164/366 【ショートショート】 てるてる坊主の願いごと(前編)
「晴れますように晴れますように晴れますように」
呪文のような誰かの言葉で、僕は目覚めた。少年の姿が目に入る。小学生くらいかな?僕を見る眼差しが真剣そのものだったから、僕も精一杯真剣な目で見返した。
「ほんっと、頼んだよ」
ひとしきり話をしてから最後にこう言って、少年はティッシュで出来た僕の体の首根っこに紐をかけ、サッシを開けて軒下に吊った。
空気がもわんとしている。街がどんよりと暗い。
しとしと、しとしと。
昼だか夜だか解りにくいが、多分夕方だ。店じまいの雰囲気が街全体に広がっている。
ここ、4階建くらいかな。見下ろすと、生垣のサツキの赤紫が薄闇に沈みつつある。
湿気を締め出すサッシの向こうで、さっきの少年のくぐもった声が漏れてくる。
「お母さん、てるてる坊主下げといた。明日はきっと晴れるよね?」
「晴れるといいわね。初めての運動会だものね」
「ずるいよね、小学校は6年あるのに、運動会が5回しかない僕らみたいな学年もあるなんて」
「そうねえ。でも逆に言えば、2回分のエネルギーで倍頑張れるってことでしょう?」
話しかけるママの声が向こうを向く。
30分後、僕の脇にある換気扇から、塩気の強い青魚の香りが流れてきた。
雨はしょぼしょぼと振り続けている。見上げると、空に吸い込まれそうな錯覚に陥る。雨粒が落ちてくるんじゃなくて、僕の方が雨粒の中を上っていく感じだ。
やむかな、これ。
子々孫々と続く僕の任務の展望は暗い。風でもあればまだ希望を持てるのに、空気はピタリと停滞している。でも諦めるわけにはいかない。
気合いと諦めが混じったため息を1つこぼし、僕は薄墨の夜空を見上げた。星はどこにも見当たらない。
誰に学んだわけでもないが、DNAに刻み込まれた記憶を頼りに、僕は東に向かって祈り始めた。
「お天道様、明日はなんとか晴れてください」
「おいそこの新入りの坊主、東はそっちじゃない、あっちだ」
目をぎゅっとつむり、一心不乱で祈っている僕の耳に、しわがれた呼びかけ声が聞こえてきた。
目を開けて隣の軒下に目を向けると、そこには年季の入ったてるてるおんじの姿がある。
そのシミだらけの容姿に相応しい年季の入ったしわがれ声で、主は続けた。
「流石に方角が間違っていたら無理じゃろう。もう少し右だ。そうそう、東はそっち」
「ありがとうございます。僕、さっき出来たばっかで... 」
「見れば分かる。で、明日は何があるんだね?」
「ショウ君の初めての運動会なんです!去年は人が集まる行事は全部ダメだったから、今年は余計に気合が入ってるみたいで。ショウ君、かけっこが得意らしいんです」
「ほお。そりゃお前の出番だわな。だが、芋虫競争だの、二人三脚だの、パン食い競争だの、騎馬戦だのは今年も無理じゃろう。綱引きも難しいか。今時の運動会は何をするんだろうのぉ」
「踊りとかはするみたいですよ。あと、一人で飛ぶとか走るとか投げるとか、そういうやつ」
「そうか、オリンピックの陸上競技のようだなあ」
「オリンピック?」
「知らんのか。まあ、運動会みたいなもんだ。少しばかり規模が大きいがな」
「ふーん。そのオリンピック運動会の時も、僕らの一族は活躍したんですかね?」
「かも知れんのう」
「ま、僕は関係ないんですけどね。なんせ僕の任務は、明日を晴れにすることだけだから」
隣のおんじは少しだけ寂しそうな目をして頷いた。
***
続きは、また明日。
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