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【怪異譚】おばけ屋敷

 20年以上も前の話だが、遊園地のお化け屋敷の中のお化け役のアルバイトをしたことがある。
 そのお化け屋敷はいわゆるウオークライド型と言われるもので、乗り物などに乗ってではなく、自分の足でお化け屋敷の中を歩き回るというタイプのものであった。
 通常はお化け屋敷の中に配置されたお化けの人形が、人の動きに合わせてセンサーで動くという、きわめてオーソドックスなものなのだが、年に何回か、実際の人間がお化けのコスチュームを着て、中に入ることがあり、その時のことだ。
 
 実際に体験した方なら、分かるだろうが、機械で制御されたお化けの人形、言い換えれば「お化けロボット」と人間とでは、その怖さの質が違う。
 人間の動きというものは、機械などでは到底演出することが出来ないもので、たとえば、暗がりで、木が風に揺れるのを見ても、それほど怖くはないが、人間や動物の動く影を見るとすごく怖いということを想像すれば分かるだろう。
 人間が一番おそれるのは、自分の想像力では予測できないものであり、人間の動きとは、まさにそのものなのだ。

 さて、お化けの格好をして、お化け屋敷の中で、入ってくる人を驚かす時、最も人が怖がるのはどういう時だと思うだろうか?
 あくまでも私個人の感想だが、それはもう少しで出口というところで驚かすパターンの時であった。
 怖いところをずっと通ってきて、ああやっと終わりだと気がゆるみかけたところで驚かす!というのが、もっとも効果的であったと思う。

 そのようにしてお化け屋敷に入ってくる来る人を驚かしていると、時々私が想像している以上のリアクションで驚く人たちもいた。

ある家族の父親

 よくあったのが、親子3人の家族を驚かした時、一番大きな声を出してあわてるのが父親だったこと。
 そうなると、もう父親の面目丸つぶれだったりするわけだ。
 案外と子供ってお化け屋敷を怖がっているようでいて、そうでもないことが多い。
 好奇心旺盛というか冒険心があるというか、こちらが想像しているほど驚かないのだ。
 母親も肝っ玉が座っているというか、驚かしているのが人間ということに気づかないほど、神経が太いというか、それほど驚くことはない。

 それに比べると父親は驚く、とにかく驚く。
 飛び上がったり、2mほどダッシュして逃げたり、大声をあげたりと、驚かす方が嬉しくなるほどのリアクション。
 たぶん仕事で疲れている身体を休めようとしている休日なのに、そういうショックが来るということは想像していないのだろう。
 たかが遊園地のお化け屋敷なんて、と油断していると、こういうことになるわけだ。

ヤンキーグループ

 驚き方で一番印象に残っているのは、あるヤンキーのグループ。
 男女3人ずつのペアのグループだったのだが、もうコレが現在では、というか20年前でも目にすることもあまりないんじゃないかと思うほどの典型的な、そのような方々であった。
 一言で言うなら白いエナメル靴と紫色のシャツがとても似合いそうなグループだった。
 正直、街ですれ違ったなら、目を伏せて通り過ぎる類の人たちだ。

 そんなグループが前方から大声でわめきながら、やってくるのを見たとき、さすがに私も驚かすかどうか躊躇した。

 彼らのことだから絶対怒るだろう、いきなり驚かされたら。
 血気盛んな彼らのことだから、そんなことをされたら、右ストレートがうなりをあげて私の顔面にヒットなどという事態も十分に考えられる。

 あるいは左ポケットにしのびこませたジャックナイフを「このナイフはよぉ、人を傷つけるためじゃなくて、未来を切り開くために持っているんだよ」などと訳の分からないことを叫びながら、私の腹部へと突き刺し、お化け屋敷の中が、まさに血塗れのホラー映画になる可能性がないとは言い切れない。

 だが、仕事だ。
 ボケーっと何もしないで暗いお化け屋敷の中で息を潜めているってのも嫌なものだ。

 そんな訳で私は全力で驚かした。
 彼らが出口にさしかかろうというその瞬間、彼らの死角になって見えないようなところから、「ウォー!」と奇声を発しながら、彼らの前に飛び出した。
 多分、彼らから見ると、何も無いと思っていた暗闇から、いきなりお化けが現れたような感じに見えたのではなかっただろうか。

 ・・・その結果。
 一番先頭の男が、「グワァ」という雄叫びを発して、後ろに倒れる。
 それにつられてか皆が驚いて、腰を抜かす。
 比喩表現抜きで腰を抜かす、つまり6人が驚かした私の前でしりもちをついている状態。

 地面にへたりこむヤンキー集団、その前に立ちはだかる私!

 字面だけだと、すごく格好良いが日常生活では、まずありえない場面だ。というか、そんな方々に日常生活では遭遇したくない。

 ぶち切れて、立ち上がった瞬間にいきなり殴りかかってきたらどうしようかと思っていたのだが、さすがに自分たちが驚いた情けない姿を見られると恥ずかしかったのだろう。
「いやぁ、やられたちゃったな、まいった、まいったぁ」的な笑いをしつつ、そそくさと私の前から立ち去っていった。

「ああ、やっぱりああいう人達でも怖いものは怖いんだなぁ」

 と少し親近感をおぼえた瞬間であった。

 それでもこうやって後で笑い話に出来るくらいなら、まだよい。
 私が体験した中で、ほんと「シャレにならないよなぁ、これは」ということが一つだけあった。

一組のカップル

 それは一組のカップルだった。
 そのカップルが来たとき、私はいつものように、きわめて普通にそのカップルを驚かした。

 だいたい、普通のカップルのリアクションとしては、お化け屋敷で驚かされると女性の方が「キャー!怖い!」などと言いつつ、男性の腕にしがみつき、男性の方もニヤニヤしながら「大丈夫だよ、ほらオレがいるから」などと臭いセリフを吐いて、人生における勝者とでも言いたげな余裕の足取りで、立ち去っていくものだ。

 ところが、だ。
 私が驚かせた、その時のカップルの反応はかなり異なっていた。

 端的に言えば男性が女性を突き飛ばした。

 いや、さすがにこれには私も目が点になった。
 そんなことをするなんて、普通は考えない。
 前からトラックが暴走してきて「危ない!」とか言って、自分の身をはって彼女を突き飛ばして守ったとかいうのならベタではあるが、よく聞く類の話だ。
 ところが、だ。
 彼女を私(お化け)の方に向かって突き飛ばしたのだ。しかも両手で、
 明らかに、彼女を盾にして、自分を守ろうという行動だ。

 突き飛ばされた女性の方も、一瞬何が起きたのだろうと呆然としてしまい、しばしお化けの私と向かい合いながらの沈黙。
 気が付いたのは、男性の方が「ご、ごめん」という声を発した時だった。

 彼女は、まず第一声「え!何?それ!信じられない!!」
 もうそれからは大変「つい、うっかり。」とか「ホントにゴメン」とかとにかく平謝りの男性。
 女性の方はと言えば「ホント、信じられない」とか「何、考えてるの?」とか「あんた、自分で何したか分かっている?」という感じの言葉を、思いっきり怒り声で男性に浴びせる。

 いや、信じられないと言いたくなる気持ちも分かる。
 私もその男性が何を考えているのだろうとか思った。
 ただ、そのように男性を責めるのはお化け屋敷を出てからでもいいのでは?と、その時の私はずっとそう思っていた。

 はげしく男性をなじる女性。
 ただ「ホントにゴメン」を繰り返しながらうなだれる男性。
 この両者の前でどうしたらよいか分からずオロオロするお化け(私)。

 さすがにお化け屋敷からお化けが出ていくわけにもいかないので、どうしようと思っていたところ、他のお客さんが彼等の後ろからやってきたのに気づいて、彼らはお化け屋敷から出ていった。

 その間にも女性は男性を責め続け、男性は女性に「ゴメン」と言い続けていた。それはかなり大きな声だったので、彼らがお化け屋敷を出てからも、しばらくの間、聞こえてきた。

 楽しいデートの場所であったはずの遊園地。それがこんなことになろうとは、彼も彼女も思わなかっただろう。
 もしかして、このことが原因で、カップルは別れることになったかもしれない。
 別れるということはなかったかもしれないが、今後の彼らの運命を大きく変えたということは間違いないだろう。

 実際にお化けに遭遇するよりも、怖い結末となったことは容易に想像できる。

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