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ネパールの風 #2

2・ネパール編 太陽

a-1 ぼくの見上げた太陽

1998年4月、ぼくは再びこの咽た匂いをかいでいた。アジア独特のこの鼻をつく匂いは、ここネパールでぼくを覚醒させる。

香港の猥雑さ、インドの淫靡さ、それらとは全く異なるネパールのこの刺激臭は、ぼくに非日常ではなく現実を与えてくれる。旅人の多くが現実を離れ非日常を求めてこの地に降りたつのだが、ぼくにとってそれは全く真逆のものだ。

ぼくが再びネパールに来た理由は、カトマンズで出会った美しい人々やトレッキングの途中ですれ違った優しい人たちに再会するためだった。

昨日カトマンズの空港に到着したのが深夜1時を過ぎていたので、この眩しい光線を浴びるのは今日からだ。ぼくは市内から少し離れたパタンのホテルから歩きはじめた。カトマンズのダンバール広場(旧王宮)までは歩いて20分ほどの距離だ。途中パグマティ川を横ぎると、そのどんよりと濁った水と赤茶けた泥のなかで子供たちが無邪気に水浴びをしていた。逆光を受けたぼくをひと目で旅人とわかったのだろう、子供たちはしばし動きを止めてぼくを見つめている。朝の光を受けた子供たちのその表情がたまらなく可笑しくて、声を出して笑いだすと、子供たちもはにかみながらぼくに笑みをかえしてくれた。

川辺には今にも崩れそうな1軒の掘っ建て小屋があり、その小屋の中で何やら数人の男たちがテーブルを囲んで騒いでいる。ぼくは近付いてそっと覗きこんだ。すると男たちはいっせいに振りむき、なにか珍しい物でも見るようにぼくの顔を観察しだすのだ。ああ、ここの人々はなんて愉快な人たちばかりなんだろう、と思いながらぼくも男たちを観察する。ひとりの男が手招きをした。どうやらぼくは認められたらしく、ここに居ることの許可がおりたようだ。

僕 「ナマステ、ヨ、ケホ?」(これ、何?)

男 「アー、バクチ、バクチ」

ぼくの片言のネパール語の問いかけに、男は片言の日本語で答えてくれた。なんのことはない、彼らはまだ陽の浅いうちからポーカーゲームを楽しんでいるのだ。それにしてもネパールの男たちは働かない。近くの工事現場の労働力はほとんど女性だし、農作業をしている者もだいたいが女性だし、朝の水運びをしている者も全員が女性たちだ。男たちは何をしているのかといえば見ての通り朝のばくち打ちをしたり、ただ公園で寝そべって暇を弄んでたり、広場で怪しげな草を旅人に唆したり、まあぼくが見たのはほんの一部なのかも知れないが、それにしてもここの男たちは・・・羨ましい。

寄り道をしながらようやくダンバール広場にたどり着くと、もうすでに太陽は見上げるほどの高さから容赦なく旅人たちに降りそそいでいた。ぼくはそこの寺の軒下でだだぼーっと1日をすごした。放射線状に広がった路のすみずみには露店が並び、その放射線の中心に位置する場所がこのダンバール広場だ。広場にはこれまた無数の露店やバザーが犇めきあっている。最初ここを訪れたときは、露天の主とのやりとりや値切り交渉などが楽しくて一日中そんなことをやっていたのだが、今はもうだいぶゆとりが出来たのだろう、この光景をただ見ているだけで充分楽しい気持ちになる。

ぼくはもうこの場所と同化してしまったのだろうか。心の満たされたぼくは手をかざして頭上の太陽を見上げた。

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