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千人伝(十一人目~十五人目)

十一人目 伊島

伊島の声は高すぎた。ピアノの鍵盤でもカバーしきれないほどの音域を持っていた。コウモリや鳥ともよく話した。主に数学やピアノについて話した。だからコウモリや鳥は長く話を聞いてはくれなかった。

伊島はその特異な声域を生かして軍隊に強制的に入れられた。伊島の声を増幅・増強・増波して破壊兵器として軍部は活用しようとした。実験段階で軍の施設が一つ壊滅したために実用はされなかった。伊島は今も施設のあった島で鳥やコウモリと共に暮らしている。

十二人目 多壁

多壁は元は壁であった。
壁男、壁女は多数確認され、漫画や映画の題材にもなっている。人間が壁に入り込んで壁人間になったものもいれば、壁の中で生まれて外に飛び出した元・壁人間もいる。
多壁は多数の壁が集まって人の形を成して壁から飛び出したため、普通の人間よりかなり大きく、最盛期には七メートルを超えていた。
身体の一部が徐々に壁に戻っていってしまったため、最終的には随分と小柄になってしまった。

多壁は時々人間の姿のままで壁のように人の前に立ちはだかることもあった。
その度に跳ね除けられてしまったので、小さくなっていったのだとか。

十三人目 十三

十三はじゅうそうと読む。父は戦時中に出来た傷が戦後五年経ってから膿み始め、全身腐れ落ちてなくなった。そんな父の十三番目の子どもとして生まれた十三は、どんな小さな怪我でも数年後に腐れ落ちて死ぬ原因となると思い込み、父の死後家から出なくなった。
十三の母は父の死後忙しく立ち働き続けたため、子どもにあまり構うことが出来ず、十三が家から出ないのもそのままにしていた。

十三が家に籠もるのに反して十二人の兄姉は早すぎるくらいに独り立ちして、それぞれ十五歳になる前に家を出た。
数多い兄姉や、一人取り残されてようやく十三の存在を思い出した母などにより、途切れ途切れに面倒を見られることにより、十三は家を出ないまま、八十年生きた。

十四人目 山潟

山潟家の庭に湧いた温泉の中から飛び出してきた人物について書く。名前は付けられていなかったので仮に「山潟」のまま記す。
山潟は湯の中から生まれたためか、常に高い体温を保っていた。触れた誰もが高熱の病だと勘違いした。本人は至って健康で、何も食べずとも、温かいお湯に入れば生きることが出来た。温泉に限らず、ヤカンの湯を浴びても、火傷一つせずに美味そうな顔を浮かべるのだった。

だが冷たい水が苦手で、海を巨大な温泉と勘違いして飛び込み、浮かび上がって来なかった。

十五人目 安波

十四人目に挙げた山潟の、飛び込んだ海から少し離れた海岸で生まれたのが安波である。砂浜に埋もれていた海亀の卵に、人間の胎児が混ざっており、周囲の卵が孵るのと同時に安波も産声をあげた。山潟を追いかけてきた山潟家の隠居が、山潟を諦めて安波を連れ帰り、孫娘として育てた。十二歳の時に海に帰ったが、毎年海水が一番温まる日に山潟家へ帰ってきた。隠居が亡くなると次の年からは姿を見せなくなったという。


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