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サラバ! 物欲 <5> (創作大賞 お仕事小説)

モノに残された可能性


僕の会社では、リペア対応もしている。

有償にはなるが、より長く愛用してもらうために修理もできるのだ。服を長年使っていれば、必ずどこかが傷んでくる。とは言え、お気に入りであればあるほど、長く使い続けたいものだ。
しかし世の中には「服は買い替えるモノ」「捨てるという常識」がある。新品を着たほうがハッピー、幸せという固定概念が根底にも存在する。

先輩がかつて言っていた考え方だ。中古市場という2次流通もかなり発達してきたものの、まだまだ中古は悪、古いモノは良くないという考え方が残っている。

そして、自社品を長く使っていてとても驚かれることがある。
「お前、それ。何年前のやつだよ」
「俺も昔、それ持ってた」
そんな風にである。
長期間着用していれば、へたれる、汚れる、糸がほつれる、擦れる、穴があく、やぶれる。
そうやって鮮度が落ちていく服に対して、まだやれることがある。
それこそ、リペアである。修理をすれば想像以上に、長く使える。それを知ってか、新しいモノを買おうか少し迷ったが、今回も僕は自社ブランドのナイロンパンツを修理に出すことにした。
丸4年ほど愛用していたが、気づかぬうちに膝に小さな穴があいていた。しばらくは見て見ぬふりをして放置。すると、穴は広がり、更には片方の膝だけと思っていたが、両膝に穴ができてしまったのだ。
「大人として、さすがにこれはマズイ……」
僕はそう思って修理に出すことを決意。ネットに必要事項を入力の上、指定された修理工場へコンビニから発送した。

数日後、修理担当よりメールで連絡が入る。
「いつもお世話になっております。修理品承りました。修理箇所を確認させていただきましたところ、左右前身にあて布を行います。生地は代用になりますのでご了承ください。見積り金額は○○円です。納期はご了承頂いたのち、4週間ほどになります」

ふーん、4週間で○○円か。結構安いんだな。じゃあ、やってもらおう。

「了解しました。では進行してください。よろしくお願いいたします。」
メール送信。僕は出来上がりにワクワクしながら、待つことにした。

***

あれから数週間後、忘れたころに修理完了と発送案内のメールが入ってきた。4週間と言っていたが、思った以上に早いな……
僕は商品到着を心待ちにした。

「ピンポーン」

在宅勤務中の部屋に玄関ベルが鳴り響く。おっ、来たのか……僕は慌ててインターホンに対応する。
「はい」
「宅急便でーす」
「はーい」
荷物を受け取り、内容を見ると、やはり修理品だった。

「来た来た……さあて、どんな状態になって戻ってきてるかな……」

ガムテープの封を乱暴にやぶる。
綺麗にビニール袋につつまれて登場したパンツは、予想を遥かに超えた状態で戻ってきたのだ。
僕の予想は、穴を目立たないように裏から生地を貼るものかと思っていたが、そうではなかった。
完成品のパンツには、生地に近い色の代用素材を大きな膝パットのように両膝にガサッとつけられていた。
「えっ……ナニコレ……」
初めて見たときは、何とも憤りを感じてしまったのだ。元々のパンツの色と近い色と言っても、異なる色である。素材感ももちろん違う。新品の代用素材はハリコシがあるが、パンツの素材はだいぶ柔らかい。それにどうしても膝に目にいってしまう……
「なんだよ、これ……そうなら言ってくれよ……」
もう一度よくメールの文面を見返してみると、「代用素材」としっかり書かれていた。
「そういうことか……僕の早とちりか」
ここで履かなくなってしまうのは勿体ない。見た目が様変わりしてしまったのは気になるけど、このパンツを履いていってみるか……次の出社時に履いていくことにした。

***
翌日。
早速昨日届いた修理したパンツを履いていくか……家から出る前に姿見で確認する。パンツを手に取って見た時と、実際に履いてみた時と全然印象が違うことに気づく。
「これはこれでありってことなのかな。目が慣れてきたせいもあるかもしれない。まあ、いいや。とりあえず行こう」
生まれ変わったパンツと共に、僕は出発した。

会社に到着。しばらくしても誰にも何も言われない。まあ、他人のパンツに興味なんてないだろう。僕だって、誰かのパンツが見慣れないデザインでもわざわざ声をかけたりしないよな……そんなことを思いつつ、業務開始する。

***

昼休みに入り、僕はいつものように休憩室に移動する。
その際にひとりの社員に声をかけられた。
「あれ、うちのブランドでそんなデザインのパンツなんてあった? 何それ? 」
おっ、気づく人は気づくのか。僕は少し嬉しくなった。
「いや、これは定番のパンツを修理しただけなんです。たまたま膝に代用素材を付けたので、見た目がかなり変わってしまいまして……」
僕は苦笑しながら答える。
「いやいや、そういうデザインかと思ったよ! 別に悪くないで! 」
「そ、そうですか! ありがとうございます」

僕はハッとさせられる。自分がちょっと変だと思っていただけで、他の人のフィルターを通せば、見え方は全く変わる。そう思うと、1点ものになったパンツが愛おしく思えてくるから不思議だ。愛着も増してきた。

今では、膝が破けてくれてよかったとさえ、思えてくる。こんなことなら、他の商品もまた修理に出してみよう。また生まれ変われるかもしれない。

買い手自身も、モノが生まれ変われるという選択肢を知っておく必要があるな……僕はガサガサした膝をもう一度触れてニコリと笑った。

モノへ愛着をそそぐということ


自宅に到着。
僕は自室に行き、ジャケットをクローゼットのハンガーにかけた。
そして中にある服を見渡してみる。ここに残っているモノのは、全てお気に入りばかりだ。それぞれの服に思い入れもある。着ている時間も長ければ長いほど愛着もわいてくる。
僕は ふと考えてみた。いつどんな時に、なぜ愛着が湧くんだろうのか。
僕は答えを探すため、ハンガーにかけられた服やパンツを一点一点見ていくことにした。
どの服も最近買ったものはあまりなく、ほとんどが 5年10年とかなり前のものばかりだ。 所々擦れや色あせも 見られ、中には修理しないと着られないようなものもある。
ただ古き良きという言葉もあるように、新しいものが全ていいわけじゃない。ここまで一緒にいる時間が長いと、服たちはまるで自分の一部のように思えてくるから不思議だ。
ああ、そうか。自分にとって、本当に大切な服だけがここに残っている。
衣食住。人間の生活の根幹をなす要素のうちの1つ「衣」。
僕たちの生活にとって服は絶対に欠かせないものであり、言うなれば人生を共に過ごすパートナーでもある。そんなパートナーに愛情を注げれば、人生はもっと楽しくなるに違いない。

ここまで来て、1枚のシャツに目が留まる。このシャツは割と最近買ったシャツだ。もう何年も前からクローゼットにいる重鎮たちに比べたら、まだまだ新入りの部類だ。
では、このシャツにいつから愛着が湧いてきたのだろうか。シャツをハンガーから取り出し、じっと見つめて過去を振り返ってみる。購入したときに感じたことは、薄い茶色で好みの色だったが、こんな色のシャツを買うのは初めて。正直言ってどんな服に合わせるかは考えずに価格もあいまって買ってしまった。
はて、どうしたものか……初めて他のパンツやスニーカーと着合わせたときは、違和感しかなかった。しかし何回か着てみたところ、どんどん自分にしっくり来ているような気がしてきたのだ。
「おお……思ったよりいいじゃん」
僕の心とシャツとの距離がどんどん近づき、生活に溶け込む。もはや一心同体レベルだ。愛着が湧かないわけがない。

最終的に、服のローテーションのなかに、颯爽と入り込み、一軍に定着した。このように、着用しているうちに、しっくり来て、自分の生活に欠かせないものと感じた時、愛着が湧いてくる。そして、徐々に自分の生活にフィットしていく。しわやスレ、色落ちなどがその証だ。
まるで皮靴が自分の足形にゆっくり馴染んでいくように……
こうして、ただの服が、この世界で唯一無二のモノに変わることで愛おしく思えてくるのだ。
ただし、この考え方には欠点もある。せっかく買っても目をかけることができずに、数回着ただけで泣く泣くお別れになってしまうこともあるように、すべてのモノに愛情を注ぐのは不可能だからだ。

だから本当に大切なモノだけに愛情をそそぐ。

それで満足できれば、今目の前にあるモノで事足りることがわかるだろう。結果、物欲が付け入る隙がなくなるのだ。
自らの問いに答えを出した僕は1人納得すると、手に取ったシャツをクローゼットに戻し、静かに扉を閉じた。

<6>に続く……



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