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アイデアをみんなで形にする、チームとしての道東へ【ドット道東インタビューvol.3 名塚ちひろ】

道東エリアに散らばる点と点をつなぎ、『道東』の新たな輪郭をつくることをステートメントとして掲げて活動を続けてきた(一社)ドット道東。法人設立後、最初に実施したプロジェクト、道東のアンオフィシャルガイドブック『.doto』は累計発行部数1万部を記録。活動の中心を担ってきたクリエイターだけに留まらず、多くの道東のプレイヤーや道東に想いがある人を見える化したプロジェクトでした。

繋がりを、さらにその先へ。

ドット道東はこの春、『理想を実現できる道東にする』というビジョンを新たに掲げ、次のステージへの一歩を踏み出しました。

このインタビューは、ドット道東のこれまでとこれから、実現したい道東の未来について、メンバーの想いを綴ったインタビューシリーズです。

Vol.3はデザイナー・ゲストハウスの経営・ドット道東のアートディレクターと、多彩な活動を続ける名塚ちひろ。東京で働いていた彼女がなぜ釧路にUターンを決めたのか。ローカルと関わり続けることの葛藤や、チームとしてのドット道東への想いについて語りました。

▼アイデアを形にするちから

「面白いこと」は強い。
世の中のほとんどの人が面白いことを探して生活している。
だからこそ面白くあるのは難しい。

プロの漫才師の爆笑必至の芸じゃなくても、人を笑顔にさせる面白さというのは日常に散りばめられている。名塚ちひろという人は「面白くある」ことができる人だ。

面白いことへの周囲の期待のハードルは高い。「私って、面白いんですよ」と自ら言う人は少ないだろう。もちろん彼女も面白さを宣言しているわけではない。

しかし、彼女は自分が面白いと思ったことに自負があり、実現に苦労することがわかっていても面白がることを妥協しないのだ。

「思いついちゃったら、やるしかない。」

アイデアをアイデアで終わらせない強さが彼女の一番の魅力だと思う。
そして、実際にできあがったものはやっぱり「面白い」のだ。

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名塚ちひろ|1986年生まれ、釧路市出身、阿寒町在住。北海道釧路湖陵高等学校を卒業後、公立はこだて未来大学に進学しデザインを学ぶ。2011年に同大学院を修了後、東京へ移り富士通株式会社でデザイナーとして勤務。在職中に、釧路をクスッと発信する市民団体「クスろ」を立ち上げ、副代表を勤める。2016年、釧路にUターン。2017年には釧路市阿寒町で「ゲストハウスコケコッコー」をオープン。2019年「一般社団法人ドット道東」を設立。 フリーランスとして、デザインや写真の仕事も兼務している。
執筆者
磯 優子|釧路の市民団体「クスろ」の元メンバー。1989年生まれ、釧路町出身在住。現在は釧路でデザイナー・イラストレーターとして活動するほか、高校の美術非常勤講師を勤める。2016年、クスろに加入。2019年、個人の仕事に専念するため脱退。あまり表には顔を出さず、じんわりとクスろを見守る。名塚さんのことは「ちーさま」と呼んでいるので、執筆中「名塚さん」と書くことに若干の違和感を感じている。

▼くしろをクスッと面白く

おお!と圧倒される名塚さんの経歴に拍手を送りつつも、名塚さんを思い浮かべると真顔でダジャレを言う姿を思い出す。冒頭で面白さについてかしこまって話をしたが、名塚さんは「親しみやすいおちゃめな姉御タイプ」なのである。

名塚さんといえばやはり、2014年に立ち上げた市民団体「クスろ」だ。

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「くしろをクスッと面白く」という標語のもと、名塚さんと同級生の夏堀さんが2人で立ち上げた団体だ。「く・し・ろ」が訛ったような「く・す・ろ」という響きにフフッと笑ってしまうし、活動のコンセプトと名前が一致していて気持ちがいい。言葉遊びがうまい。「一体この団体はどんなことをするのだろう」とつい気になってしまう。

クスろのこれまでの活動は多岐にわたる。webでの「釧路の魅力的な人」の記事発信を中心に、釧路管内の外国人移住者を集めた多国籍なフードイベント、人めぐりと称して人にスポットを当てたローカルツアー、ご当地ネタを盛り込んだ可愛いイラストのキーホルダー制作など、他にも様々あるが、どれも街のイメージに賑わいを作り出している。

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▲クスろが企画・販売している「クスろのおふざけキーホルダー」

▼ローカルへの興味

名塚さんがローカルに可能性を感じたのは、会社員時代に出会った『greenz.jp』や『ソトコト』がきっかけだ。

「仕事のアイデアを考えているときにローカルの取り組みにスポットを当てた『greenz.jp』や『ソトコト』に出会って、ソーシャルデザインに夢中になった。クライアントも消費者も自分も幸せになれる取り組みに『私がやりたいのはこれだ!』と思ったのと同時に『釧路でもできそうなのに』って。地元がなんだかパッとしない、明るいニュースがないのが残念で。」

地元へのモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、釧路へ帰省した名塚さんは飲みの流れでつい熱くなり、ひとりの同級生とローカルデザインの重要さについて語り合う。その同級生こそ、後にクスろを共に立ち上げる夏堀めぐみさんだった。

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▲左:名塚ちひろ 右:夏堀めぐみ

飲みの席のアイデアとは、一時の盛り上がりでほとんどが実現しないものだ。
しかし2人は違っていた。「思いついちゃったら、やるしかない。」のである。

▼Uターンへの葛藤

無敵に見える彼女でも、釧路へUターンするには葛藤があった。

「東京にいた頃は自分の仕事に自信が持てなかった。大きな規模の仕事をしても、自分が携わってるのはごく一部だし、デザインのスキルだけで勝負をしていけるのかと不安がつきまとっていた。20代後半でキャリアや将来への焦りもあって。プライベートでも周りの人が徐々に婚活に励みだしたりしていたんだけど、私はそういうことじゃなく、もっと没頭できる『何か』を求めていたんだよね。それが『クスろ』だった。」

ついにクスろの活動が始まるが、釧路にいる夏堀さんとリモートでの打ち合わせが中心。現場にいられるのは限られた時間だけ。それでも名塚さんは月に1度は釧路に帰っていたという。次第に東京で仕事をしながら、クスろに携わる限界を迎え、釧路へのUターンが頭に浮かんだ。

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「釧路に帰りたい気持ちは徐々に強くなっていたけど、東京から離れることにはまだ不安があった。大企業に勤めていれば生活もキャリアの保証もあるし、責任ある仕事に携わるやりがいもある。トレンドに身を置けなくなることも怖かった。」

釧路へのUターンを悩んでいた頃、名塚さんは東京から山形へUターンをした、ひとりのデザイナーに出会う。彼はとても良い仕事をしていて、東京でも十分に活躍できるスキルを持っていた。不思議に思った名塚さんはそこで「どうして山形に戻ってきたのか、トレンドから離れることに不安はなかったのか」と尋ねてみた。すると、彼は「東京の仕事はコンペ*も多くて『告白してないのに振られる』ような消耗する仕事が多かったけど、山形ではみんなが自分の仕事を喜んでくれる。それがとても嬉しい。」と清々しい様子で答えてくれたという。

次のステージに移行している彼をみた名塚さんは「…悩んでる自分、ダッサ!」と思い、釧路へUターンをする決意を固めたのだ。

*コンペ=ここでの意味は、ひとつのクライアントに対して競合会社数社がデザインの提案をおこなうコンペティション形式の仕事のこと。どれだけ作り込んでも採用されなければ世に出ることはなく、デザインはお蔵入りになってしまう。

▼釧路の案内人になりたい

名塚さんにはクスろともうひとつ、大事な活動がある。
2017年に阿寒町に立ち上げた「ゲストハウスコケコッコー」だ。

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釧路に帰ってきてから、クスろの活動とフリーでのデザイン業に奮闘していた彼女は、ある日一歩も外に出ていないことに気がついた。
「これじゃ、東京にいた頃と変わらない。」
そして新しい活動を思いつく。それがゲストハウスだった。

「Uターンをしてみて、クスろの活動とは別に『釧路の案内人』になりたいなと思い始めて。案内人になるなら、旅人と出会えるゲストハウスだ!と。全国的に見てもまちづくりのインフラにゲストハウスは欠かせないと思っていたし、釧路で誰もやっていないのはチャンスじゃないかなと思ってね。それから釧路管内で物件を探し始めて、阿寒町で理想的な物件と出会った。」

阿寒町は釧路市内から30分程離れた立地にある。空港からのアクセスの良さや豊かな自然が残る風土に魅力を感じて拠点に決めた。彼女にとっては土地勘も知人もいない場所だったが、今では旅人だけでなく町の人も顔を出す、地域に根付いたコミュニティとなっている。

「朝の始まりを感じさせるコケコッコーの鳴き声のように、この場所から新たな1日が始まってほしい。」とのコンセプト通り、コケコッコーにはやさしく明るいエネルギーが満ちている。

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▼地域コミュニティと新しい風

ゲストハウスをつくったことで、名塚さんには新しい分野の多様な人との出会いがあった。まちづくりに関わるイベントのお誘いも増え、積極的に参加するようになる。そのひとつが津別町のアーティスト大西重成さんの携わる「あいおいアートコミュニティクラブ(A2C2)」での壁のペンキ塗りだ。

名塚さんはそこで北見で活動する中西拓郎さんと出会う。彼は「1988」というwebメディアを持ち、地元に根づいた活動を行っていた。

「拓郎くんも私と同じように地方でフリーランスをしていて、話していると抱えている悩みも近いことがわかった。でも自分とは全く違う価値観やアイデアを持っていて、新しい風がはいってきた!と思った。」

その後、中西さんが企画した「道東誘致大作戦」というイベントで本格的に活動を共にし、苦楽を味わう。イベントの内容は相当ハードで打ちのめされて凹んだ反面、自分の限界を超えることのできるメンバーで「彼らとこの先も一緒にやってみたい」と思えたそうだ。そして嬉しいことに「道東誘致大作戦」以降もメンバーとの関係は続いていく。

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▲道東誘致大作戦の最中の1枚(撮影:小林直博)

「イベントでも仕事でも『周りを巻き込んで盛り上げる”祭り”にできる力』を感じて、自分にはない勢いに惹かれた。このメンバーなら一緒に道東の価値を高めていける!と思った。」

こうして名塚さんは2019年「一般社団法人ドット道東」の立ち上げに参加するのだった。

▼道東から未来へ

ドット道東は「人と人とを繋ぐ」取り組みを行っている。
彼らはコンサルタントでありながら、クリエイターでもある。柔軟に動けるフリーランスだからこその得意分野だ。ドット道東の取り組みは、昔ながらのご近所同士の「助け合い」のように気さくでありながら、仕事として信頼関係を育みながら大きな輪になっている。

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▲2019年11月に清澄白河で開催されたイベント「リトルドートー」での1枚

さて、気さくとは言ったものの、企業と個人を繋ぐとなれば、プロジェクトごとに細かな気配りや責任がなければできないことだ。普通なら、人が増えるほど面白さと比例して苦労も多くなる。ひとりひとりに向き合うには相当な覚悟が必要だ。しかし、それを彼らはおこなっている。この覚悟と情熱に皆惹きつけられるのだろう。名塚さんの言う『周りを巻き込んで盛り上げる”祭り”にできる力』だ。

一昔前なら「田舎ではできない」と思われていたクリエイティブな動きが徐々に広がってる。北海道の東の果てから、目が覚めるカウンターパンチをお見舞いされる。

「まだまだこんなにできますよ!」と。

▼いつのまにかファンになる

ドット道東のお披露目プロジェクトは道東のアンオフィシャルガイドブック「.doto」の出版だった。クラウドファンディングを行い、制作過程からSNSでは多くの人が注目していた。ガイドブックはドット道東メンバーのほか、道内外で活躍するクリエイターが参加している。現在では販路も増え、道東のみならず道内各地、そして東京でも購入が可能だ。累計発行部数は1万部を突破した。すごい。
そしてガイドブックを見て、SNSで知って…と多方面から声がかかるようになる。

2020年度以降の取り組みでは、ドット道東の企画である求人広告「#道東ではたらく」、環境省と連携し阿寒摩周国立公園周辺地域のブランド意識向上を目的とした「自然の郷ものがたり~阿寒摩周国立公園の暮らしプロジェクト~」の冊子制作、そして道東にできるブルワリー「Brasserie Knot」のクラウドファンディング…など、このほかにも多様な業種の方との出会いが広がっている。

活躍を耳にするたび同郷として純粋に誇らしくて嬉しいのだ。そう、この「地元への誇らしさ」も多くのファンが集う理由だろう。

▼次の点へ向かって

ドット道東の名前を考えたのは名塚さんだ。

「点と点をつないで道東の輪郭をつくる 」という、コンセプトと名前の一致にグッとくる。「そう来たか〜!」と叫びたくなる。それに、アルファベット表記の「.DOTO」という字面も良い。本来締めくくりに使われるドットが先頭に来ているため、次に進んでいる感じがする。

名塚さんがやりたかった「案内人」としての役割も、人やモノを「次に進める」ことだった。実際に多くの人との出会いで点は広がり、道内外でも道東が注目されつつある。
ドット道東というチームを得た今、名塚さんにはどんな思いがあるのだろうかと聞いてみる。

「メンバーそれぞれから学ぶことばかりで、拓郎くんは常にインプットもしているし、周りのことを見ながらそれぞれにしっかりフォローをしていて見習いたいです…!じんちゃんは、モヤモヤしていることの整理が上手で、やるべきことを明確化してゴールとタスクを明確化することに長けている。しげのざは、若い子たちに仕事を振るのが上手いし、経理からプロマネまでオールマイティにできるから尊敬してます。こんなメンバーと一緒にいるので、自分がドット道東にどんな価値を提供できるのかというのは日々自問自答してます。個人的な今の課題は、アウトプットばかりでインプットの時間が足りていないこと。常に情報を入れ続けて新しいことを考えるのは大変だけど、やりがいがあります。」

個々に刺激を受け悩みながらも、名塚さんは前向きだった。そして、チームのメンバーを尊敬できる関係は素直に羨ましい。名塚さんの思い描く「面白い」イメージは、ドット道東という力強いメンバーの元でますます大きく育っていくだろう。これまでのドット道東の活動をみても、みな面白がることを妥協しない人ばかりだから。

明るく笑っている人の側にいると元気がでるように、名塚さんはこれからも多くの人へ前向きなエネルギーを与えていくだろう。楽しい予感に期待を込めて。

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ドット道東は、「理想を実現する道東にする」というビジョンを掲げ、「1000人の道東の理想を載せたビジョンブック」を出版する新たなプロジェクトを開始しています。

取材:磯優子(文編図工室
写真:﨑一馬ハナミドリ写真館

▼ドット道東メンバーインタビュー記事 #道東の未来はこちらから


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