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「殺され屋ホラー編『四十肩の二十代』」#シロクマ文芸部

「ありがとう」
 銃で腹を撃たれた直後に、思わず出たのは殺し屋への感謝の言葉だった。これで死ねる。これで誰にも憎まれずに済む。物語は完結する。私は「完」の文字を形どった冠を殺し屋の頭に乗せてみたかった。そんなものは手元になかったので、これから作るにはどうしたらいいかと、落としたスマホを拾って検索窓に「冠 作り方」と打ってみた。文字を打ったところで、胸を撃たれた。激痛が走り、心臓に傷を負ったのも分かる気がした。胸からも腹からも口からも血が溢れ出る。
「折り紙で作るか、工作用具を買ってきて本格的にやるか、どっちがいい?」殺し屋にそう聞いてみたが、狼狽している。
「なんで生きてるんですか?」聞き覚えのある声が暗闇の中にいた殺し屋の口から漏れている。
「秋山君だったのか? どうして君が私を撃つんだい」
「どうして致命傷を負ってるのに喋れるんですか?」
 ええと、それはあれだ、そうだ、思い出した。
「『質問を質問で返すな』クラーク博士の銅像が海に向かって叫んでる言葉だ」
「クラーク博士はそんなこと言ってません! 銅像に発声器官はありません!」
 そういえば胸や腹を撃たれて喋れるのはおかしい気がする。血が床を満たしていく。
 そうか。私は不死身だったのか。


*

「この原稿破いていいですか?」
 私が書いた渾身の「殺され屋・ホラー編」導入部を印刷した原稿を、秋山君は手にかけようとしていた。
「紙ならまだまだある。君がびりびりに引き裂いた原稿の数だけ印刷し直してあげるよ。そして言うんだ『お前はこれまでに破いた原稿の枚数を覚えているか?』とな」
「パンの数みたいに言わないでください。あとどうして僕が殺し屋になってるんですか」
「身近にいた親友が最後の敵という展開は燃えないかい?」
「僕はあなたの親友ではありません。僕はあなたの敵ではありません。僕は静芽さんに言われてあなたにいろいと届けにきただけです。あなたが退屈しのぎに書いている小説の読者になってあげるくらいのことはしてあげても構わないですが、僕をおかしな形で登場させないでください」
「じゃあBL物に出してあげよう」
「やめてください!」
「心配しなくていい。写真を表紙に使うだけだ」
「本当に殺し屋になっていいですか」
 そうして私と秋山君の死闘が始まり、私の腹に穴が開いた。なんてことにはならなかったが、ささやかな友情に亀裂が入った音がした。
「友情なんてないって言ってるでしょ」

「ホラーといえば、こんな話がありますよ」と秋山君が切り出した。
「叔父さんの話なんですが、ある時肩が痛くなったそうです。『これが四十肩ってやつか』と思ったのですが、すぐに『いやいや四十肩はないだろう。まだ二十代なのに』と打ち消したんだとか。しかしすぐに、『ちょっと待て。俺は今四十三歳だぞ。まだ二十代って思ったやつ誰だよ』と、何故か自分を二十代だと勘違いしていたことに気付き、怖くなったそうです。自分の年齢に自覚を持たない大人って多いですよね」
「アルコールや薬物中毒により、実年齢より大きく老け込むことはあるそうだ。中年でありながら既に老人のような見かけになったり」
「そこに至る経緯の方が怖いですよね」
「ところで私の銃はどうしたのかな」そう言ったのは、音もなく部屋に入り込んでいた小柄な老人だった。以前、私を殺そうとして、爆発に巻き込まれて怪我をした男だった。
「米びつの中に隠しています」私はそう言って米びつの中身を漁って、殺し屋さんに手渡した。
「何やってるんですか!」ごく自然に会話に入り込んできた老練な殺し屋に驚いた秋山君が、それ以上に私の行動に驚いていた。
「だってこの銃、この人のだし」
「殺し屋ですよ? 狙われてるんですよ?」
 私の部屋に設置された監視カメラは、近頃機能していない。私の私的利用が酷すぎて静芽が電源を切ってしまっていた。
「銃口に米が入り込んでいる状態なんて初めて目にしたよ。もっと他に置く所があるだろうに」
「怪我はもう大丈夫ですか?」
「いや、後遺症は結構残ってる。だが両利きに矯正していたのが幸いして、銃の引き金を引くくらいなら問題はない」
 そう言うと殺し屋さんは銃口を私に向けた。

 ダン、と乾いた音と同時に、倒れたのは私ではなかった。私の前に立ちはだかった秋山君が、代わりに銃弾を受け止めてくれた。秋山君の腹から溢れ出る血が床を濡らす。私が不死身になったホラー小説のようには喋ることはできず、声ではなく血が彼の口から溢れ出た。
「どうしてかばったりするんだ。狙われてるのは君じゃないのに。仮に一度かばえたとしても、二発目で私は撃たれておしまいだろう。君は死に損じゃないか」
 殺し屋は改めて私に狙いをつけている。私は血で汚れるのも構わず秋山君を抱きしめた。口元に耳を近づけると、「だって……家族みたいな……もんでしょ……」という声が聞こえた。

「思ってません」と秋山君は不死身だったらしく、はっきりと口にした。そもそも銃口は私には向けられてなかったし、秋山君も撃たれてはいなかった。老練な殺し屋さんは一度銃を解体して、「勘弁してくれよ」と言いながら、各所に詰まった米粒を取り除いていた。
 私の部屋で爆発に巻き込まれた殺し屋さんは、救急車で病院に運ばれたが、怪我の手当てを受けた後に脱走して、警察には捕まらなかったそうだ。
「殺し屋を引退するいいタイミングだった」などと言って、静芽と連絡を取り、私の元へ訪ねてくるようになっていた。秋山君とは今回が初顔合わせだったために驚かせてしまったが、これからは仲良くやってくれることだろう。私と仲良くやれるくらいだから。

「さっきの話だが」と老練な殺し屋さんは思い出したように言った。
「実年齢と自分の思い込んでいる年齢に違いがあったように、普段から妄想で小説などを書いていると、その設定が自分自身と重なって、思い違いのまま記憶に定着してしまうことがあるらしいから、気をつけることだな」
「大丈夫ですよ、私は不死身でも四十肩でも、人に恨みを買う人間でもありません」
「「それは違う」」と二人の声が重なった。

(了)

 仕事が忙しい一週間だったり、息子が熱を出したり(幸い一日で治まりました)、今週の参加は諦めようかなと思いましたが、ギリギリ書けました。四十肩の話は自分の実体験から。

シロクマ文芸部「ありがとう」に参加しました。


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