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【怪異譚】テールランプ

 今から7年ほど前、住田さんは地元福島県の電気店で働いていた。電気店と言っても、大型量販店などではなく、地方の小さなところだったので、部品の配達や修理などが主となる仕事で、御用聞きのように決められたルートを回っていくという感じだった。 

 ルートを回る時、最初の内は、カーナビに頼っていたが、慣れてくると、ナビも地図もいらなくなる。
 さらには、時間帯によっては、いつもの道は渋滞するので、多少遠回りにはなるが、地元の人しか知らない、地図にも載っていないような道を使って配達する、ということも出来るようになっていた。

 そんなある日のこと、住田さんは午後6時ころ、最後のお客さんのところへの配送を終わり、会社に戻る途中のことだった。
 夕暮れ時、帰宅ラッシュに巻き込まれたくなく、いつもは空いている山道をいくことにした。

 しばらくは順調に進んでいたのだが、突然、前にいた車のライトが、こちらに近づいてきたので、住田さんは急ブレーキを踏んだ。
 すると、ライトはそれ以上、こちらには近づいてこない。
 そこで、住田さんは気づいた。前を走っている車が異常に遅く走っていると。
 そう、前の車は時速10キロにも満たないような速度でノロノロ運転をしていた。近づいてきたと思ったライトはテールランプで、住田さんは普通の速度で走っていたため、その遅い速度に急接近してしまったのだった。
 田舎の道では農家の軽トラなどが極めて遅い速度で走るのは、たまにあることだが、それでもここまで遅いのは珍しい。
 少し、あおったりもしたのだが、速度を速める気配はない。
 車のすれ違いも出来ないような細い道なので、追い越そうにも追い越せない。かと言って、来た道を引き返すのはバカバカしい。
 渋滞を嫌って、山道を選択した自分を、少し恨んだが、運が悪かったと思って住田さんはあきらめて、そのテールランプの後ろを進むことにした。

 5分ほど時間が経ったころだろうか。いつもなら、その山道を、もう通り過ぎている時間だ。
 しかし、前の車があまりにも遅く、ふと気が緩んだのだろう。
 気が付くと、テールランプはぶつかる寸前の近さになっていた。

 あわてて、住田さんはブレーキを踏んだ。
 ぶつかることは無かったが、気づくと前にいたはずの車がいなかった。
 というか、あるはずの道も無かった。
 住田さんの車は、山道のコースを外れ、3mほどある崖の下に落ちるギリギリのところで止まっていた。      

 もしや、前の車が下に落ちたのかと思い、車を降りてみるが、辺りには人の気配すらない。
 怖くなって住田さんは慌てて会社に戻って、社長にそのことを伝えると「ああ、あの道か。・・・今後は走らないように」と言ったきり、それ以上のことを言おうとはしなかった。

 住田さんは、その数か月後に、その会社を辞めて、現在は都内で暮らしている。

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