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「量子力学で生命の謎を解く」で量子生物学の面白さに触れる

原子のスープから生命体が誕生するのは,廃材置き場の上を竜巻が通過した後にボーイング747ジェット機が出来上がっているのと同じような確率である.そう言ったのは,ビック・バンの名付け親である天文学者フレッド・ホイル博士だ.そのような状況だから,原子スープ説にはいまいち説得力がない.しかし,その確率計算は古典的な力学(ニュートン力学と熱力学)に支配された世界を仮定している.もし,量子の効果が生命誕生にかかわっているとしたら,状況は一変するかもしれない.もっと容易に生命が誕生するかもしれない.

量子力学で生命の謎を解く
ジム・アル-カリーリ,ジョンジョー・マクファデン,SBクリエイティブ,2015

これだけでも,すっげー!となる.

本書「量子力学で生命の謎を解く」は,超長距離を渡るコマドリやオオカバマダラがどのようにして目指すべき場所や方角を把握しているのか,といった問いかけから始まる.人間はN極とS極を持つコンパスを用いて方角を知ることができるが,コマドリやオオカバマダラはコンパスを体内に持っているのだろうか.そうとでも考えないと辻褄があわないが,その証拠はない.しかし,量子の効果を利用した量子コンパスとでも呼ぶべきものを生物が利用しているとしたら,謎は解ける.

量子の効果とは「量子もつれ」と「重ね合わせ」だ.量子もつれとは,不気味な遠隔作用であり,もつれ状態にある2個の粒子がどれだけ遠く離れていても,一方の粒子が瞬時にもう一方の粒子に影響を与えるというものだ.たとえ2個の電子が宇宙の反対側にあったとしても,まったく時間遅れなく,一方の電子の状態が他方の電子の状態に影響を与える.実に奇妙な話だが,この奇妙さが量子の真骨頂だ.重ね合わせとは,測定されるまで粒子の状態が決まらないというものだ.電子が小さい球だと考えれば,それはある時刻にどこか1箇所に存在しなければならないわけだが,実際には様々な場所に存在する.1箇所に特定できない.存在する場所は確率分布として与えられる.シュレーディンガーの方程式というやつだ.

量子コンパスは,これらの量子の効果を活用することで実現されている.このような驚くべき能力を,生物は進化の過程で身に付けたらしい.

他にも,光合成,酵素の作用,嗅覚,遺伝など,様々な生命現象を取り上げ,それらに量子力学が極めて重要な役割を果たしていることを紹介している.量子力学を用いて生物の特徴を説明しようとする考え方,それをさらに押し進めて生命を作ろう(それによって本当に量子力学的振舞いが生命に必要かを明らかにしよう)という考え方は実に面白かった.本書は2015年に出版されているので,今ではもっともっと研究が進んでいるのだろう.実に興味深い.

目次
第1章 はしがき
第2章 生命とは何か?
第3章 生命のエンジン
第4章 量子のうなり
第5章 ニモの家を探せ
第6章 チョウ、ショウジョウバエ、量子のコマドリ
第7章 量子の遺伝子
第8章 心
第9章 生命の起源
第10章 量子生物学:嵐の縁の生命

© 2022 Manabu KANO.

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