見出し画像

坂口安吾「夜長姫と耳男」

読み終わってしばらく身動きが取れずにいた。そのまま眠るでも起きるでもなく過ごした。立ち上がろうとしたが足が痺れていた。また動けなくなり床でもがいていた。


「ほら、あすこの野良に一人死んでいるでしょう。つい今しがたよ。クワを空高くかざしたと思うと取り落してキリキリ舞いをはじめたのよ。そしてあの人が動かなくなったと思うと、ほら、あすこの野良にも一人倒れているでしょう。あの人がキリキリ舞いをはじめたのよ。そして、今しがたまで這ってうごめいていたのに」


長者の屋敷の高楼から、疫病でバタバタと倒れていく村人を眺めて、夜長姫は笑う。一度目の流行り病、疱瘡の時には、語り手の「耳男」が彫った化け物の像が魔除けとなったのか、長者の屋敷で病に倒れる物はいなかった。二度目の病で人々は踊りながら死んでいった。一度目の病の流行の時は屋内にこもってやり過ごしていた村人たちも、その間に野良仕事が出来なかったせいで食糧がとぼしくなっていた。食べるためには野良仕事に出なければならぬ。外に出れば病に襲われる。襲われればキリキリと踊り狂いながら死ぬ。その様を夜長姫に笑われながら死ぬ。

耳男、というのはまだ若い彫り師で、師匠の代わりに長者の屋敷に派遣された、巨大な耳の持ち主だ。垂れているのではなく、ウサギのように上にピンと伸びている。仕事の褒美として用意された、遠い国から来た機織りの娘に、耳を切り落とされた。以来男は蛇を殺して生き血を飲み、自分のこもる部屋に蛇の骨をぶら下げ、呪いの像を彫り続けた。

全編狂気が転がっている。
夜長姫は人の死ぬ様を喜んで見ている。
耳男は姫や機織り娘を呪いながら、彫ることは止められないでいる。

「好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前の弥勒がダメなのもそのせいだし、お前の化け物がすばらしいのもそのためなのよ。」

あまりに蛇を取りすぎたために、耳男の住まい周辺からは蛇がいなくなった。それでも山奥まで耳男は蛇を取りに行った。
そこら中で今日も踊り狂いながら人が死んでいく。
笑いも彫りもしない私は、その様を書く。

この記事が参加している募集

#読書感想文

188,500件

入院費用にあてさせていただきます。