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千人伝(四十一人目~四十五人目)

四十一人目 阿見湖

あみこ、は湖に沈んでいたところを引き上げられた。持ち物からして五十年以上前に沈められた阿見湖であったが、まだ息があり、人工呼吸により蘇った。湖に沈んだ十代当時のままの姿かたちで、その後平凡に生き、恋などもした。
ただし血液は全て湖の水に取って代わられていたため、どこか切ると出てくるのは透明な水だけなので、傍目には怪我などしていないように見えた。
貨物機から落下した一本の万年筆が頭蓋を貫くという不幸な事故により阿見湖は亡くなる。倒れた彼女の周囲に広がる水を見て、近くにいた人は誰もが上空から水が降ってきたのだと思い違いをし、彼女が致命傷を負っているとは気付かなかった。

四十二人目 鷹貝

鷹貝は、鷹が飲み込んだ貝の中に、偶然人の卵が入り込んでいたために、鷹の尻から貝殻を背負って生まれた子どもである。実際には鷹や貝の血を引いているわけではないのだが、鷹貝を生んだ鷹は自分の子として育てた。貝殻が小さくなれば、大きな貝を取ってきて与えた。
卵生人であるから羽根は生えず、飛ぶには自力で高く跳ねるしかなかった。生みの親である鷹を追ってぴょんぴょん跳ねる鷹貝の姿は、明らかに貝が邪魔をしているように見えた。
卵生人の寿命はもってせいぜい十年であるが、貝で身を守ることが出来たからか、鷹貝は二十年生き、美しい鷹と愛し合い、何度か卵も生んだ。しかし何も生まれなかった。

四十三人目 月村

月にある人口七人の村から来たので月村と名乗っているのだという。
七人の内訳は月村の両親、月村の祖父母、月村、であるので、家族だけの構成であった。
「他の家族はどこにいたの?」と聞くと
「月に村は一つしかない」と答える。
「君の両親はどうして出会ったのか?」と聞くと
「そういう時期になれば人は月面から生えてくる」と答える。
「それでは両親や祖父母とは言えないのではないか?」と聞くと
「両親も祖父母も私より後から生えてきた」と答える。
「どうして月を離れたのだ?」と聞くと
「ある時月面から私が生えてきて、私はもう月にいらなくなったのだ」と答えた。

四十四人目 サ音

さおんは美しい声で主にサ行だけを用いて喋る。
「ササ、詩、すすー、せっそ!」というような具合に。
意味になろうとするその手前で言葉はいつも断ち切られる。
他の言葉が話せないわけではないのだが、サ行以外だと美しい声にはならず、どのような言葉も残念な響きと残念な意味を持ってしまう。
それならば、とサ音は美しい響きを優先して、今日も意味から離れて言葉を発している。

四十五 グジラララ

グジラララは、軍人とゴジラとクジラとジラフと歌の混血児である。
当然のことながら身体は大きく、首も長く、声も大きい。通常の学校に通って育ったが、常に天井に頭がぶつからないように猫背で歩き、首を曲げ、意識的に小さい声で過ごしたために、内気な少年として育った。
父の中で軍人が一番嫌いであったので、軍歌は歌わなかった。クジラ以外の父は皆短命であったため、グジラララは常に海の側に住み着き、夏場の多くを海の中で過ごした。
海の中でなら人に遠慮することなく歌うことが出来たので、グジラララの歌声は世界中の海に響いた。恋は主にクジラとした。


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