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千人伝(百三十一人目~百三十五人目)

百三十一人目 高橋

高橋は全ての高橋の祖先である。
吊り橋効果がきっかけで付き合い始めた両親は、そのドキドキを永遠のものとしたいがために、吊り橋の上で暮らし始めた。山の上で一番高い吊り橋であったため、橋で生まれた子に高橋と名付けた。

両親がどうであろうと、高橋は橋で一生を過ごしたくはなかった。何より橋の上から釣り糸を垂らして釣る魚と、通りがかりの鳥を食料とするだけでは、食物繊維が不足するのだ。高橋は両親と別れて橋から降りた。七歳の時の決断であった。

その後の高橋は様々な場所で子孫を作り、今の高橋一族の繁栄に至る。高橋の両親は子の活躍を知らず、死ぬまでドキドキいちゃいちゃし続けた。

百三十二人目 なだらか

なだらかはなだらかな坂道で生まれ、そのまま過ごした。
人生の前半はなだらかな坂道を登り続け、人生の後半では下り続けた。
登り続けている間はなだらかは辛いと思っていたが、実は下りの方がずっとしんどかった。
坂道の先には先達の後ろ姿が見えた。両親や教師や師匠や先輩やそういう類だけではなく、古代に生きた恐竜やら海の中で生まれた最初の生命やら、どのような科学的発見もされ得ていない、宇宙の始まり以前の歌声やらがあった。
なだらかはすれ違う人達が、これから生きる人達なのか、もう生きていない人達なのか分からなくなることがあった。どちらでも良かった。
なだらかは無限に続くように見える下り坂の途中で、もう一度坂を登りたいと思った。同時に、もう二度と登りたくないとも思った。どの顔もどの声も似た想いを抱いているようだった。いつの間にか自分でも歌いだしていた。いつの間にか涙が流れていた。坂道はどこまでもなだらかであった。

百三十三人目 木村

この国は昔木で覆われていた。木で包まれていた。半ば木で出来ていた。
木の上で人は暮らしていた。木の上で人が群れていた。木の上で人は死んでいった。
いつの日からか木々は減り、人々は土の上に降りていった。
だがよく見れば、土の下には木々が埋もれていた。木々の屍をうっすらと覆うように土や砂が積み重なっているのであった。
だから多くの村はいまだに木の上にあるといえる。
木村はそんな村の一つで生まれた。生まれた時から自分が見せかけの土の上、本当は木の上で生きていることを自覚していた。話せるようになってからは多くの人々にそのことを教えてまわったが、信じてくれる人はいなかった。本当はこの国の多くの人々は、木村と同じように木々の上で生きて、群れて、死んでいっているというのに。
木村は他の多くの木村姓に埋もれて消えていってしまったので、どのような最期を迎えたかは記録されていない。

百三十四人目 ビッグ・ソング

ビッグ・ソングは宇宙物理学者でありながらシンガーソングライターでもあった。
彼女の作るメロディは他のどの曲にも似ていないのにも関わらず、誰もがどこか懐かしさを感じるのであった。それは人に限らず、動植物も無機物も彼女の歌声に反応して喜びを表しているように見えた。

彼女が研究の末に辿り着いた宇宙の始まりの前には、歌があった。
爆発により宇宙が始まる前の空間には歌が流れていたのを彼女は突き止め、原始の歌声を彼女は拾い集めることに成功した。
それを研究成果として発表はせずに、彼女は歌として世界に広めることにした。
やがて来る世界の終わりと、同時に始まりの時に、その歌が流れることを期待して。

百三十五人目 大歌

ビッグ・ソングになりたかった男である。大歌はビッグ・ソングの作る曲調を真似て作曲をしたが、どうあがいても本家にはかなわなかった。大歌はビッグ・ソングの住処に忍び込み、彼女の作曲風景を観察した。宇宙の始まりの前の音を聴き取っている彼女の姿に見とれて動けなくなってしまった。ビッグ・ソングは大歌の存在に気付いており、彼を招き入れると、その後も生涯のパートナーとした。長く根気のいる作曲の過程で、ビッグ・ソングが命を落とすことがなかったのは大歌のおかげともいえる。

大歌は人類全般に響き渡る歌の作曲は諦めたものの、ビッグ・ソングの骨休めにと、素朴で短い楽曲は作り続けた。その中で気に入ったフレーズを、ビッグ・ソングは密かに自らの曲に取り入れたりもした。要は良き夫婦であった。


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