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千人伝(十六人目~二十人目)

十六人目 月山

がっざんではなくつきやまと読む。
昔々、月が生まれては死んでいた頃、落ちた月が溜まっていた山の麓の住人が祖先だという。
「そんな事実はない」と言われれば「天文学者が生まれる前の話だから」と詰問者を煙に巻いた。

そのせいか月山は夜空を見上げない。
「祖先が見た月ではないのだから」というのが理由らしい。
そのくせ昼に見える月に向けては、恋人のような視線を向ける。

十七人目 キボ

キボは夢を見ていないという夢を見ている。
キボは傍目から見ればベッドの上で目を開けてじっとしているだけだ。
時折キボは口を開き、夢の内容を語る。
だが夢の中のキボは夢を見ているとは思っていないため、どれほど荒唐無稽な展開であろうと、立ち向かい、解決している。
全て過去形で語られるキボの話の中で、世界は三度滅んでいる。

もちろんキボの語っていることこそが本当だという可能性はゼロではない。
開き続けた目は視力を失っているはずだと医者は語る。

十八人目 准風

じゅんぷうと読む。体重が十キロに満たないが成人している。軽量の理由はほとんどの臓器と骨を外部委託して、必要な時のみに使うからだ。食事は半年に一度の僅かな流動食のみである。何か考え事がある時だけ脳をレンタル出来る仕組みが出来ないかと准風は思っている。
悩みを抱えたくないので脳などいらないと思っている。

性欲はないが、いつか風のような子孫が出来ればなと思っている。
そんなシステムを待ちわびている。

十九人目 連談

連談は人と人が話す間に生まれてきた。
他愛もない話であれ政治や戦争の話であれ、人から人へと話が繋がるうちに、合間にぽとりと落ちるように人が生まれることがある。

そんなわけで連談は噂好きだ。
どこそこの家の下には先代の家が埋まっているとか。
どこそこの屋根の上にはあらかじめ次の代の家を建て始めているとか。
聞く者もいないのに話し続けている。

敢えて人が興味を持たない話を続けるのは、自分のような者がもう生まれないようにするためだとか。

二十人目 田

た、と読む。
田の父は先祖代々耕してきた田を売り払ったので、田家の田はもうない。
田は田でありながら田がないという、アイデンティティ崩壊の危機に晒されながら思春期を過ごした。社会人になって金を貯めて田を買い戻すのだと決意したりもした。
熱病は一過性のもので、本当に大きくなった頃にはそんなことを考えたことすら忘れていた。

名は土という。
た、つち、というタ行だけで構成された名前であった。
歩く時にテテテテ、とか、トトトト、という音を立てた、ということはなかった。


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