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「怪獣『紅葉鳥』誕生秘話」#シロクマ文芸部

 紅葉鳥誕生秘話、なんて大げさなものはないですよ、それはね。私の怪獣造形デビュー作ではありますけど、元々のデザイナーが失踪して、監督の親戚の私に急遽依頼が回ってきただけで、ノーギャラでしたよ。そもそもが無茶な話でしてね。ウルトラマンに対抗して特撮番組を作るのは別にいいですよ。でもコンセプトが「等身大の人間の強さを表現する」でしたから、主人公は変身しない。「怪獣も地球の動物をモチーフにする」ですから、ウルトラマンに出てくる様々なデザインの怪獣に憧れていたデザイナーも失踪しますよね。元々は全24話の予定だったのも4話で打ち切りになりますよ。

 主役の空手家の男が人間の姿と大きさのまま、ローキックだけで怪獣を倒す、という戦闘シーンも、子どもに受けるわけないですよね。ビームもバリアもない。山籠りしている最中に出会った動物と戦ううちに動物が怪獣化して巨大化、というパターンしかない。地球防衛隊などの軍隊が怪獣に苦戦、そこにウルトラマンが来てくれる、みたいなお約束ってあるじゃないですか。地球に来襲してくる怪獣たちにもそれぞれ事情があるだろうし。でも「ローマン」に関してはそういうのはなかったですね。番組タイトルもね、男のロマンとローキックを重ねたのでしょうけど、地味ですよね。どちらかというとローテンションのロウとか、老人のロウとか、そんなイメージでした。年老いた監督の最後の夢が、求道的な空手家と大自然との戦いでした。その結果が平和に暮らしていた動物をローキックで虐殺する空手家ってね、それはもう、はっきり言って酷いですよね。デザイナー以外にもたくさん失踪したらしいですよ。

 第1話の敵がイノシシ、次がヒグマ、そしてマムシ。そこまではまあ分かりますよ。何で第4話の敵がシカになるんだよってとこですよね。ワニとかライオンとかは日本にいないからですかね。監督から連絡があって、いきなり「シカをモチーフにした怪獣描いて」って言われて「はあ?」ですよ。私は美大在学中でしたが、怪獣に関しては無知でしてね。でも当時は貧乏でしたから、とにかく依頼されるからにはお金が発生するんだろうと、それなりに必死で考えて、シカについて調べて、季語で「紅葉鳥」というのがあってシカのことだと、これだ、と思いましたね。紅葉を繋げたような翼を持つ神々しいシカ、というラフを書きました。まだ本放送は始まってない時期ですから、4話で打ち切りになるなんてことは分かっていません。「大ヒットシリーズになって、伝説の怪獣デザイナーとか言われて、将来は自伝で『あの頃はただ必死で……』なんて振り返ることになるんじゃないか」なんて妄想をしてました。

 でもこうしてあなたにインタビューされているのだから、あながち間違った予想でもなかったかもしれませんね。ところでどうして4話打ち切りの「ローマン」について関係者に聞き取りに回ってるんですか? 逮捕? あの空手家が? え、空手家ですらなかった? ローキックマニア? なんですかそれは。海外の動物園でゴリラの檻に入ってローキックだけで戦いを挑んで、負けて、瀕死の重症を負った? 事情聴取で「ローマン」のことを語り始めた? 何ですかそれは。私のデザイナー人生のルーツを辿ってくれたわけじゃなかったんですか。わ、私だって、ヒット作には恵まれなかったが、それなりに、ここまで現役で続けてきたっていうのに、何だそれは。

 打ち切り番組であっても、依頼の経緯が無茶苦茶であっても、私にとって「紅葉鳥」は一世一代の仕事であったんだ。いいか、人の仕事を馬鹿にするんじゃない。人に話を聞きに来たからには、命をかけて話を引きずり出せ。「打ち切り番組の怪獣を作った痛々しい人」だなんてそんな扱いをして笑い者にする気か。

 すまない、熱くなってしまった。「ローマン」関係者への取材はそのような不測の事態からではあったが、「紅葉鳥」のデザインについては絶賛してくれている、その言葉に嘘はないのだね。私も歳を取って怒りっぽくなってしまっているようだ。それに君の言う「どのような作品であれ、どのような経緯であれ、記録して後世に残していくのが私の仕事だと思っています」というのは心に響いたよ。膨大な量の作品が日々生み出されていくが、振り返られるのはごく一部だ。どのような駄作であれ傑作であれ、作られた物には背景がある、人々の想いがある。地道な努力と一部の狂気と葛藤と絶望が、どのような作品にも現れている。逮捕された空手家にしても、「ローマン」でローキックを繰り返す設定を与えられなければ、彼の人生が変わることもなかっただろうに。

 見ていたのか、第4話を。それが君の今の仕事のきっかけだったのか。「このようないかれた作品を残す人たちの頭の中身を覗いてみたい」と。子ども心に思ったわけか。それは悪いことをした。私はシナリオに関わったわけではないがな。「どうして巨大化したシカを二足歩行にしてムキムキにして股間に大砲をつけたんですか」だって? 私のデザインこそが、打ち切りの真の理由ではなかったのか、だって? その全ての疑問に答えられる言葉が一つだけある。「若かったから」。納得できないか。しなくてもいい。明確な回答やそれらしいまとめの言葉なんてものが必ず用意されているわけではない。それが創作とか芸術とか人生とか、そういうものだと思う。私の怪獣デザイナー人生がその後一度も順調だったことがないように。

 それでも、「紅葉鳥」が君の心に引っかかったように、いつか、どこかで、誰かの心に、残るようなものを創れたら、それで私の人生は報われているのかもしれないな。

「股間に大砲をつけたことを後悔はしてないのですか」だって? 世に出した作品について、後悔なんて感情を持ったことはない。あのデザインは当時の私にとってベストだった。ひょっとして生涯を振り返っても、あれ以上のものは描けていないかもしれない。
「ローマン」の続編を作りたくなっただって?
 それはやめておきなさい。

(了)

シロクマ文芸部「紅葉鳥」に参加しました。
ウルトラマンは全然見てないのですが、ウルトラマンに出てくる怪獣に五歳の息子がはまっており、近所のリサイクルショップで安く買った怪獣たちも随分と増えてきました。それに伴い、読み始めた本に影響を受けて、インタビュー形式で書きました。



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