千人伝(三十一人目~三十五人目)
三十一人目 夜虹
夜に出た虹に偶然出会えた男女から生まれた子が夜虹である。これまで一人しか確認されていないので、固有名詞もそのままとなった。
夜虹の瞳には七色が宿る。虹の配色そのままの瞳は、深く覗き込まなければその色を見ることは出来ない。夜でも輝くくらいの美しさを持つ者にしか、その瞳を覗き込むことは出来ない。
だから夜虹は一度も瞳を覗き込まれることのないまま、生涯を閉じた。
三十二人目 破城
破城は戦に敗れ、火を放たれ、焼け落ちた城に取り残されていた孤児である。戦に勝利した側の兵士が引き取り育てたが、日に日に破城は城に似てきてしまった。城のような子どもがいる、と聞いて領主が訊ねてきたが、その頃にはもう新たな巨大な城として完成してしまっていた。
破城は城でありながら動き回ることが出来たので、戦力差がある相手でも逃げることが出来た。主家の滅びる機会を三度伸ばした。だがやがて戦に負け、親と同じく焼け落ちた。
三十三人目 負狩
ふがり、は元は猟師である。狩りの対象であった獣たちに食い殺されかけた後、残った身体で負狩と名乗るようになった。人は瀕死の重症を負うと時に大きく様変わりし、人格も輪郭も変貌することがある。
負狩は刃物も猟銃も手放した。失った背中の代わりに羽根を背負って空を飛んだ。口を開けて飛び続け、そこに入る虫だけを栄養源とした。
老衰で息絶えた負狩は墜落したが、地面に落ちる寸前に風に流され、永遠に空を漂うことになるほど、体重は軽くなっていた。
三十四人目 木原
木原は小説家である。毎年一冊ずつのペースで長編小説を発表し続けて百年になる。
登場人物は全て実在し、舞台は世界各地へと飛ぶ。彼の小説の舞台となった土地は観光名所となり、登場した人物は死後亡骸が「木原記念館」に飾られた。
木原は自分の小説については多くを語らないが、まだ若かりし頃に雑誌のインタビューでこう答えていた。
――「どうして実在する人物を登場させるのですか?」
木原「私が書いた後、彼らは私の書いたように生まれ、生き始めるのです。小説が先なのです。彼らが何歳であろうと、何者であろうと」
三十五人目 番井
つがい、は誰とでも繋がる。男でも女でも異形でも無生物でも。
その結果番井の子孫は世に溢れた。誰もが番井に似て、肉眼では確認出来ないほどの大きさでしかなかった。番井は産み落とした相手も気付いていない自分の子孫たちに、読み書きを教え、どの子もなかなかの物書きへと仕上がった。肉眼で見えない手によって書かれた文字はどのような顕微鏡であろうと判読することは出来なかったため、番井文学は番井の一族の中でしか広まってはいない。
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