千人伝(五十一人目~五十五人目)
五十一人目 丸坂
丸坂は転がっている。丸坂の身体は丸いので転がりながら移動する。下り坂に至れば転がり落ちる。坂が続けば止まれず、勢い余って人や車や獣を蹴散らしてしまう。
上り坂に至れば手足を伸ばして地面を掴む。だがどう足掻いても僅かしか進めず、途中で転がり落ちてしまう。
だから丸坂は生まれて以来どんどん下り続けてしまっている。最終的には穴に落ちていくだろう、と丸坂研究者たちは口を揃えて言う。地の底深くに落ち続けていくだろう、と。
五十二人目 黒木
黒木は山火事の跡に残っていた木から生まれた。完全に炭化しても木は立ち続けていた。消防隊員の一人がその木に惚れ込み、抱き締め、子が生まれた。黒木と名付けられたその子は消防署の中で育った。緊急出動の際には消防車にまとわりついて現場へと赴いた。
父である消防隊員が救助作業中の事故で亡くなる頃、いつの間にか黒木も隊員の一人となっていた。時が経ち、母の故郷では木々が復活していた。母の木は炭化したままその中央に君臨していた。再び山火事が起こるまで、黒木は母には会えない。
五十三人目 プンチャカ
プンチャカは可愛らしい見た目をしているが、すぐに銃を撃つ癖がある。
プンチャカの親は、飼っていたミニブタを愛するあまり、自分の息子とミニブタを結婚させた。二人の間に生まれたのがプンチャカであり、他に五人の弟妹がいる。プンチャカは人寄りの姿であるが、他の弟妹はミニブタの姿であった。
プンチャカが大きくなる前に両親は詐欺に遭い全財産をなくし、一家でスラムに移り住み、プンチャカの母と弟妹はスラム街住人の腹の中に収まってしまった。復讐のために銃を手に取ったプンチャカは、その愛くるしい瞳とぷにぷにの頬で相手を油断させて、仇を全て撃ち殺した。
やがてスラム街の顔役としてのし上がったプンチャカであったが、二十歳になる前に寿命で亡くなった。
五十四人目 常軌
常軌はいささかいきすぎた感のある蒸気機関車マニアで、家を建てる際に愛するD51を再現し、その中に住んだ。家具は全て石炭で動かした。燃料に困らぬように、炭鉱を買い上げ、その上に家を建てた。
常軌の一日は石炭を掘ることから始まり、敷地内で家を走らせながら、本業である翻訳業を行なった。宇宙語に長けていたので仕事に困ることはなかった。
常軌は炭鉱に住み着いたコウモリなどを食料としたので、敷地の外に出ることは滅多になかった。そのようにして数十年を過ごしたが、弟子などを取らなかったために、宇宙語の翻訳家は彼の死後空席となったままである。
五十五人目 矢田
矢田は何もかもを否定した。嫌だ嫌だと駄々をこね続けた。会う人会う人を嫌いになり、耳に入る言葉を全て跳ね返した。特性を活かしてテニスプレイヤーになり、そちらの道では一流になったが、人との交流はまともに出来ないままだった。
体力が落ちてテニスを引退した時、矢田の周りには誰も残らなかった。何もかもを受け入れてくれる聖人のような相手を矢田は求めたが、そのような人間は二千年以上前に絶滅していた。
孤独な晩年を過ごしたが、他人と関わらなければ、他人を傷つけてしまうこともなくなるわけで、本人は嬉しそうにしていたという。
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