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【怪異譚】代行車

 神奈川県に引っ越してきたばかりのフリーライターの屋舗さんは、その日、趣味のサークルでのバーベキュー大会に呼ばれた。
 締め切りも近かったので、はじめは飲むつもりは無かったのだが、日差しが強かったこともあり、缶ビールを何本か飲んだ。

 夕暮れになり家に帰ろうとした屋舗さん。飲むつもりは無かったので、自家用車で来ていたのだが、アルコールを摂取したので、さすがに車を運転して帰ることはできない。
 仕方がないので代行車を頼もうと、スマホで検索して、最寄りの運転代行を検索した。
 ところが、電話しても、なかなか混みあって見つからない。

  一緒に来ていた地元の方に「どこかに代行ってないですかねぇ」と聞くと、その地元の人は困った顔をしながら「ツガルならあるかもなぁ」と答えた。
 多少、割高になっても構わないと屋舗さんが言うと「いや、そういうわけじゃないんだが」と口ごもる。
 「まぁ、とりあえずは連絡してみるけど、基本的に地元民優先なんで、あまり期待しないで。それと、ちょっと変わっているんで驚かないで」とそのタクシー会社に電話をかけた。

 「ああ、ツガルタクシーさんですか。長谷の一色ですけど。いつもお世話になっております。今、由比が浜なんですけど、逗子まで代行1台お願いできますか。はい、この時間だとエムナンバー?それは分かってます。はい、お待ちしております」

それから間もなくして、代行車はやってきた。ただ、それは一般的な代行車でなく霊柩車だった。
 屋舗さんは、戸惑ったが代行を頼んだ友人に「何があっても、驚くな。余計な事を話すな」と言われていたので、そのまま霊柩車の後部座席へと乗り込んだ。
 行き先を告げるころには、驚きですっかり屋舗さんの酔いも覚めていた。

 改めて、車内を見ると変だ。
 運転手は死神のような黒装束だし、車内も黒いモヤが立ち込めたようにボンヤリとしている。
 気分を紛らわそうと、窓から外をみて、さらに驚いた。
 どう見ても、自分の知っている日本の風景ではない。
 月は紫色で、いつもの3倍ほどの大きさだ。そして、周囲は果てすらも見えない砂漠が続いている。
 余計なことを話すな、と言われたが驚きと恐怖で声が出るはずもない。

 代行車が家に到着したのは時間にして10分かからないほど、信号で止まることなく、いつもよりも早く着いた。料金も、妥当な金額であった。
 しかし、しかし、しかし。
 あれは何だったのかと屋舗さんは、ただ疑問を飲み込むだけだった。

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