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144/365 【ショートショート】 進藤つばきが、消えた

進藤つばきが、消えた。

フリーランスのライターだった彼女は、ふらりと旅に出る人だった。だから、暫く連絡がなくても周りは皆、「今回はどこに行っているんだろう」としか思わなかった。

フリーランス業界にも繁忙期と閑散期がある。繁忙期ともなれば、あちこちで開催されるイベントで頻繁に遭遇するメンバーが決まってくる。

「つばき、どうしたんろう」

詠美はもやっとした不安を感じていた。

毎年どこかのイベントで再会する度、帰りに一杯飲みに行き、感想戦に加えて近況を話すくらいには仲が良かった。それが今年は一度も会っていない。

このご時世、殆どのイベントがリモート開催となっている。去年が実は最後だったなんてイベントもザラだ。終わりはいつの間にかやってくる。終わって暫く経ってから終わりだったと気づくものすらある。

とはいえ、触れなければ記事が書けないものも、あるにはあるのだ。よって幾つかのイベントは開催に踏み切っていたが、例年の人混みが別の惑星に思えるほど、徹底した人数制限が課せられていた。

そんな会場で見逃すわけはない。プレスの人数を制限していたとしても、彼女が漏れるなんてありえない。

「明日かと思っていたニッコウキスゲのピークは、実は昨日だった」そんな花の逸話をぼんやりと思い出しながら、詠美は去年来場者数の記録を更新した会場を後にした。

どうしたんだろう。

夜になってようやく暑さが和らいだ駅前通りを、ぼんやりと家に向かって歩く。

元に戻りきれていない商店街は、今もテイクアウトが多い。何よりこちらの体力が戻らない。お籠りに慣れた身体は、何日か連続で外出するだけで消耗してしまう。

前はこれが普通だったのだ。信じられない。そりゃ宇宙飛行士の脚は、あっという間に衰えるわ。人間は、一定期間使わない機能をあっという間に引退させる能力に長けている。

のろのろと自宅に辿り着き、郵便受けを確認すると、絵葉書が一葉、待っていた。

薄青と紺のティッシュで切り絵したような浅い夜空に、月が上がっている。もわりとした雲。水平線が画面中央に細く走り、水平線のさらに奥に広がる空は藤色に沈んでいる。手前には、暗い入江。右手に岩のようなような存在がある。

じっと見ていると、ずっと上に星が見えてくる。雲間から、光の筋が水面に向かって1筋2筋走り、水面を照らしている。

誰からだろう。

裏返す。

save me. 

                       T. Shindo         


つばき、これじゃあ分からないよ。

「助けて」って言いたいの?それとも、「保存して」?それは即ち「忘れないで」ってこと?

Tsubaki, tell me. Does this mean "rescue me" or "preserve me"?

英語で呟いても、答えは返らない。

辺りが暗くなる。文字がもう読めない。

最後のセミが鳴いている。






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