【怪異譚】ターザンの木
長野県で親から受け継いだ小さな旅館を営む小谷さんから聞いた話だ。
小谷さんが住んでいるところは今も田舎だが、子供の頃は、もっと田舎で自然あふれるというか、自然しかなかったらしい。
学校まで山道を歩いて50分ほどというのだから、社会の教科書に載るほどの田舎なんだろうということが想像がつく。
もちろん、現在と違って近所にスーパーなどは無い。
雑貨屋と駄菓子屋が一緒になったような店が一つ、それと油屋(雪国では、冬は灯油が必需品のため、油屋の存在が大きいのだ)くらいだ。
他、旅館が3件ほど、お土産屋などもなかったそうだ。
そんな所だから、子供達が遊ぶと言っても、公園などあるわけではない。
広大な土地があるし、釣りが出来る川もある。
山は自然のアスレチックだ。
そんな中では少し危険なものもある。
ターザンの木もその一つだった。
木と言っても、大きな藤の木のツルで、それは出来ていた。
その藤ヅルが、高さ3m位の崖と崖の間にかかっている。
下には川が流れている。幅は2メートルくらいだろうか。
その藤ヅルを、ターザンのようにつかんで崖の上を移動するのだ。
100メートル先にある橋を使えば、普通に川を渡れるのだが、少しでも早く移動したいのと、度胸試しとで、子供達はそれを頻繁に使っていた。
今、考えると危険なこと、この上ないのだが、大人たちも子供の頃は、ターザンの木を使っていたものだから、あまり強くは言えない。
ルールとして「学校に行ってない子(幼児)には、させないこと。」という不文律だけが出来上がっていた。
とは言え、小学生達の間にも、怖くてターザンの木で、移動できない者もいた。
小谷さんの同級生にも、一人いた。ワタル君と呼ばれていた子だった。
母親と二人暮らしで小谷さんの旅館の向かいの旅館に住み込みで働いていたという。
彼は、高所恐怖症でターザンの木どころか、木登りすらも出来ない子だった。
そのような子は、意気地なしと馬鹿にされる。
「ワタルはおしっこチビル君」などと言われていた。
子供は残酷だ。
小谷さんはと言えば、ターザンの木をやって出来ないことはないが、積極的には使わないタイプだった。
さらに言うなら、親の旅館の手伝いがあり、友達と遊ぶことよりもどちらかというと、そちらの方を優先していた。
なので、今回の話にしても当事者ではなく、後から聞いた話だと言う。
ある日のこと、ワタル君はターザンの木のことで、周りの子供達にさんざん馬鹿にされた。
いつも以上に、その嘲笑がひどかったのか、ワタル君の方で、何かが切れたのか、狂ったように泣きわめきだし、家に戻って、引きこもったという。
その次の日から彼は登校しなくなった。
その後、ワタル君はひと月もしないで、消えるように転校したため、誰もその後を知る者はいない。
悲劇はワタル君が、転校してしばらくしてから、ターザンの木で起こった。
ワタル君を、散々からかっていた同級生の一人が、いつも通りにターザンの木に飛び移り、向こう岸へと渡ろうといた時、「いてー」という悲鳴と共に、手を離し崖下に落ちていく同級生の姿があった。
周りの子供たちは、一瞬あっけにとられたが、すぐさま、同級生が落ちた崖下へと向かった。
同級生は落ちたショックで動けないのか、川のたまりの所に浮かんでいた。
あわてて、川から引きずり出したが、意識は朦朧としている。
その後、近所の大人たちもやってきて、同級生は何とか意識は回復したが、ちょっとした物音などにも酷くおびえるようになったと言う。
その後、もちろんターザンの木は危ないという理由で使用出来なくなった。
伐採されたのだ。
伐採された時、大人達は奇妙なことに気が付いた。
ターザンの木の手でつかむ部分に、針が何十本も刺さっていたのだ。
こんなもの掴んだら痛くて手を離すに決まっている。
誰が、このようなことをしたのだろうか。
真っ先にワタル君が想像されたに違いないが、それが難しいことは分かった。
ターザンの木は、飛びつかなければ手の届かない位置にある。
長い棒か何かで手繰り寄せたとしても、あまりにも足場が不安定で針を打ち付けるのも難しい。
それは大人ですらも困難なのだ。
空でも飛べれば、あるいは簡易的な足場でも組めば、可能であろうが、そんなことをすれば、周囲の住民が気付くだろう。
そもそも、ワタル君一家は、すでにいなくなっている。
事件沙汰にして、騒ぎになることを怖れたムラ社会。
この事は学校にも子供達にも伝えないことにした。
小谷さんの旅館の会合での大人達の話を、たまたま聞いたため、子供では小谷さんだけが、その事実を知ることとなった。
その後、崖下に落ちた同級生は、外に出ることにも怯え、今だ引きこもっているという。
ワタル君一家は、どうなったのかを知る者はいない。
ターザンの木があった崖は、コンクリートで固められた味気ない姿になったという。
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