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2000年以降リリースアルバムのベストイントロソングトップ10、とその周辺(Hiphop部門)

⚠️めちゃくちゃ長いので気をつけてください。

1、Common 「Be」より"Be(intro)"

まず浮かぶのはこれだろう。
プロデューサーKanye Westによる弦楽器とシンプルな電子音が巧みな統一を保ちながらサンプルと混ざり合うビート。チープさと壮大さを併せ持った、どこか懐かしいようなサウンドだ。
そんなビートを1分以上たっぷり堪能させながら、Commonのシカゴ出身ラッパーらしい最高に詩的でコンシャスでハートフルなバースに突入する。

リリックの内容を要約すると、
Commonは死者の魂のような自由を求め世界中を旅したが、シカゴの夜を片時も忘れられない。
アメリカではブッシュは嘘をつき、9.11の報復はやまない。そんな現状を若者たちは、マリファナで鈍った目で見つめる。そんな世界を変えるには、娘の世代から変えていこう。彼女からキリストは復活するかもしれない。今の俺たちのArms(武器を持った腕)では空へは届かない。
思い出は心の中に、過去を振り返ることも遠い未来を見つめることもなく、与えられた今を、走ることなく、戦士のように歩き、生きる。焦らず、当然のような歩調で、"I just wanna BE."

1分間のワンバースでフッドや家族、仲間の大切さ、死生観、人生哲学、政治批判、コンシャスネス、若者へのエンパワメントというHiphopが果たすべき役割のほとんどを遂行している。
Commonの考え方はキリスト教より東洋哲学に近い。ちなみにNasも10代の頃、東洋哲学の本を読み、多くを学んだという。
ともかく、自分の中では間違いなくベストイントロソングだ。

2、Kendrick Lamar「To Pimp a Butterfly」より"Wesley's Theory"

The Beatles「Revolver」のイントロロ、"Taxman"を彷彿とさせるこの楽曲は、Boris Gardinerの楽曲の一部を引用し、「Every ni**er is a star」という黒人たちへの純粋で強力なエンパワメントから始まる。

しかし、曲調は一変し、アルバムを通して完成する詩の冒頭がJosef Leimbergによって読み上げられる。
そしてラップゲームをガールフレンドに例え、ガールフレンド(ラップゲーム)に振り回され、ノイローゼ気味のKendrickのコーラスに入る。

1stバースでは、教育を受けずして億万長者になってしまったステレオタイプのラッパーになりきってラップする。金、女、暴力。まさにこのバースの冒頭のように、"俺が(レコード会社と)契約したら、馬鹿みたいな生き方をしてやる。"

ここでThundercatとGeorge Clintonのリフレイン。"黒人に金をやるべきじゃなかったんだ。"
さらにはDr. Dreのブリッジ。"誰にでも(成功を)手にすることは出来る。難しいのは、それを維持することだ。"
イントロからゲストが豪華すぎる。

2ndバースではアメリカにおける資本主義の象徴、アンクル・サムになりきったKendrick。"欲しいものは全部買え。領収書なんていらないからな。"と誘惑し、"でもお前は経済学の単位をとってない。35歳までにWesley Snipe(脱税で逮捕された俳優)のようにお前のケツを(重税で)スナイプしてやる。"と脅しかける。

重ねてThundercatとGeorge Clintonのリフレイン。Kendrickを大仰に賞賛しながら、"俺の心を渡る時は、左右を確認しろよ。"とKendrickに強く期待しながらも、ガッカリさせたら分かってるよな?といったふうに語りかける。これが黒人たちの英雄、Kendrick Lamarに重くのしかかる重圧だ。
そんな中でも容赦なく、"Tax man comin’"

黒人へのエンパワメント、制度化された社会の仕組み、アメリカという国、成功とその重圧、鬱やノイローゼ。Hiphop史上最高傑作との呼び声が高い「To Pimp a Butterfly」で扱われる題材があらかじめ提示されている。これぞイントロダクションである。

3、JAY-Z「The Dynasty: Roc La Familia」より"The Dynasty(Intro)"

JAY-Z自身も"Intro alone…"と評するアルバムのイントロ。
JAY-Zのバースはどれもヤバすぎてなかなか甲乙付け難いが、この楽曲のリリックはトップ10には入るだろう。

まずJAY-Zは"自分はDynasty(支配者)だ。未来永劫、世界中全員俺についてこい。"と宣言する。
さらに"俺はネックレスとドゥーラグをしたStevie Wonderだ。"と言い、視力がなくとも直感が働く。また、黒人たちの危険と隣り合わせの短い人生を高速道路に喩え、そのただ中に身を置きながら、それを10代の頃から見抜くほどの鋭い感性を持っていたという。こういった物質主義的なところから離れたフレックスは、なかなか今の若手にはできないのではないか。

またアメリカを代表するコメディアンBill Cosbyの息子、Ennis Cosbyが強盗に失敗したウクライナ系移民の白人によって射殺されたことを引き合いに出し、(Bill Cosbyは黒人の地位向上のために教育の重要さをしきりに説いている。また、Ennisは高速道路で射殺されたため、先ほどの比喩にかかっている。)"彼のような黒人の話を聞くと、塹壕の中にいるような気持ちになる。"(黒人の現在の立場を塹壕と表現し、銃撃から身を守るための塹壕は、彼の死因にもかかっている。)と語る。

"黒人たちは冒険的な生活(危険なその日暮らし)を強いられ、かつ出費を心配しない。"そしてJAY-Z自身も"氷点下の中(黒人への世間の冷たい風当たりの中)、勇敢に生きている。ヒーローでも父親のような存在でもないが、(生活のために犯罪を強いられるような)黒人たちを、赦していかなければならない。"
そんな使命を背負ったJAY-Zは、"飢え、心を暗くし、肝臓に影を落としそうだ。"(JAY-Zの父親は酒の飲み過ぎによる肝不全で死亡している。JAY-Zも重圧に耐えかね、やけ酒で肝臓を悪くしてしまうのではないか。)

"それでも冷静さを保ちながら、どんな手段を使ってでも、もっと金を稼ぐ。"(brokeだった過去に合わせ、マルコムXの有名なスピーチを引用しながら。)
しかし、"マルコムXが持っているようなコーランやイスラム教の聖典は黒人の腕のタトゥーでしか読んだことはない。"(ちなみにbiggieの腕にもコーランを引用したのタトゥーがあったそうだ。)
"俺はタトゥーを入れ、無宗教のように進む。"(タトゥーはイスラム教やユダヤ教で禁止されている。)
JAY-Zは自身の宗教観について多くを語らないが、以前"俺はクリスチャンではない。しかし、神を信じている。"と発言している。

"黒人たちは夜明けだというが、俺は迷信深い。"(Stevie Wonderの楽曲「Superstition」を引用しながら)
"クソなことは暗いままだ。お前の予想通りになることは何もない。"(Nasのアルバム「Nastradamus」を揶揄。改めてアルバムタイトルはめちゃくちゃダサい。)

"ビスケット(銃)と共に行動し、不審な動きをする黒人の心臓を止める。"(これがストリート流である。)"これがfood for thought(思考の糧)だ。お前は皿洗いだ。"(銃を表すスラング、ビスケットにかけてfoodを使ったイディオム。また、JAY-Zのfood for thoughtを受け取るためには、皿が必要になるというライン。)

この楽曲だけでもパンチラインとメタファー、ライム以外のかけ言葉が多すぎて取り上げきれない。それほどJAY-Zはリリカルだ。いや、JAY-Zこそがリリカルだ。例えばLupe FiascoやLil Babyは決してリリカルではない。ちなみに日本でいう宇多田ヒカルやKOHH、ZORNもリリカルではない。リリカルの意味を知りたかったら、KendrickやJ. Coleも良いが、まずJAY-Zを聞くべき。

ビートについては正直そんなに好みではないので省略。

4、Kanye West「My Beautiful Dark Twisted Fantasy」より"Dark Fantasy"

まず、この歴史上類を見ないとんでもない傑作は、あのTaylor Swift事件の後に制作された。優れた作品を作るには、幸せであってはいけないと感じる。イカれていなければいけないと感じる。(例えば「The Big Day」は、幸せでありすぎてしまった。Chance自身が満ち足りてしまっていた。正常すぎた。)

チャーリーとチョコレート工場の著者、Roald Dahlのおとぎ話のパロディ「Cinderella」より引用され、いい意味で下品に改変された文章をNicki Minajが激しく読み上げる。「カニエ・ウェスト論」の著者曰く、Roald DahlとKanyeの2人がかりで、"おとぎ話を陵辱している。"
シンデレラに登場する王子を、Kanyeが得た名声になぞらえ、王子の残虐性と名声の暴虐性とを重ね合わせる。(王子はシンデレラの義姉を冷酷に斬首した。)名声をワックで陳腐で最低につまらないものだと断定し、それはアルバム全体のテーマのひとつにもなっている。

ここでJustin VernonとTeyana Taylorが名声の暴虐性とKanyeの野心になぞらえ、"私たちはもっと高く飛べるのかしら?"と合唱する。キャリア最悪の風当たりの中で、このコーラスはKanyeの強がりにも聞こえる。

バースに入ると、日本の歌手、梶 芽衣子の楽曲「銀蝶渡り鳥」をサンプリングしたビートが流れ出す。これはKanye Westプロデュース。(確か日本のレコード会社から訴えられたらしい)とんでもないセンスである。
1stバースでは、シカゴに戻ってあれこれ思いを馳せながら、傲慢でふざけた口調のラップをする。Kanyeはこうした"傲慢さや強がりの中に勇気を見出した。"KendrickやJ. Coleが内省によって得た勇気を、Kanyeは物質主義やマキシマリズムやエゴイスティックによって得た。
Kanyeが、神の奴隷が、自我の奴隷に立ち返る瞬間、エゴを取り戻した瞬間、この瞬間すでにこの作品は傑作だと判断できる。(Kanyeは隷属なしの自由が存在しないことを知っている。だから奴隷制は選択だったなどと発言してしまった。)

2ndバースでも本心か強がりか判別がつかないようなリリックを吐く。自身がリーダーだと認識しているKanyeは、とりわけ若者の魂を刺激し、エネルギーを再び取り戻すためにはどうすればいいかと問いかける。しかし。"私たちは無知であることを辞め、敵を殺した。"つまり、もう問題は残っていないと信じている。
だからKanyeは、世間の無理解や鬱、共感性による痛みがなくなるまで酒を飲んだ。しかし、これでは悪化する一方だ。
なにがともあれエンジンに点火し、冒頭で触れたムルシエラゴのエンジン音を響かせる。

しかし、その後のブリッジでは、"空をサギが埋め尽くす。クライスラー(アメリカの自動車名)の中に悪魔を見た。"と続き、アルバムの暗い側面が密かに暗示される。そしてこれはエジプト神話における光と善の象徴であるサギと悪魔を対比させている。さらに、アウトロにサンプリングしたアメリカのソウルミュージシャンGil Scott-"Heron"と"herons"(サギ)もかかっている。その上、車名のチョイスはChryslerとChristをかけている。ここでもスーパーリリカル。

ファッショニスタの彼女にアソコをたっぷり舐められたと言ってみたり、セックスは最高だと言ってみたり、俺の曲が入ってないDJは馬鹿か?と言ってみたり、言葉遊びやかけ言葉を豊富に交えながら、"俺は一体なにを知っているんだ?"やら、アメリカを本気で変えようと思索する文言を残しながらラップする。これがKanyeだ。ユーモアに溢れ、知的で偏屈で気分屋でエゴイスティックでありながら、本気で世の中を変えようとし、人の痛みを知る男である。(Taylor Swiftの気持ちは考えられなかったが、躁鬱による発作的なものだから仕方がない。)

現在Kanyeが精神的に安定したのは良い事だが、やはり私がKanyeに求めるものは、エゴイスティックで、美しく、ある程度陰鬱で、ひねくれた、幻想のような音楽である。「DONDA」はアルバムとして見れば、あまり良くなかった。そのため、個人的に「DONDA 2」もあまり歓迎しない。
芸術家の精神を鑑みない私のようなエゴイスティックでひねくれた鑑賞者の声を、今のKanyeは理解してくれるだろうか。

5、Kanye West「The Life of Pablo」より"Ultralight Beam"

アルバムタイトルが「パウロの人生」とあるように、新約聖書における"神の御光"についての楽曲。
この楽曲は、子供と牧師の信仰についての説法、そこに重なるKanyeのハミングから始まる。ビートは神々しいが、過剰ではない。

Kanyeは、"私たちが神の光に包まれることが神の夢である。それが全てである。"と語り、静寂と平和と愛を求め、信仰を突き通すことを誓う。

また、Kelly PriceとChoirのバースでは、パウロを啓蒙するイエスのように、弱いものを迫害せず、光の導くまま、正しい道を行くことを促す。

そしてなによりChance The Rapperのバース。ユーモアとバイブス、知性と信仰とを感じる素晴らしいリリックだ。
"自由にやる。バーは超ハード。俺のパートだ。誰も喋るなよ。俺の微かな光は、神の栄光だ。みんなをまだ見ぬ場所へ連れていく。"とたっぷり自信を見せる。
また、"イントロに間に合わなかったら、アウトロにでもしてくれ。"と、さらなる自信をのぞかせる。
最後に"俺はただ楽しんでる。俺たちはその気持ちを失ってた。誰もこの光を邪魔出来ない。シカゴ79番通りから来たこの俺を見てろよ。"と胸熱なリリックで締めくくる。
(ただ、"I met Kanye West, I’m never going to fail."はまずかった。なぜなら「The Big Day」はめちゃくちゃ失敗したから。なんとか復活して欲しい。去年YouTubeのみ(?)で公開されたシングル「The Heart & The Tongue」は素晴らしかったのでぜひ聞いて欲しい。)

最後はKirk FranklinとChoirによるアウトロ。
満ち足りない人、ひどく苦しんでいる人、ごめんなさいと言いすぎた全ての人へ祈りを捧げる。Faith, more, safe, war(信仰、前進、平穏、内省)が必要なんだと語る。

カニエ自身がゴスペルアルバムになると宣言した通りのイントロであるし、内容も実際その通りなのだが、曲が進むにつれて、イントロのクリーンさをいい意味で崩壊させる。それでいて全体の調和を保っているのは、このイントロでアルバムの全体像をやんわり提示していたことが要因だろう。

こういったゴスペル調のリリックは日本人には理解しがたいが、キリスト教における神、イエスは、苦しみを共にする神である。だから、いつだって人生の艱難を共にしてくれる大切な人程度に理解しておけば解しやすい。創造主信仰をされたらお手上げだが。(個人的に創造主としての神を信仰するのはどうしても理解できない。人種差別ひとつとっても、ここまで不条理で不出来な世界を創造した神は、どちらかといえば呪われるべきだろう。)

6、Drake「Nothing Was the Same」より"Tuscan Leather"

まず、長い。イントロとしては異常なほど長い。6分6秒ある。しかし、Drake史上最高傑作とも言われるこのアルバムの長いイントロは、決して冗長ではなく、アルバムに対する期待感を最高まで高めてくれる。

ビートは、Whitney Houstonの超名曲「I Have Nothing」を大胆にサンプリングしたビートだ。バースは長すぎるのでかなりかいつまむ。

まずはレコードのセールス自慢から始まる。実際、現在もDrakeより"売れてる"ラッパーはいない。
"この曲はラジオには向かないけど、それでもラジオでかけるだろうね。なぜなら新生Drakeだから。それが正解だ。"と自信をのぞかせる。"コーラスなしで一日中エアプレイ。それを続けるよ。"と6分6秒でコーラスすらないというDrakeが好きではない人にとっては絶望的な宣言をする。
"高みに到達した俺はフッドのためにラップする。""俺は底辺から成り上がって、今ここにいる。俺は俺がどれだけ金持ちかなんて言わなくてもいいほど金持ちだ。"とベタではあるが、熱いバイブスを感じる1stバースだ。

2ndバースはNickiとの断絶、ビーフについて、自身の失敗や不安、不満などマイナスな部分にも触れる。
"レーベルはなにも教えちゃくれない。書類作成が遅すぎるし、多分俺のことを理解してない。でもそうしなきゃなら妥協する。Nicki Minajとも話さない。コミュニケーションは崩壊してる。"DrakeとNickiはレーベルメイトであり、MV内で結婚するほどの仲だ。それほど親しい2人が会話を交わさないほど2人は有名になり、忙しい。
"俺は間違いを犯した。俺は正直者だ。だからそれを認める。(Nickiは)俺がトリップしてる(間違いを犯してる)時にそれを咎めてくれる存在なんだ。だから彼女が必要なんだ。"と誠実に語る。とてもBillie Eilishにクソキモリプライを送るような男には見えない。
さらにビーフについて。"誰が俺をディスってるか教えてくれ。お前がどう思ってるか知らないが、俺はクソ忙しいからメッセージでも残しておいてくれ。"これは主にPusha Tへの牽制だろう。
"完璧主義者に生まれて、その強迫観念もある。最近はプレッシャーから解放されたようだね。"と自分を鼓舞し、"今から10年後に誰が残っているか楽しみだ。"と再びビーフ相手を牽制。ここで2ndバースは終わる。

3rdバースは冒頭からリスナーの思いを代弁してくれる。"こいつはイントロにどんだけ時間をかけてんだ?"まぁ、完璧主義者だから仕方がない。
"俺はバーを設置し、リンボーダンスみたいにその下を他の奴らは落ちていく。"(Drakeを基準にしたら他のラッパーたちはその基準に達することはできない。その様子をリンボーダンスに例える。また、優れたリリックの一文をBarというため、それにもかかっている。)
"家族が大事だ。90年代のファンタジーが心に浮かぶ。しかもそれは、俺にかかればそのうち実現する。"
"俺はただ自分を受け入れろと言いたかった。誰かに自分の存在を証明する必要もない。もし助けが必要でも、俺なら助けてやれる。"と熱いコンシャスなリリックをもって、6分6秒かけてようやく結論を提示する。
そして最後にもう一度、"こいつはイントロにどんだけ時間をかけてんだ?"

最後はCurtis Mayfieldの朗読。
"もし地獄があるのなら、そこでまた会おう。
願わくば、なにか少しでも繋がりを。私たち全員が同じ恐怖を感じ、同じ涙を流すような。そしてもちろん同じように死んでいく。だからといって、いい人生を送れないという訳ではない。
だから最後に何か、私たちみんなのために、考えるための糧を与えたいと思います。"
(奇しくもまたfood for thoughtが出てきた。)

最新作「Certified Lover Boy」のイントロとアウトロも良かったが、イントロだけならこっちだろう。ちなみに「Certified Lover Boy」は音楽好きからめちゃくちゃ酷評されている。個人的には好きだが。

また、Kanyeと和解した今、DrakeとPusha Tのビーフはどうなるのだろう。「DAYTONA」で、Pusha Tはゴーストライターの存在を示唆して、"Nasみたいな歌詞だ。"と言ったが、もし本人が書いたものだとしたら、この上ない褒め言葉だろう。実際DrakeとPusha Tはお互いアンサーのスピードが早すぎるため、ちょっと商業感も否めない。


7、Kanye West「ye」より"I Thought About Killing You"

Kanyeが昔から患っているBipolar(双極性障害)についてのアルバムだが、この楽曲は、それを一曲で表現する。

まず、おぼろげでくぐもったようなビートにのせ、詩を朗読するようにKanyeのバースに入る。
Kanyeは冒頭で、"美しい思考ほど、暗闇と隣り合わせ。"つまり、美と悲劇の両立について語る。そして、本気の自殺願望を打ち明ける。Kanyeは自分自身を客観視し、"自分自身の計画的殺人"を企てる。ちょうどこの頃、Kanyeはオピオイド中毒だった。それほど肉体的にも精神的にも参っていたのである。
自殺の理由については、"俺はお前より俺を愛しているからだ。"とナルシスティックで最高にKanyeらしい回答をする。
重ねて、"愛する人を殺せばいいだけだ。"と病的でねじ曲がったナルシズムを告白する。

クリスチャンであるKanyeにとって、自殺願望を口にすることなど当然タブーだ。だが、他人を顧慮せず、"それを口に出して、どんな気分になるか知ってごらん。"と促す。

"悪い印象を与えないために、良いこと言って埋め合わせしようと考える。けどたまに、本当に悪いことを考えるんだ。"と、まだクリスチャン的な良心も捨てきれずにいる。
"俺がこの気持ちをみんなに共感してもらおうとするなら、みんなが抱える共通問題、「自分を愛することに悩んでいる」とでも言っただろう。でも、そうじゃない。"Kanyeが抱える問題は、自らの尊大さに、世界が追いついていないという点だ。自分より自分を愛する人がおらず、自分より愛することが出来る人もいないのだ。

"みんなに伝えた。「俺はおかしくなっちゃいそうだ。」眩しいけど、太陽は沈んだ。爆音で、何も聞こえなくなった。大声で叫んで、肺は潰れた。傷ついて、麻痺した。"
"太鼓の音を響かせろ。パラッパッパッパン(ここの太鼓の擬音が気持ちいい。)オートチューンを効かせて、ピッチを上げろ。"
"悪いことが何日も続いて、悪い癖が抜けずに、床を灰皿に使ったりして。中途半端はしたくない。金も記憶も全部まっさらにしてやりたい気分。"
精神病特有の癖やこだわりがいつまでたっても抜けずにいる。バランスや中庸を知らず、極端でしか生きれない。これはKanyeだけでなく、多くの精神病患者がそうだ。

そして、"自分の名前だけは後世に残したい。先祖にかけて。"と宣言したここまでが鬱パートだ。その後に曲調はガラッと変わり、躁パートに入る。

"違うルールに従うぜ。俺の時代だ。俺たちはみんな生まれて死んでいくんだ。なぁ、DOA(dead on arrivalの略)さ。"
Kanyeはまず、この世に生まれた瞬間に死が確定することを示唆する。
そして今までの自殺願望はどこに行ったのか、Kanyeらしいゴッドコンプレックス全開のパンチライン、"俺がもしこんなにも強く輝いてなかったら、影は存在しないだろう。"
続けて"ライブ会場がめちゃくちゃだから消防署に金を渡せ。ステージで怒り狂う俺をみんなが見たがってる。"
"お前らは俺について話すだけで良い。(Kanyeの悪口を言って)Frito-Layのポテチみたいに歯が欠けないようにな。"(tooth chippedと2種類のポテチを製造する企業「Frito-Lay」を引き合いに出し、two chipsとかけている。)

リリックの完成度が高すぎてほとんど要約なしの和訳になってしまった。Kanye Westとはどんな人物かと聞かれたら、この楽曲を提示してあげるだけで良い。そのくらいKanyeの良さが存分に生かされている。
一曲でアルバムカバーの文言「I Hate Being Bipolar, It's Awesome.」を全て説明しきりつつ、こんなにも不安定なKanyeがこれからどうなってしまうのか、アルバムへの期待が高まる素晴らしいイントロだ。

余談だが、自殺が悪とされるのはなぜだろう。それはキリスト教右派の影響もあるだろう。アメリカ社会の俗悪のいくつかは、福音派の人々によってもたらされている。本来、何人も他人の命を所有することなどできない。首吊り台で苦しんでいる人を見て、そこから引きずり下ろすのは、想像力の足りない偽善者だと感じる。
自殺を考える人間と、それを考えることなく生きていけるように生まれた人間とには、大きな壁がある。そうでなくとも、他人と自分の間には、無限の隔たりがある。それを理解しなければ、差別や偏見はなくならない。憎しみは増え続ける。
特に、同性愛差別にかなり昔から反対しながら福音派のKanyeを、矛盾だと思ってしまう。

しかしなにがともあれ、Kanyeはトップだ。No.1だ。なぜなら一番金を稼いでいるから。Hiphopとは、そういうスポーツだ。

8、Meek Mill「Dreams and Nightmares」より"Dreams and Nightmares"

こちらも優れたイントロといえば、で思い浮かべる人も多いだろう。Meek Millは往々にしてイントロが良い。イントロが、良い。(決してイントロ"は"、ではないが、最新作「Expensive Pain」もそうだった。)アルバムの中身に触れずとも、イントロの楽曲だけでほとんど完全に完結させているのも要因だろう。

ちなみにクラブヒットらしいが、流れたら後半ずっと盛り上がり続けなければいけない気がする。
ビートは前後半でスイッチする。前半はピアノの旋律が美しいビート。後半はピアノでぶっぱなすような激しいビート。

1stバースでは、Meek Millはハスラーとして金を稼いでいたが、すぐに手錠をはめられた。"夢が広がっていくのを見ていたが、実現するのは悪夢だけ。"そんな日々を脱するため、ラップゲームに生涯身を置くよう覚悟を決めた。
"周りは俺が行き詰まったら喜び、歩き始めたらヘイトした。それでも金のためにひたすら進む。""車や女も手にした。ヘイターにはRIP。とにかく必死でやって手にしたんだ。"と語る。

そして2ndバース。ビートは激しく、もう要約の必要もないくらい「俺金女フッド敵」について多様な比喩を用いてラップする。リリックもフロウもとにかく痺れる、モチベーティブな楽曲だ。

アルバムの内容については「Championships」の方が優れているため省略。


9、J. Cole「2014 Forest Hills Drive」より"intro"

J. Coleプロデュース。この楽曲は純粋にアルバムのイントロダクションとして制作されている。アルバムを通して自由、幸せ、愛についてラップする。
何度もリフレインしながら、"幸せになりたいか?自由になりたいか?"と問いかける。

"傷や痛みから解放され、自由に歌い、牢獄からも解放され、仲間を解放し、どこへでもいける。ブロックには弾丸が、ストリートは冷たいところだ。それぞれがそれぞれを自由に愛し、支払いからもドラッグからも解放される。みんなで騒いで、スピーカーを轟かす。人生は辛いが、自分の魂を飲み込めば、気持ちを晴れやかにしてくれる。飛び方を学び、星に手を伸ばすんだ。ゆっくり時間をかけて、振り返ってこう言おう。「見ろよ。こんなに遠くまで来たんだぜ。」と。夢が叶うと人は言う。夢が実現したその時は、素晴らしい瞬間なんだ。"
と感動的なバースを吐く。

そしてまた、"幸せになりたいか?自由になりたいか?"と問う。
その答えは12曲目「Love yours」に示される。

このアルバムはおそらくほとんど誰もがJ. Coleのベストアルバムと言うと思う。しかし、あまり注目されていない。Hiphop史上最もハートウォーミングなアルバムだろう。

10、Earl Sweatshirt「Some Rap Songs」より"Shattered Dreams"

Earl Sweatshirtがあまり知られていなさそうなので一応補足する。
Odd Futureのメンバーであり、UCLA教授の母親と、南アフリカの著名な詩人である父親から生まれた異色のラッパーであり、リリシストであることを宿命づけられたサラブレッドだ。

このアルバムはそんなEarl Sweatshirtの最高傑作である。内省の果てに、言表しがたい思いの丈をアルバムにぶつける。
この楽曲はThe Endeavors "Shattered Dreams (Stop)" (破れた夢)と、アメリカの小説家James Baldwin "The Struggle" (闘争)と題した講演を一部サンプリングしている。

この楽曲は、"Imprecise words"(不正確な言葉)というワードから始まる。前述の通り、言語化できないほど強烈な想い、苦しみ。それがこのアルバムを貫く大きなテーマだ。
始めのコーラスはまず、"俺は本気でやってる。だから(金や賞賛を)手にしたんだ。"と言う。
"マスクオン、マスクオフ、トリックアトリートだ。"(ギャングや強盗を子供のハロウィン行事に例えている。)
"すっこんでる。よそよそしい。あと貧血。"
Earlは人付き合いをせず、貧血に悩まされている。このようにEarlは言葉数少なく、含みを持たせるリリックを好む。
"散弾銃を頭にぶっぱなした。なんで誰も俺が血を流してるって教えてくれなかったんだ?"Earlは強力な鬱や希死念慮に襲われていたことを告白する。
"助けを乞うが、誰もこの夢から俺を救ってはくれない。"
"俺の汚れた水を飲むやつらに平和を説いたが、誰もそれを綺麗にしようとしない。"(dirty water=アルコール。アルコール依存性についての言及)
"どうして誰も俺が沈んでいることを教えてくれなかったんだ?ここから抜け出すことが出来るなんて誰も言ってくれなかった。"ここで少しだけ希望が垣間見える。
"俺たちはまた勝利する。内側に映るものに。"彼の内面の葛藤について言及。
"抜けた歯が床に落ちているのを見た"(歯が抜ける夢は夢解析において心身ともに疲れ切っている時に見る夢らしい。)
"準備して、裁判をする。盗人に(知的財産を侵害することの)停止命令を送る。"他のラッパーへの挑戦状か。

また、Earlは人種差別を"血の中で泳ぐ憎しみ"と表現し、親から子へ受け継がれていくものだとも主張する。
"こっちへ来て泥の中を散歩しよう。"Earlの人生は、(ひいては精神病を始め、様々なハンディキャップを持つ人間たちの人生は)周りの人間が舗装された道を当たり前に歩いている中、泥の中を歩くようなものである。その不条理を嘆く。
"ボートに穴が空いてたって俺たちは騒がない。"
このフレーズは黒人の奴隷船を示唆すると同時に、(人種差別を始めとした)穴だらけのアメリカ社会という船の上でも、自分たちは悲しいほどの忍耐と強さを持ち合わせていることを表現する。

そして最後に一言、"Uh, chosen"
Earlは選ばれし者だ。選ばれてしまった者でもある。芸術的な才覚には、不幸がつきまとう。このEarlの一言には、太宰治が処女作品集「晩年」の冒頭の作品「葉」で引用した、フランスの詩人ヴェルレーヌの詩を思い出す。"選ばれてあることの恍惚と不安、二つ我にあり"

全体を通してここまで言葉足らずなのは、リスナーを信頼しているのか、もしくは自分にさえ分かればいいという根っから芸術家気質なのかは定かではない。
イントロに示されたように、とにかく信じられないほど暗いアルバムであることは間違いない。
しかし、始めに言っておくと、このアルバムは爽やかなインストルメンタルで終わる。まさに"Imprecise words"。言葉では伝えきれない想いを、サウンドに乗せる。そのアウトロが、新しいアルバムがリリースされた今でもなお、Earlの楽曲の中で最も聞かれている。

個人的にアウトロのインストルメンタルといえば、Buddha Brandの「Nostalgy 241169」がまず思い浮かぶ。そっちも聞いてみて欲しい。

おわりに

ここまで読んでくれた方、本当にありがとうございます!
一応今回取り上げた楽曲のSpotifyプレイリストを貼っておきます。これを聞いてぜひフラストレーションを溜めてください。
そしてアルバムを頭から最後まで通して聞くという経験をあまりしたことがない人は、ぜひこれをきっかけにアルバムを流れで聞いてみて欲しいです。

本業(?)というか、普段よく書く文章は哲学と倫理と文学のことなので解釈違いがあったり、蛇足が多かったり、興味のない考えの押し付けもあったかもしれません。すみませんでした。適宜読み飛ばしてください。と一番最後に書いておきます。長々とすみません。ありがとうございました。疲れました。

https://open.spotify.com/playlist/5bBzMpiPuLqBR08QfCTnqC?si=9xjguHVlQNW_slrZ5n3IeQ



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