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銀河の歴史が、また1ページ

これまでの人生で一番影響も衝撃も受けた小説とは、テキサスのボランティア図書室で出会った。

米国テキサス州ヒューストン市には、駐在員の方々が帰国時に寄贈していく書籍を集めた図書室があった。特定の人によるセレクトではない為、冊数は少なくてもジャンルは多岐に渡っていた。天井まで届くような棚が4つ、あとは子供向けの絵本や漫画を収めた、腰高のベニヤ板の本棚が4つほどある雑居ビルの一室で、漫画の棚の前には少し広めのキッズスペースがあり、小学生の頃は、そこでドカベンだのドラえもんだのを読みふけっていた。

その棚の1つに、「銀河英雄伝説」があった。数字が振られていない刷だった。続編が決まる前に購入されたものだったのだ。

今読み返すと、当時の徳間の本は字が小さく、ハエの頭位のサイズの漢字がぎゅうぎゅうに詰まった紙面なのだけれど、その宇宙に一気に引き込まれた。

インターネットなんて家庭には存在していなかった1980年代後半に、どうやって続編の存在を知ったのかは覚えていない。だが、知った瞬間から、次に一時帰国したら絶対にこれを書い揃えると決め、お小遣いを貯めた。

本伝10巻、外伝5巻の徳間ノベルスは、読み始めたら最後、8巻終わりまでずっと止まれなかった。8巻終わりのまさかの展開に愕然とし、数日間、続きに手をつけられなくなった。そこからはあっという間に駆け抜けた。夜更けまで読んでいると怒られるので、寝たと見せかけては、クローゼットに手元灯を持ち込み、エロ本片手の男子中学生のように(偏見)ドアの隙間に洋服やらタオルやらを押し込め、光が漏れないようにした。今考えると絶対ばれてるよね、あれ。でも、当時は完全犯罪のつもりだったのだ。

それから数十年経って、OVAも集め、昨年はまさかのリメイクまであり、それでもなお、この作品は色褪せない。

2016年にようやく英語版も出版された!

表紙のデザインは同じだが、サイズが違う為、上部の宇宙が広がっている等、全体のズーム感が調整されている。

これで海外の方々と、銀英話で盛り上がれる!と喜んでいたら、実はもっと近いお国に、銀英マニアがわんさかいるらしい!そのことを意識するきっかけになったのは、中国のSF小説「三体」(The Three Body Problem)だった。

Remembrance of Earth’s Past(地球往事三部作)という三部作の1作目。2015年に英訳され、中国のSF小説として、初めてヒューゴー賞を受賞した作品となった。オバマ大統領やザッカーバーグも愛読しているという。(日本語訳は今年出版予定らしい。)作者は、インタビューなどでは、アーサー・C・クラークのファンだと述べている。ぐんぐん引き込まれて、続編も読むことにした。

そのシリーズの2巻目、「暗黙森林」(The Dark Forest)では、大規模な宇宙戦がこれでもか!と展開されるのだが、その描写がなーんか、銀英伝の艦隊戦を彷彿とさせる。やれ、艦橋が「球形」で「星を映し出した空間は、宇宙に浮遊するよう」だの、主要人物の一人が、戦略を考える際に「紙と鉛筆という前近代の遺物を使う」だの(これ、昨年リメイクされた「ノイエ・テーゼ」では紙じゃなくなっていたんだよね、確か)が詰め込まれると、どうしても、脳内ではラヴェルの「ボレロ」がエンドレスループで流れ続ける。(石黒版のOVAでは、艦隊戦中、ずっとこの音楽が流れていた。血沸き肉踊るこれまでの戦闘音楽の概念を覆す斬新な選曲だった。全私比)

「戦場のあちこちで核融合爆発が火球をあげ」たり、レールガンと水爆(レーダー)で戦艦が一瞬で蒸発したり、軍の装備関係も何やら聞いたことがあるものだらけ。ゼッフル粒子は出てこなかったが、宇宙塵を宙域に撒く戦略は展開される。宇宙機雷も登場する。むむむむむ、と思って読み進めていくと、なーーんとなんと、挙げ句の果てには、

future historians

なるものが出てきた!これってこれって、間違いなく、疑いなく、「後世の歴史家」だよね?だよねーーー?!(注:全て恣意的な脳内翻訳です)

「銀英伝」の英語版は、2016年に出たばかり。「三体」の中国語原作が連載されていたのは2006年だから、それより前に「銀英伝」の中国語版は出ているはず。調べてみたら、台湾での翻訳版は1996年に出版されていた。それの海賊版が10年ほど、大陸でも出回っていたらしい。

1968年生まれの作者、劉慈欣は当時、28歳。うん。読める!

同盟の英雄ヤン・ウェンリーは東洋人という設定だが、名前の感じからすれば華僑系である可能性は高いし、中国で人気が出てもおかしくない。当時の閉ざされた中国で、民主主義を謳うヤンはどう受け止められたのだろう。ヤンは同盟側とはいえ、他の登場人物に中国名な人が多いわけでもないから、やはり帝国派のファンが大多数だったのだろうか。いずれにしてもこれは多分きっと間違いなく、銀英伝をこの作者は読んでいるに違いない!!!

性別は違うけれど、「三体」の重要人物の一人は「ヤン」という苗字だし!中国語版の銀英伝のヤンの漢字と同じ「楊」という漢字が使われているし!その女性キャラのお母さんの下のお名前は、「ウェンジェ」で、「ウェンリー」に近いし!…って、ここまでくると、こじつけか。

三体の英訳をした翻訳者(1巻、3巻は、Ken Liu氏。ご本人も、「紙の動物園」で知られるSF作家)(2巻目は、Joel Martinsen氏。劉慈欣氏の他の小説も数多く翻訳されている翻訳者)が、銀英伝を読んでいるかは分からない。「三体」の英訳が出版されたのは2015年で、「銀英伝」の英語版よりも前。だから、読んでいるとしたら、中国語版になる。中国語版の銀英伝の欠片が、中国のSF作品を通じて、「銀英伝」本体よりも前に英語圏に広がったのだとしたら、なんだかそれだけでコトバの旅路にワクワクする。

いつかこの劉慈欣さんとお話をしてみたい。そしておずおずと聞いてみたい。

「あなたが銀英伝に出会った場所はどこですか?」と。


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