「振り返ると平坦な道を歩いてきた過去の自分が見えた話」#シロクマ文芸部
振り返ると平坦な道を歩いていただけだった。遠く遠く、過去の自分が過去に歩いた道を進んでいるのが見えた。今の自分との間に壁はなく、山道も谷底もなかった。
キャラクターを意識した「殺され屋シリーズ」を書き始めたのをきっかけに、小池一夫「キャラクター創造論」を読んだ。その後、小池一夫対談集や、漫画原作についての話や、現在活躍している漫画家はどのように壁を乗り越えてきたか、などの本を読んだ。
私には子どもの頃から絵心というものが一切ないので、今更漫画を描こうというわけではない。漫画原作者や漫画家の仕事に触れながら、それらの言葉は、他業種に生きる人にとっても役に立つ、普遍的なことが書かれていると感じた。
「マンガで食えない人の壁」では、13名の漫画家にインタビューしているのだが、ほとんどの人が共通して言っていることが、「人との関わりを大切に」「描き続けること」である。サラリーマンになれない、普通の職業に就きたくない、人と関わりたくない、といったアーティスト志向で漫画家を目指したとしても、編集者とコミュニケーションを取らなければならない。締め切りに間に合わせるように仕上げないといけない。編集者に「ここはちょっと違う」などと指摘されても、指摘されたAの部分を言われた通り修正するだけではなく、なぜAの部分に違和感を感じさせてしまったのか、そこに至る経緯、別のBという部分がそもそもおかしかったのではないか、というところまで考えないといけない。
続編にあたる「マンガで食えない人の壁-プロがプロたる所以編-」の中での、甲斐谷忍✕栗原正尚の対談で、ハッとする部分がたくさんあった。
「ライアーゲーム」「ワンナウツ」などの作者、甲斐谷忍は「面白いアイデアなんかは、そうそう無い」と言い切る。50点くらいだと思うネタを、85点くらいに見せるのが漫画家の技だと。50点のネタでも、いいやと踏み切って勢いで描かないと、もたない、と。
100点満点のネタなんて思いつかない/思いつけないのだから、ある程度のネタでもよりよくするために、とりあえず書き始めるのが大事だと。
そして新人賞についての意見。
華々しく受賞した新人賞の作品がそのまま大きな賞を受賞して、大ベストセラー、といった夢物語は既に過去の話、それも過去の一部の例外だけの話であり、賞の受賞はスタートラインに過ぎない。漫画の場合で言えば、連載が決まれば毎週締め切りに19ページなりを仕上げていかなければならない。30ページの投稿作品に何ヶ月もあるいは何年もかけているようでは、プロでやっていけるはずがない。「デビューすれば編集者が勝手に育ててくれて、プロらしくなっていく」なんてのは他人任せの幻想である。描き続け、人のアドバイスを素直に受け入れつつ、自分の味も出していく。原稿は依頼注文が来て初めて仕事が成立する。自分の作りたいものだけ作れるわけではない。三十代、四十代になったサラリーマンの年収と同じくらい稼げている漫画家は数少ない。覚悟、継続力、人との関わりを避けていたら、プロなんてなれない。続かない。そういった話が繰り返し説かれる。
私自身を鑑みれば、「マイペースで書けること」を優先してきた。過去、自作が認められていた時期を過大評価して、一定の質を見抜ける目ができたと思い上がって、冒険心やいろいろな挑戦を怠っていた。シロクマ文芸部に参加して、毎週のお題でいろいろな種類の文章を書くうちに、マイペースで自分の内部から出てくるものだけに頼っていた時には書けなかったタイプの話が出てくるようになった。
自分の中で締め切りを作らず、投稿作をなかなか仕上げようとしないアシスタントに向かっての言葉。
意識的にこれまで書いてこなかったジャンル、使わなかった手法、そういうことに挑戦しつつ、自分の持ち味も消さない。そのような書き方を続けていけば、「これが自分の形である」でストップせず、坂道を登っていけるのではないか。振り返ってみれば、過去の自分と今の自分が同じ平らな道にいるのではなく、気づかなかったけれど少しずつ坂道を登っていたのだ、と思える日が来るのではないか。
というわけでとりあえず、何かしらの文章をシロクマ文芸部の締め切りに合わせて書くことは続けようと思った次第です。
(了)
シロクマ文芸部今週のお題「振り返る」に参加しました。
道っぽい曲、ということで、くるり「ワンダーフォーゲル」を聴きながら書きました。
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