【怪異譚】雨の夜話
梅雨真っただ中の7月の上旬に同僚の佐々木君が、ふとした話。
ちょうど、こんな雨が降る蒸し暑い夜のことだったんだ。
その日、オレは出張先から戻っている途中の帰り道でね。夜の9時くらいのことかな。雨の中を一人で自動車を走らせていたんだ。
出張で疲れていたので、早く家に戻って休みたいという気持ちもあってね、国道を時速100キロくらいで走っていたんだよ、雨の中、スピードの出しすぎは危ないと知りつつね。
その日は、ホントこんな感じの蒸し暑い日でね。車のエアコンを付けているんだけど全く涼しくならないで、オレの額にじわーっと汗がにじんでくるのがわかるんだよ。ハンドルもべたついて、何やら嫌な感じだったな。
で、そんな風に車を走らせていたらさ、少し気味悪い道に出たんだよ。と言っても、何度も通ったことがある道なんだけどな。
その道は、いつもは昼間しか走っていなかったら分からなかったけど、夜に走ると全く雰囲気が違っていてさぁ。雑木林の中を走る通りなんだけど、雑木林だから昼間でも薄暗いのに、さらに雨が降る夜なんて言ったらどれくらい暗いか想像つくだろう。
おまけに街灯もなくて。車のライトを消したら、おそらく真っ暗闇なんだろうなぁ。街灯も無いから、周りに建物一つもない。もちろん、人の気配すら無いという、そんな寂しい道でね。
もっとも、オレは思い切りスピード出していたから、人の気配なんて無い方がいいんだけどね。警察に捕まったら、大変だからね、ハハハ。
佐々木君、そう笑ったけれども、顔が少し引きつっていたのは私にも分かった。
それは、この後「何かあったのだな」と思わせるには十分な、そんな乾いた笑い声だった。
あのさ、そんな道でいきなり助手席側の窓がコンコンと2回鳴った音を聞いた時のオレの気持ちって想像付く?
だってさ、オレ、100キロ以上のスピードで走っているんだぜ。おまけにさ、辺りには人の気配、まるで無し。そういう状態でさ、窓ガラスが叩かれる音が車内に響いたんだよ。絶対に怖いって!今、こうやって口に出すだけでも、怖いもの。
で、ホントに怖かったからさ、疲れているから空耳でも聞いたんだな、と自分で自分に言い聞かせて、ついでにラジオのボリュームも大きくしてさ。これで、音も聞こえないだろうと一人で納得して、車を走らせたんだよ。
ところが、10分くらいしたら、また聞こえたんだよな。
コンコンって窓を叩く音が!
そう、ハッキリと聞こえたんだよ。ラジオの大きな音をかき消すような感じで。あるいはラジオが一瞬、音が途切れた時だったのかな?まぁ、どちらでも同じだよ、聞こえたってことに変わりは無いわけだし。
もう、オレ怖くてさ、とにかく車を走らせることだけに必死だったね。気のせいか、助手席側の方から、何か視線のようなものを感じるしさ。繰り返すワイパーの向こうの景色、と言ってもライトに照らされたアスファルトの路面だけなんだけど、それだけを必死に固まったようになりながら見ていたんだよ。もう、その時のオレの心はたった一つの思いに支配されていたよ。
「とにかく街へ!人がいる街へ!」
だからさ、雑木林の道の向こう側に、コンビニの明かりが見えた時は、ホントに嬉しくてね。とにかく、そこで休もうと、人の声を聞こうと、それだけを考えていたんだよ。
で、雑木林の道を抜けようとしたその瞬間、ラジオの音がピタッと止まって、スピーカーから女性の声が聞こえたんだよ。
「ねぇ、どうして逃げるの?」
ってね。もう、それ聞いたら、一気に恐怖が身体の穴から放出した感じで、慌てて、かなり乱暴にコンビニの駐車場に入り、そして運転席から出ようとしたその時!
運転席側の窓の外にナイフを持った長い髪の女性が、立っているのが見えたんだよ。
気を失っていたんだろうね。気づいたら、深夜1時。コンビニの駐車場で、蒸し暑い日だというのに、エアコンもつけず、熱気が立ち込める車内で、汗一つかかずに、震えていた自分がいたよ。
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