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【怪異譚】昼間、街で見る怪
こんな話を聞いたことが無いだろうか。
渋谷スクランブル交差点。
信号待ちをしていると向かい側の方に、変なモノが見える。
どす黒いモヤに包まれて、全身黒づくめのスーツを着ている人らしきモノがいる。
それでいて、顔は白く能面のようだ。どうみてもこの世の人間ではない。
信号が青に変わる。人混みが動き出す。足早に人が通り過ぎていく。
誰も気づいていないのか、そのおかしなモノを見る人はいない。
自分も、知らぬふりで、そのモノの脇を通った時、耳元でささやくように声がした。
「よく、気づいたな」
夜の寂しい場所での出来事が語られることが多い怪談の中で、昼間のスクランブル交差点という、あまりにも賑やかすぎる場所での怪談として特異なものである。
ただ、これと同様の話はいくつかある。
東京都在住の新保さんも、そのような出来事に大学生の時にあったという。
その日の講義は午前中で終わり、家に帰る前にと、秋葉原の街中をぶらりと歩いていた時のことだという。
自分の歩く前を、異様なモノが歩いていた。
それは身長2mくらいの長身なのだが、頭の大きさが野球のボール位、そして首が50センチ位の長さで、紺のブレザー姿の男だった。
なぜか、見ようとしても焦点が合わず、輪郭がブレているように見えた。
新保さんは、これは絶対に近づいては、いけない奴だと思い、足早にその男の脇を、出来るだけ離れるようにして通り過ぎた。
通り過ぎると、1秒ほど、世界が止まったように思えた。
と言うよりは、その瞬間、音という音が聞こえなくなった。
車の走行音も、店の宣伝音も、周りの人たちの声も全部だ。
新保さんは、戸惑いつつ、しかし、一刻も早く、その場を立ち去ろうという感情が先に立ち、足を止めることなく進めた。
音は、すぐに元に戻り、騒がしい街の音が、自分の耳に響いたことに安堵した。
しかし、その音の中に、奇怪な音があることに気が付いた。
背後に自分をつけているような足跡が聞こえる。
それも、コンクリートを靴がならすような足跡でなく、水たまりの上を、裸足で歩くような、ピチャ、ピチャという足音。
そして、何か金属のチェーンでも引きずるようなチャリチャリという音。
その両方の音が自分の足音に合わせるようにしてついてくる。
新保さんは、さきほどの男だとなぜか確信し、振り返ることなく、さらに早足で進んだ。
それに合わせるようにして、ピチャピチャ、チャリチャリ。
そして、新保さんは前にあるものを見て、軽く落胆した。
目の前の横断歩道の信号が赤だったのだ。
男のつけてくる音は近づいてくる。信号は、なかなか青にならない。
いよいよ、自分に男が追い付こうとした、その時。
新保さんは目の前の焦点が合わなくなっていくのを感じた。
気づくと信号は青になり、新保さんは横断歩道を渡り終えていた。
特に変わったところは無い。
ただ信号が変わって、歩き出し、渡り終わるまでの記憶~2分くらいだろうか~がすっかりと抜け落ちていた。
その後も、新保さんは、あの男の姿を見ることも無く、事故や体調不良などもなく、何も変わらずに過ごしている。
時折、またあの男に会ったらどうしようか、とか、あの時振り向いていたら何が見えたのだろうとか、考えることがあるという。
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