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恒川光太郎「真夜中のたずねびと」

 これまで読んだ恒川光太郎作品の内、長編では「金色機械」、短篇集ではこの「真夜中のたずねびと」が一番だと思う。先頭に置かれた『ずっと昔、あなたと二人で』のラストを読み終えた瞬間、しばらく身動き出来ずにいた。それまでにあった色々なストーリーが全て、一枚の絵画のようなシーンに集約される。その場面に、主人公はいない。置いてけぼりにされた主人公は、絵画から、物語から離れて、現実世界で生き始める。その後の短編にもチョイ役で出てきたりもする。

 
 玄関は鍵がかかっていたので、庭にまわった。
 庭に面したガラス戸にも鍵がかかっていた。
 ガラス戸の向こうには老婆がいた。ケースからとりだしたリョウコちゃんを胸に抱いて、居間で目を瞑っていた。
 老婆は化粧をしており、口から血の筋がでていた。テーブルの上には大きなケーキが皿に載っていた。
 それは一枚の完成された絵のようで、もうアキの入り込む余地はどこにもなかった。
(『ずっと昔、あなたと二人で』より)
 


 人殺しの父と、父に依存していた母、生まれながらに犯罪に巻き込まれていた息子が、母と再会する『母の肖像』。

 弟が殺したのは、死後日本中に影響を与え続けるカリスマ性のある少年だった。弟への断罪に巻き込まれる姉は、少年への恋慕を抱えつつ、世捨て人のように生き延びる。そこにも悪意の手は伸びてきて……『やがて夕暮れが夜に』。

 たまたまキャンプ場で出会った男に、過去の己の罪を曝け出す『さまよえる絵描きが、森へ』。

 山中のレンタル一軒家の大家が、人を殺した女との道中に巻き込まれる『真夜中の秘密』。

 こんなあらすじ紹介ではうまく伝えきれないが、それぞれ魅力的な味がこもった傑作短編揃い。この作家を読んでいて良かったなあ、とか、読書が生活の一部で良かったなあ、と思えた一冊。


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