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組織をダメにする「サイロ・エフェクト」をデータ一元化で叩き潰す

とても面白かった.組織における縦割りの弊害はよく指摘されるが,本書の「サイロ」とは,まさにそのような,周囲の組織と交流しようとしない組織のことだ.ただ,著者のジリアン・テットは,サイロを批判するだけでなく,現代の高度化した社会においてはサイロは必要であり,サイロをなくすのではなく,その弊害「サイロ・エフェクト」を解消しようと説く.

サイロ・エフェクト 高度専門化社会の罠
Gillian Tett (ジリアン テット),文藝春秋,2019

著者のジリアン・テットは,ケンブリッジ大学の社会人類学博士で,本書執筆時にはフィナンシャル・タイムズ紙アメリカ版編集長を務めていた.彼女の「Anthro Vision(アンソロ・ビジョン) 人類学的思考で視るビジネスと世界」がとても面白かったので,本書「サイロ・エフェクト」も読むことにした.正解だった.

序章では,ブルームバーグが率いるニューヨーク市が取り上げられる.貧困層の多い地区で起きた焼死事故をきっかけに,多くの部署がバラバラに蓄えていたデータを重ね合わせて見ることができるようにすることで,違法建築を効率よく見付け出すことができるようになった.

そのニューヨーク市よりも人口が少ないのに殺人事件が多いシカゴでは,成功したIT起業家が,その職を捨てて警察官に志願した.ギャング同士の抗争が絶えない中,警察の各部署がバラバラに持っていたデータを集めて重ね合わせて見ることで,いつどこで殺人が起こるかを言い当てられる「殺人予報地図」を作成した.この殺人予報の手法は世界各地で採用されているそうだ.

この他,マイクロソフトやソニーのようにサイロ化してダメな会社にならないために,ザッカーバーグが様々な策を講じたフェイスブック.病院の機能を医師目線ではなく患者目線で捉え直すことで,外科と内科の区別を廃止し,圧倒的な顧客満足を実現したクリーブランドクリニック.本書では,「サイロ・エフェクト」を取り除き,組織を良い方向に動かした事例がいくつも紹介されている.

サイロ・エフェクトを解消するために,必ずしもサイロを叩き潰す必要はない.ニューヨークやシカゴの例でも,縦割りで硬直化した組織を取り壊したわけではない.サイロ・エフェクトを解消して成果をあげるために効果があったのは,組織がバラバラに持っていたデータを掘り出し,一元化して,同時に見ることができるようにしたことだ.超高度な解析技術が必要だったわけでもない.

組織が成果を出すためのヒントが書かれている.

本書「サイロ・エフェクト」において,著者が重要性を説いているのが人類学的アプローチだ.なるほど,ここから「アンソロ・ビジョン」に繋がるわけだ.

目次

はじめに なぜ、私たちは自分たちが何も見えていないことに気がつかないのか?

序章 ブルームバーグ市長の特命事項
ブロンクスで、違法建築のビルにすんでいた家族が焼死した。なぜ、ニューヨーク市庁の検査官は、こうした違法建築を見つけることができないのか。答えは、三〇〇もの細かな専門に分かれた部署、つながっていないデータベース、つまり「サイロ」にあった。

第一章 人類学はサイロをあぶり出す
二〇世紀に始まった学問「人類学」は、アウトサイダーの視点をもってその社会の規範をあぶり出す学問である。その社会であたり前すぎて「見えなかった」規範が、アウトサイダーが中に入って暮らしてみることで見えてくる。

第二章 ソニーのたこつぼ
一九九九年のラスベガス。ソニーは絶頂期にあるように見えた。しかし、舞台上でCEOの出井伸之がお披露目した「ウォークマン」の次世代商品は、二つの部門がそれぞれ開発した三つの商品だった。それは「サイロ」の深刻さを物語るものだった。

第三章 UBSはなぜ危機を理解できなかったのか
UBSは、保守的な銀行と見られていた。ところが、〇八年のサブプライム危機で、ゴミ屑同然となったサププライムローンをごっそり抱えて破綻寸前に追い込まれる。危機を抱えていたことを察知できなかった原因は、当たり前と思っていた分類の誤りにあった。

第四章 経済学者たちはなぜ間違えたのか?
ロンドンスクールオブエコノミクスを訪れた英国女王の素朴な問い「なぜ誰も危機を見抜けなかったのか」。経済学者や中央銀行、規制当局も、サイロにとらわれていた。CDOをしこたま仕入れるSIVといった新しい会社群は、サイロの分類にはなかったのだ。

第五章 殺人予報地図の作成
シカゴの人口は、ニューヨークの人口の三分の一であるにもかかわらず、殺人事件の件数はシカゴのほうが多かった。IT起業家の若者が、その職を捨て、警察官になり、「殺人予報地図」の作成にとりかかる。データをクロスさせ、殺人がおきそうな地区を予報する

第六章 フェイスブックがソニーにならなかった理由
ザッカーバーグは創業の当初から、マイクロソフト化やソニー化しないためにはどうすればよいかを考えていた。スタートアップの規模が急成長し、社員の数が互いに認識できる150のダンバー数を超えた時、サイロを打破し、創業の熱をどう維持するか?

第七章 病院の専門を廃止する
病院は細かな専門に分かれている。外科、内科、心臓外科、心臓専門科、リウマチ科、精神科、しかしこうした専門を患者の側から捉え直したらどうだろう。クリーブランドクリニックは外科と内科を廃止、各専門をクロスオーバーさせることによって革新を生んだ

第八章 サイロを利用して儲ける
大手銀行では、債券、株券、等々細かな分野で分かれてトレーディングをしている。情報や知識は共有されない。JPモルガンで2012年に明るみに出た60億ドルの損失は、そうしたサイロが生み出したものだった。が、そのサイロを衝いて儲けた者もいたのだ。

終章 点と点をつなげる
これまでの事例をもとに、サイロに囚われないための方法論を考えてみよう。組織の境界を柔軟にしておくこと、報酬制度がそれを後押しするようになっていること等々、そして人類学の方法論を適用してみよう。アウトサイダーとして自らの組織を見つめなおすのだ。

© 2023 Manabu KANO.

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