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恒川光太郎「竜が最後に帰る場所」

「もっとも自分らしい物語の揃った特別な自信作」と著者自ら述べる(文庫版解説より)短編集。自分らしい物語を書ける、短編集を出し続けられる、という幸福な著者。それだけの質・量を兼ね備えた仕事を続けてきたということだ。尋常ではないエネルギーを、執筆に注ぎ続けてきたということだ。

 物語の大半が電話越しの相手とのやりとりという『風を放つ』。限定的な設定は想像力を羽ばたかせる。夜勤アルバイトと社員とのひりひりした関係が胸に来る。

『迷走のオルネラ』で少年時代の主人公が、DV男に殺されそうになる一場面 

 外は蝉時雨だった。何軒か先の家のベランダで布団を叩いているおばさんがいる。我が家は戦争中だが、それを包む世界はなんとのどかなのだろう。(『迷走のオルネラ』より)

 自分の部屋から屋根に逃げた少年を、既に母親を刺し殺した男が、包丁を持って脅しながら追いかける。そんな時にも、周辺では日常が続いている。

「夜光様」あるいは「ガイドさん」と呼ばれる、夜に歩く女性に付いていくと、今の世界とは少し違った別の世界の町に連れて行かれる、という『夜行の冬』。最初の人生では二人の息子がいた女性は、どれほど町を巡ろうと、同じ息子達には出会えない。だからまた夜行を繰り返す。

私はいつも他の何かで、どれほど歩いてもシゲトシとユウヤは返ってこない。ああ、シゲトシとユウヤは奇跡だったんだなってようやく気がついたわけね。
 まあ諦めてはいるけれどさ、こうなったら歩くしかないじゃないって思うのわかる?(『夜行の冬』より)

 重要なネタバレになるから書けないが、一生忘れられないようなシーンのある『鸚鵡幻想曲』。いきあたりばったりで書いたと作者談。いい方向に転がっている。

「竜が最後に帰る場所」とは『ゴロンド』に出てくる言葉。「○○が最後に○○場所」というのはいろいろと応用が効きそうだ。小説が最後にたどり着く場所、詩篇が最後に焼かれた場所、句点が最後に置かれた文章。




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