は、なにも言わなければ、ノイルが裸だろうが、その股間の分身をおったてていようが、構わずドアをあけて、来客を招き入れてしまうだろう。
昨日、大家の魔子がノックするなり踏み込んできて、というか、詩織の世話をしたツァオレンに労いの煙草を差し入れにきたのだが、この人造人間はノイルにまたがったまま「まこたん、サンキュ!」と、屈託ない笑顔でこれを受け取ったのだった。
百戦錬磨のクローン、魔子は、がっちり接続された彼らを冷たく一瞥し、ツァオレンの体内ですっかり萎縮したノイルを残して立ち去ったのだが、これが他の人だったらと考えると、それだけでもう萎えそうだ。
恐れを感じたノイルは、今朝方、玄関を入ってすぐに、目隠しとしてシーツを吊るしていた。
これで、突然の来客にあられもない姿を目撃される、なんていう椿事は防げるだろう。
夜の運河の岸辺で、素面のまま、獣化することなくツァオレンと交わったノイルだったが、その後、一見したところでは、世に言う深い関係に陥り、互いを貪る日々が続いていた。
共同炊事場から持ち込まれた麦茶のやかんが、ソファの前の小さなテーブルにおかれた。
一段落つけばノイルがこのやかんの注ぎ口をくわえて、渇きをしずめる。
そうして、次は彼の前にひざまずいたツァオレンがノイルの注ぎ口をくわえて次の交歓へ誘う。
別段、彼らが愛し合っているわけではない。
例の発泡スチロールレンガの包装作業が減っている。
作業能力が低く、なんの取り柄もなく、資格どころか市民権さえない彼らには、他にできる仕事はない。
ツァオレンにとって、こんなときには巷の人間の男たちに体を売って煙草代を手に入れるのが従来のファーストチョイスだった。
だから、半獣人とのセックスで記憶を鎮静化するという煙草に依存しない解決策は、この人造人間にとって自分史上最大の新発見だ。
「いやもう、助かるよ、ボイル君」と、ついさっきも、ノイルの寝台代わりに積まれた畳の上でツァオレンは、とらされた姿勢とは裏腹なのんきな声をあげていたのだ。
「…ノイル、ですッ!」と、ツァオレンの片脚を肩に乗せて抱え上げ、ノイルは激しく腰を打ちつけながら切羽詰まる声をしぼりだした。
「煙草くわえてるより、君のをくわえてる方が安くつくもの。ほんと、感謝、感謝」
「…!」
短く叫んで、ノイルは果てた。
どちらが責められているかわからない。
荒い息をつき、畳のベッドの上に仰向けに転がった。
デビュー早々、過重労働にさらされている半獣人のペニスは、湯気があがりそうなほど熱を帯びている。
性交の味を覚えたばかりの半獣人の欲望も天井知らずだったが、何の快楽も覚えない人造人間は恐るべき底なしだった。
朝から晩まで吐き出し続けるノイルの精液は、大地に染みる如く人造人間の体を通り抜けていく。
ツァオレンは、どれだけ責めぬかれても、こうして、扉のノックの音に身軽に立ち上がり、応対に出る。
ノイルは何とかスウェットをひっぱりあげて下半身を隠すのがやっとだ。
だが、来客は誰だろう。獣人の十斗野さんなら窓の隙間からそっと触手を忍び込ませてくるし、そもそも遠慮深いから、こんなくんずほぐれつしている最中の部屋には訪れない。Jackが水回りの定期点検にきたのだろうか。またも大家の魔子からの差し入れか、はたまた、このただれた生活で家賃をどうするつもりかという叱責か。
荒板がむき出しの床に、大きな足をおろした。
吊られたシーツの向こうから、ツァオレンの声が聞こえた。
「おーい、ノイル君」
とうとう、ツァオレンはノイルの名を覚えてくれたようだ。
「妹が会いに来てくれたみたいだよ」
「妹なんかいませんよ」
また、何の冗談か。
「いや、髪型がそっくり」
「え?」
ノイルは立ち上がり、シーツをめくった。
そこにいたのは詩織だった。
しかし、ノイルは、女子大生の前に毛に覆われた分厚い胸が丸出しの姿で現れてしまったことも忘れ、目をみはった。
彼女は、別人のような姿だった。
眼鏡も、まっすぐな眼差しにも変わりはなかった。
ただ、その頭が丸刈りになっていた。
「ツァオレンさん、わたしです!詩織ですよ」
「しおり?…しおりん?…えええ!?」
本当に気づいていなかったツァオレンも驚きの声をあげた。
「ツァオレンさん、ノイルさん!」
詩織は頬を紅潮させ、手に提げた黒いケースを突き出した。
「一緒に麻雀しましょう!お願いします!」

麻雀の牌をかきまわすことを、洗牌と言う。
翠玉荘の住人たちは、共同炊事場の抹茶色のテーブルを動かして、四方に丸椅子を並べた。上には羅紗の代わりにノイルのバスタオルを敷いた。
こうしてしつらえた雀卓を囲んだ彼らは、じゃらじゃらと洗牌した。
大小さまざま、白い手、毛深い手、小さな手、輝く金属性…多様な手がいりまじり、牌をかき回した。
その面子は東面、詩織。
南面、ツァオレン。
西面、ノイル。
北面、Jack。
かくして、人外の住むアパート翠玉荘にて、人間、人造人間、半獣人、ロボットの、麻雀対決の幕が切って落とされたのであった。
彼らの前に牌を重ねた山ができた。
Jackとツァオレンの山が一本の直方体のようにまっすぐにそろっているのに対し、ノイルの山は不格好でくねくね曲がっている。
詩織は一番遅く、ややななめに傾いているものの、丁寧に積み上げた。
さいころをふり、彼らは順番にこの山から牌を取った。それぞれの前に牌を並べる。
「わたしがまず、1個捨てるんですよね」と親の詩織が言った。この丸刈りの真面目な現役女子大生は、麻雀のルールブックをしっかり読みこんでノートにまとめていた。
「…んー、ちょっと待って」
始めようとする詩織を、煙草をくわえたツァオレンが制した。
「…これじゃ、ちょっと、なあ、ジャッキー」
「ゲームトシテ ナリタチマセン」
2体の人外は顔を見合わせた。
「どうしたんですか?」
問いかける麻雀初心者ノイルの牌は、右から3個並び、また離れて4個並んで…という具合に隙間を開けて並べられている。
同じく麻雀初心者の詩織にも、不器用な彼が、なんとなくそう並べてしまう理由はわかる。
「この『東』、はやく捨てたいんだよね」
ツァオレンは端から2個目のノイルの牌を指した。
「え!見えてるんですか?」
「チナミニ、サカサマニナッテマス」
「あ、ほんとだ」とノイルは牌の上下を返した。
「…なんで、そこまでわかるんですか!」
「その3個は捨てたい順に左から並んでるんでしょ。『中』はもう出てるから、まず捨てる」
山の上でひとつだけ開けられているドラ表示牌は『中』だった。
「で、そのうち『東』を捨てるつもり。だからしおりんはその『東』捨てちゃだめだよ」
ツァオレンはさらに、詩織の手の牌を指した。
「だって、字牌から捨てたらいいんですよね。それに、ドラでもないです…なんで、これ『東』ってわかるんですか?」
「次にひくこの牌」ツァオレンは牌の山のひとつをさした。それは次の順に詩織が取る牌だ。
「これ『東』。で、こいつが捨てたらポンできる」
「見えてるんですか!」
詩織とノイルが驚きの声をそろえた。
「正確ニハ オボエテイルノデス」
Jackとツァオレンは、かきまわされ、積み上げられた牌をすべて記憶していた。
「…悪いけどさ、俺たち、目つぶっとくから、君ら、若人たちで牌、並べてくれない?」
ツァオレンは肩をすくめ、煙草に火をつけた。
(第二部 8章に続く)


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