見出し画像

【怪異譚】動く開かずのトイレ

 開かずの扉というのは、怪談の定番の話だ。
 よくあるのは、学校などに厳重にカギがかけられた部屋がある。
 実はそこでは、かつて不幸な事故があり、そこを開けると、また同様の不幸が起きたり、怪異が起きたりするというものだ。
 昭和の時代には、まだそのような話がどこにもあり、私が通っていた小学校でも、そのような部屋があった。
 体育館の脇の用具を入れておく部屋。その片隅にあった扉はいつも南京錠とチェーンで閉められており、開いているところを見たことが無かった。
 かつては、そこは反省室と呼ばれていて、悪いことをした子が反省するまで閉じ込められていたが、発狂して自死した子が出てから使われていない、などと子供達はまことしやかに話していたが、いま考えると、馬鹿らしい話ではある。

 もちろん、今でもその類の話はあるようで、小学校で教職をしている吉田さんから聞いた話である。

 まだコロナ禍前だから、2019年くらいの話だったろうか。
 新学期が始まると間もなく子供達の間で、不思議な噂が立つようになった。
 なんでも、男性トイレがおかしい、と。
 誰も使ってないはずの個室トイレの鍵が自然に閉まっていると。

 ある生徒が休憩時間にトイレで小用をしていると、個室のドアの鍵がかかっていたのに気づいた、と。
 さては、誰か、お腹が痛くて、そちらを使っているんだなと、その生徒はからかい半分で、そのドアを「誰かいますか」とノックする。返事は無く、ノックも返ってこない。
 おかしいなと思い、しつこくノックするが、返事はない。
 そうこうするうちに休憩時間終了のチャイムがなる。
 あわてて、教室に戻る。クラスメイトは、全員いる。
 よそのクラスかとも思ったが、そのトイレに一番近いのは、その生徒の教室であり、もし他のクラスのものが用を足していたのなら、当然、授業に遅刻して、「うんこをしていた子」と話題になるであろう。
 そんなことも無かった。

 次の休み時間に確かめにいくと、そのトイレのドアの鍵は開いていた。
 それだけならば、誰かが黙って入っていたのだろうということで済む話だ。
 しかし、それはその1回だけでは無かった。
 その後にも、別の生徒が、別のトイレで、同じ様な経験をしていた。
 男性トイレの個室の鍵がかかっているが、人の気配はしない。
 ノックなどをしても、返事の声はしない。
 いつしか鍵は開いている。

 そんな噂が、学校中の話題になった。

 一度、鍵がかかっているのを、のぞき込もうとトイレによじのぼろうとした生徒がいたが、何故か急に自分のお腹が痛くなり、その場で漏らしてしまったことがあった。
 それ以降は、鍵がかかっているトイレの呪いとして、子供達は、そのようなトイレがあると、そそくさと他のトイレを探し彷徨ったと言う。

 特定のトイレでなく、どこがそのトイレになるのか分からないのだから、質が悪い。
 ただ決まって、男性用トイレが開かなくなるので、個室の使用者は男性であろうということになった。
 子供達が怖くて、トイレに入れないので、対策をという話にもなり、試しに人感センサーなどをつけてみたが、それには反応することなかった。
 ただ、鍵がかかっていて、気づくと開いているという話だった。

 そんなことが一か月で確実に3回ほどあったらしい。その内の1回は、職員用のトイレであり、吉田さんの同僚が、それを経験していた。無論、子供達にそのことを話すことはなかった。
 もっとも、子供達の噂では、毎日のようにあったという話だったが、それは噂が噂をよんだものらしかった。
 先に書いた、お漏らしした子供も、漏らしたということが恥ずかしくて、それを胡麻化すために作った話ではないかということだった。

 結局、真相が分からないまま、ゴールデンウィークも過ぎると、怪異はトンと起きなくなり、騒動はそのまま、収まったという。

お読みいただきありがとうございます。 よろしければ、感想などいただけるとありがたいです。